序章
純白のドレスを着た花嫁が見える。そしてその隣には白のタキシードを着た新郎の姿があった。よくある結婚式の披露宴。誰が見てもそれが分かる状況だ。
そんな中、私は新婦の友人席に座って友人代表スピーチ原稿を読み返していた。話す内容は暗記してきたけれど念のため確認しておきたい。そう思ったのだ。
「さて、ここからのお時間はゲストの方にもご登場いただき、おふたりへのお祝いをいただいてまいりましょう。まずはじめに、新婦様の友人でいらっしゃいます諏訪麗子様、どうぞ宜しくお願い致します!」
私がスピーチ原稿を三回ほど読み返した頃。司会者にそう呼び出された。私はそれに「はい」と答えて壇上に向かった。こうして他人の結婚式のお祝いコメントを言うのなんて数年ぶりだ。
「先ほどご紹介にあずかりました諏訪麗子です。歩武さん、佐恵子さんご結婚おめでとうございます。こうしてお二人の新たな門出に――」
私はそんなごくありふれていて何の変哲もない友人代表スピーチを読み上げて言った。非常に簡単な作業だ。別に感極まって泣く必要もないし、身振り手振りで何かの演技をする必要もない。政治家の国会演説と同じ。……いや、暗記しているだけ私の方がまだマシか。そんなことを思った。
私がスピーチしている間。新郎新婦は幸せそうに肩を寄せ合っていた。これから幸せになりますよー。麗子ちゃんも早く良い相手見つけてね。何なら紹介するから。そんな表情に見えなくもない。……まぁ。実際そんなことはありえないのだ。だって……。私とこの新郎新婦は赤の他人。あくまで金銭で契約した間柄なのだから――。
二一時過ぎ。私は職場である株式会社エレメンタルに戻った。
「ただいま戻りましたー」
「お、諏訪ちゃんおかえりー。どうだった? 問題なかった?」
事務所の中に入ると上司の逢川さんがそう言って私を出迎えてくれた。
「ええ、大丈夫です。……本当に泣かなくて良かったんですか?」
「そうか。なら良かったよ。いやぁ、流石に泣くのはまずいと思ったんだ。だって諏訪ちゃんの演技力で泣かれたら……。これからの依頼でも無茶ぶりされそうだったからさ」
「ああ、なるほど」
逢川さんの言葉を聞いて私は一人納得した。確かに結婚式で泣ける友人役を熟せるタレントは……。今のエレメンタルには二、三人しかいないと思う。
「しっかし……。参ったよ今回は。まさかこんな人を騙す仕事受けることになるなんて思ってもみなかったからさ」
逢川さんはそう言ってため息を吐くとソファーにゆっくりと腰を下ろした。
「そうですね。私も……。まさかまた演者側で動くことになるとは思いませんでした」
「うん。だよな。……今回は悪かったね。他のタレントじゃ任せられそうになくてさ。ほら、新婦と年頃同じくらいで台詞ありの役を卒なく熟せるのなんて……。ねぇ」
逢川さんは自嘲気味に言うと「ふっ」と鼻を鳴らした。そして「まぁ助かったよ」と続ける。
「ただ……。今回だけにしてくださいね。一〇年前とはいえ一応私も芸能活動してたんですから……。万が一バレたら大変ですよ?」
私はあえて少し棘のある言い方で逢川さんに釘を刺した。逢川さんはそれに「ああ、分かってるよ」と申し訳なさそうに返した――。