DAY0-2
夕食後。私は健と一緒に洗い物をした。そしてそれが終わると健は帰る準備を始めた。時間にして一時間程度の自宅デート。分かってはいるけれど寂しく感じる。
「じゃあ次は木曜に」
健はそう言うとデイバッグを背負った。私はそれに「うん」と軽く返した。本当は泊まっていって欲しいのだ。でも……。健は明日も仕事なので無理は言えないだろう。
健が帰ると私はひとりぼっちになった。一人暮らしにはだいぶ無駄になっている2LDKの部屋が余計広く感じた。こんな寂しい思いをするならワンルームの方がマシかも……。そんな意味の無いことを思った。まぁ、そう思ってしまう私はきっと贅沢なのだと思う。
その後。私は感情をなくしたウサギみたいにナイトルーティンを熟した。シャワーを浴びてから健が沸かしておいてくれたお風呂に入った。身体中綺麗にしたい。汚れ一つない。そんな女でいたいのだ。エレメンタルの窓口。そしてあの会社の顔は実質私なのだから――。
やることが一通り終わると布団に潜り込んだ。時刻は二三時前。なかなかいい時間帯だ。この時間に就寝すれば五時半には目が覚める。そしていつも通りモーニングルーティンを熟して出社。そんな理想的な一日のスタートが切れるだろう。
でも……。残念ながら私のそんな思惑はたった一本の電話で見事に打ち砕かれた。電話の相手は……。かつての仕事仲間にして気の知れた友人。赤羽可憐。通称『バネちゃん』だ。
『あ、レイちゃん! ごめんね遅くに』
バネちゃんは開口一番そんな風に謝った。私はそれに「いいよー」と返した。この子は基本的に誰に対しても礼儀正しいのだ。だからこうして長い間いい友達でいられるのだと思う。
『ほんとごめんねぇ。明日も朝早いのに……。あのさ。いきなりだけど椎名さん覚えてる?』
バネちゃんにそう言われて私は一瞬思考が止まった。シイナシイナシイナ……。誰だっけ? と二秒ほど考えた。そして数秒後それが誰であるか思いだした。おそらく椎名美野里。かつて私が演者だった頃に共演したモデル出身の女優だと思う。
「椎名さんって……。椎名美野里さん?」
『そうそう! その椎名さん! ……でね。実は今日あの子から連絡あってさ。なんかレイちゃんの電話番号教えて欲しいんだって』
「……そう。えーと、じゃあ教えちゃっていいよ。別に隠すようなものでもないから」
『そっか。んじゃ教えちゃうよー。なんかさぁ。よく分かんないんだけど話したいことあるんだって。……あの子が今更そんなこと言うなんて不思議だけど』
「だねぇ。でも……。まぁいいよ。私も久しぶりに椎名さんと話してみたいし」
『……ふーん。まぁレイちゃんがそう言うならいいけど。でも! もしネズミ講とか詐欺っぽかったら適当に逃げるんだよ! 椎名さん売れっ子だからそんなつまらない商売はしてないとは思うけど……。でも気を付けてね』
「はーい。フフフッ。なんかバネちゃんお母さんみたい」
『いや、マジで気を付けてね。何事もなければいいけど、相手があの椎名さんなんだから』
バネちゃんはそこまで言うと『じゃあ教えとくね』と言って電話を切った。どうやらバネちゃんは未だに椎名さんとは折り合いが悪いらしい――。
そしてバネちゃんとそんな話をしてから五分もしない内に知らない番号から着信が入った。私は恐る恐るその電話に出た。