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NewYear Short Short Short 2024

作者: 野原いっぱい


挿絵(By みてみん)


  奇跡


新藤秀太は暗闇の中を黙々と走っている。

街中にある自宅を出てバス路線になっている4車線の大通りを渡り、観光客に人気の有名寺院を横に見ながら、奥山に向かって上りの細道を駈けていく。

右手には時折民家が点在しているものの、田畑が広がっており、左手は奥山から流れるせせらぎを挟んで山裾の茂みがどこまでも続いている。

道なりに進んで行くと、途中から両側に灌木が林立するようになる。

夜のとばりが下りた頃合で、道を照らしていた窓明かりや街燈がなくなり、星の光だけが頼りとなる。


高校生だった頃、男子生徒に人気のサッカー部に所属していたが、周りの部員のようには上達せず、1年ももたずに辞めてしまった。

ところが、秋の体育祭で実施されたマラソン種目に出て走ってみると、思いのほか上位に食い込むことができたのである。

その時、自分にとってスポーツはチーム競技よりも単独で行う種目のほうが、向いているように思えた。

かといって、毎日決まった時間に練習する必要がある陸上クラブに入部するつもりはなく、好きな時間に一般道を走ることを望んだ。

そして、学校から帰り、特別の約束や用事がないときは、暗くなってからスポーツウェアに着替え、スニーカーを履いて、家を飛び出すのが慣習となった。

そして、それは大学生になってからも続けており、今のコースがもっとも気に入ってしまった。

けれども、あまり遅くなると家族が心配するため、小川の流音を耳にしながら上がっていくと、山道へ分岐する三叉路に辿り着くが、そこに架っている小橋でUターンして戻ることにしている。


ある夜のこと、いつものように走っていくと、樹々に囲まれだした辺りで、別の足音が背後から聞こえだした。

この時間には人も車もめったの通らないのだが、自分のようにジョギングしている人がいるのかもしれないと思いつつ、ペースをやや落としてみると、いつまでたっても追い越す様子はない。

妙だなと思い振り返ってみたのだが、暗闇ばかりで人のいる気配はなく、足音もピタリとしなくなった。

気のせいかと思い振り向いて再びピッチを上げ前に進む。

もう直ぐ折り返し地点である。

小橋が見えてきたが、その中央に立ちはだかっているものが目に入り思わず立ち止まった。


挿絵(By みてみん)


星の明かりが辛うじてとらえた輪郭は、長く白っぽい髪を風で左右に揺らしている人物だった。

目を凝らして眺めると、若い女の子のように思えた。

顔は白人のようで瞳は青く澄んでいて、体にぴったりフィットしたTシャツとパンツを着用しており、厚底のスポーツシューズのようなものを履いていた。

秀太は不審に思い声を掛けようとしたが、女の子が先に話しかけてきた。


「私のほうが速かったわ」


天真爛漫な笑顔に面食らったが、辛うじて秀太は問い返した。


「で、でも抜かれた覚えはないけど」


それに対し少女は笑いながら答える。


「そうね、あなたがスピードを落とした時に、飛び上がって頭の上を追い越したの。だから気が付かなかったのね」


いよいよ不審がつのり、返す言葉に窮した。


「あ、頭の上を君が飛び越えたって、そんなことあるはずが・・君はいったい・・」


「まあ、あなたのような人間が理解できなくて仕方ないわね。ここであなたと会ったことを説明するわ。その前に自己紹介すると。私はミラクルと言うの。でもこの名前は創造者が名付けたのよ」


「創造者?」


「そう、彼はこの宇宙を支配している者といっていいわ。そして私の肉体を造り、知識を注入し、力を使えるようにしたの。この姿形は彼が知っている人間の女性を参考にしたそうよ」


秀太はあっけにとられて、聞いている以外なかった。


「じゃあ、なぜ創造者が私をここに寄越したのか疑問に思うのでしょうね。彼の説明では、今のままではこの世界は破滅してしまうと。この地球に住む人間も含め生物が滅亡すると。そうならないように手を打ったほうがいいと言うのよ」


「なぜ君は僕にそのような話をするのかな。僕はいつものようにジョギングしているだけなんだよ。打ち明ける相手を間違えているんじゃ?」


「いいえ、そんなことはないわ。あなたのことは大体把握しているの。名前は新藤秀太、年齢十九歳、大学で文化環境学を専攻しており、将来は国際的な仕事に携わってみたい。趣味はジョギングとスポーツ観戦。彼女は高校時代の同級生といったところかしら」


「いったいどこでそんな情報を調べたんだ?」


秀太が慌てて尋ねたが、ミラクルはすまして答える。


「もちろん、あなたを見たのは偶然よ。私が創造者に導かれてこの世界に降り立ったとき、一番最初にこの道筋を走っているあなたが目に入ったの。私の目的をフォローする人物を捜す必要があって、真っ先にあなたのことを創造者に問い合わせたわ。すぐに情報を入力してくれた。あなたの家族についてもね。彼にとっては、あらゆる電子情報を閲覧することは簡単なことなの。例えば、あなたのスマホのデータもね」


「そんなこと調べてなにをしようというんだ」


「じゃあ最初から説明するわね。この宇宙の仕組みは創造者と破壊者の力のバランスで成り立っているの。一例でいうと、創造者はある星に文明を造ろうと働きかけるし、破壊者はそれを壊そうと企図するの。両者によってこの宇宙の姿は長い間生滅を繰り返してきたのよ。この地球も今は滅亡の段階に差しかかっているのよ。ところが、ある事情により、つい最近破壊者の存在が急激に弱体化してしまったの。創造者からすれば絶好の機会とみて、蘇らせるチャンスと判断したの」


「ちょっと待った。それが僕にどういう関係が・・」


秀太は彼女の突拍子もない話しに困惑してしまった。


「あなたに頼みたいことがあるのよ。難しいことではないわ。この世界を救うためには思い切った手を打つ必要があるの。生半可な対応策ではだめよ。つまりあなた方人間の力では不可能なことよ。それを、創造者から特別の力を得た私が実行するのよ。破壊者が以前の力を取り戻す前に」


「だったら、僕は何をすればいいのかな?」


「私がすべきことを意見すればいいの。もちろん予備知識は持っているわ。それを参考にしていわゆる奇跡を起こすのよ」


「奇跡って?」


「そう奇跡よ。この世界を救うために私が奇跡を起こすの。それしかこの世界が滅亡から免れるすべはないのよ。だから言ってみて。今の世界でどのような奇跡が必要かを」


「でも、なぜ僕なんだ。もっと相応しい人がいるように思うけど」


「私が初めて出会った人間だということもあるんだけれど、あなたはまだ世俗の影響を受けていないと思うわ。自由な発想で意見を言える人がいいのよ」


秀太はなんとなく選ばれて気を良くしたこともあって、とりあえず要望に応えようという気になった。


「そうだな。僕も大学で友人たちと社会の様々な問題について意見を交わすことがあるよ。今一番大きな話題はやはり世界各地で起こっている戦争かな。その次に深刻なのは環境問題だと思うよ」


「そうそうその調子。あといくつかあれば言ってくれる」


そして秀太は人類にとて解消されるべき問題点をピックアップしていった。


*世界中の戦争や紛争終結。人々の念願叶い平和到来。

*核兵器の廃絶が実現。核保有国の弾頭全てを廃棄。

*地震、火山噴火等、天災の事前予知が可能となる。

*世の中の人々の貧困が無くなり。全てが平等となり難民もゼロとなる。

*各国が二酸化炭素の排出を禁止。地球の異常気象がなくなり北極圏、南極圏も以前と同様の氷山復活。

*UFOと遭遇。人類、異星人と交流を開始。

*宇宙ロケットが火星に到達。人類が居住できる基地の建設開始。

*教育、医療、高齢者介護の無償化実現。

*人間が患う全ての病気の治療が可能となる。


「ざっとこんなところだと思うけど、これ以外にも僕は日本人だし、スポーツ好きなんで自分の期待も言っていいかい?」


「構わないわ。あなたを選んだのだから取り上げてみて。もちろん確認することになるから」


秀太は多少趣旨からズレると思いながらも列挙した。


*パリ五輪で日本選手メダルラッシュ。金銀銅獲得数、米中を抜き世界一位に。

*大谷、二刀流でホームラン数、勝利数の大リーグ新記録達成。

*ノーベル賞すべての分野で日本人が受賞の快挙。

*日本人ランナー、マラソン及び100m走で世界新記録達成。

*北方領土が正式に日本領土となり、居住及び観光に人々の往来活発。


「そうそう、僕の知り合いの望みも入れてみようかな」


*野原いっぱいが直木賞を取得。


「わかったわ。参考にしてみるわ。でも正直なところ信じていないようね」


図星であった。秀太は誰かの悪戯であると思うようになっていた。

ミラクルはそれを察知し、証明しようと試みた。


「あなたとはまた会うことになりそうだから、信用してもらうことが先決ね。まず身近なところから実行に移すことにするわ。あなたが家に戻ってから親しいひとたちの身の上に変化があるでしょう。それを体験すれば納得するわ」


秀太はその言葉の意味を測りかねた。


「じゃあ、今日はこれでお別れ。気をつけて帰ってね。バイバイ」


彼女はそう言って手を振りながら、山奥へ辿る径に向かっていく。

その方向は明かりがなく夜間のこと獣に出くわしても不思議でないので、秀太は声を掛けた。


「そちらは危険だよ。行かない方がいいんじゃあ」


彼女は振り返って答えた。

「大丈夫よ。慣れているから。それにしばらく行って姿を変えるわ」


そう言って、どんどん上っていく。

その様子に秀太は驚かざるを得なかったが、見えなくなってあらためて彼女が放った言葉が引っ掛った。


「姿を変えるって。まさか、キツネやタヌキだったりして、もしかして女の子に化けて・・」


そう思うと急に寒気を感じた。


            →{この項、野原いっぱい著”デリアの世界”参照}


挿絵(By みてみん)


ここに長居は無用と帰りの道を走り出した。

彼女はいった誰なのか、その正体は。

手足を動かしながらも頭の中は目まぐるしく回転している。

もしかしたら、彼の知り合いが悪戯しているのかもしれない。

いわゆるドッキリだが、あの暗さでカメラで録画している様子はなかった。

さらに、白人の女の子に心当たりもない。

友人の変装には無理があり、明らかに女性の声であった。

じゃあ、誰かに頼まれて出会いを仕組んだのか。

可能性はあるものの、外国人にしては日本語が堪能であった。

では、今付き合っている彼女はというと、明らかに性格が異なっていて消去できる。

考えれば考えるほど分からなくなってしまった。

挙句の果ては、ミラクルと名乗った女性自体が存在せず、あの会話等が全て自分の妄想の産物ではなかったのかと考えるまでになってしまった。


あれやこれや思い悩むうちに、自宅の玄関に到着してしまった。

用心のためインタフォンを押し呼びかけると、中がなにやらさ騒がしい。

ロックを外してもらい扉を開けると、中学生の妹が走り寄ってきて、笑顔で言い放った。


「お兄ちゃん。百点取ったよ。試験百点よ!」


今まで中くらいの成績だったのが満点とって表情は得意満面である。

少しは勉強していたようだがいきなりで正直驚いた。


「そら、よかったな。努力した甲斐があったな」


と褒めてやると、


「お母さんさんの方でもいい話しがあるそうよ」


と言われ、居間に足を進めると、今度は母親がニコニコしながら話しかけてきた。


「お帰り秀太。実はねえ、さっきお父さんから連絡があって、会社で人事異動があって昇進が決まったそうよ。部長職に抜擢されたって。これからも今まで以上にバリバリ働かないといけなくなったって。喜んでいたわ。今日は親しい人たちが祝ってくれるんで遅くなるって」


我が家にとって朗報であったが、ランニングから戻ったばかりで正直面食らってしまった。


「それとお母さんからもも電話があってね、お父さんが国から勲章をもらうことになったそうよ。長年精力的に男女の仲介役を果たし、数多く幸せな結婚に結び付けた功績により旭日章を頂くんだって。大変名誉なことだって両親とも喜んでいたわ。それと、弟の鉄平についてもいい話しがあってね。単身赴任先から戻ってくることになったの。お子さんやご両親の面倒を見ている茜さんにとっては嬉しいニュースね」


母親は秀太を見て付け加えた。


「なんだか今日は不思議な日だわ。こんなに朗報が度重なるなんて。我が家にとって吉日かしら」


不思議なことだって。

いいやそんなことはない。秀太は心の中で打ち消した。

これはあくまで偶然なんだと。

今は会社関係では人事異動の時期。

お父さんにしても鉄平さんにしてもあらかじめ決まっていたんだろう。叙勲にしても、確か年2回で丁度祖父の番だったんだろうし。妹の100点にしたってマグレに違いないさ。冷静になれと秀太は自分に言い聞かせた。


その時、妹がテレビ画面を指差し興奮して言った。


「見て見て、テレビに真知おばちゃんが映ってるわ」


テレビ画面に目を移すと、大勢の人に囲まれて、母親の妹とその主人、子供たちの馴染みの顔が目に入った。

確か全国ニュースの時間帯で娯楽施設の入場ゲート付近のようだった。

案内係のような人がマイクを持って話しかけている。

『おめでとうございます。あなた方がこのディズニーランドの1億人目の入場者です。私どもはご来場者様への日頃の感謝の気持ちをお届けするにあたり、この記念すべきお客様に対しまして、豪華賞品をお贈りしたいと存じます』


それに対し真知叔母さんが目を輝かせて尋ねる。


『まあ、それは光栄だわ。でもいったい何を・・』


『本場アメリカのディズニーランドのご家族そろっての入場券をプレゼントします。もちろん旅行代金、宿泊料金も含めての特典を用意いたしました。日本と同様、アメリカ本場のディズニーリゾートを思う存分楽しんでいただくように企画いたしました』


『まあ、それは嬉しいわ。でもなんだか本当のことと思えなくて』


『間違いありません。側にミッキーたちも来て、御一家を祝福しておりますよ』


子供たちも近寄って喜んでいる。


『まるで夢をみているみたい。実は今日電車が遅れたり色々あって到着するのが夜になったのよ。だから入るのは明日にしようって主人とも話し合っていたの。でも子供たちがどうしてもパレードを見たいというものだから来てしまったのだけど、本当にまさかよ。いえこういうのを奇跡っていうんだわ』


そのあとの会話も秀太は茫然と聞いている。そしてジョギング中に出会った女の子の言葉を思い出していた。


(あなたが家に戻ってから親しい人たちの身の上に変化があるでしょう。それを知れば奇跡を信じるようになるから)


秀太は思った。

もし、彼女の言うことが本当なら、自分が答えた件はいったいどうなるのだろうかと。


             →{この項、野原いっぱい著”仲人管理職”参照}




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