第九話 寝取られ騎士の鉄拳制裁
こんにちは、本日もよろしくお願いします。
ガルファンド邸。
個人が与えられた屋敷にしては白のような豪華さと土地を持つ権威と平和の象徴だ。
中庭は日々、ガルファンドの弟子たちが稽古をしており、活気に満ちているのだが、この日だけは暗雲が立ち込めている。
弟子たちが見守る中、冥王クライズと獣王ガルファンドは木剣を片手に相対していた。
「ねぇ、ガルファンド、お前なにをしでかしたか分かってる?」
「……なぁ、こんなことやめにしよう。お前も二日酔いなんだから無理するな」
「関係無い」
クライズは手にしていた木剣を芝生に突き立てて、ガルファンドの言葉を一蹴した。
「私はねぇ!」
急に大きな声を出すクライズに、ガルファンドも含め、周りにいた弟子たちも目を見開いた。
「悔しくてたまらないんだよ!」
「……はい?」
「私より良い所に住んでるし! メイドだっているし! 弟子なんか何人いるんだよ! 欲張りすぎだろ!」
「お、おい、クライズ?」
「私だって冥王なんだぞ⁉ 四天王なんだぞ! なのに、なんだこの扱いの差は!」
「ま、まぁ、それはお前に色々あったから……だろ?」
「お前の弟子だってロクでもないからな! バーカ!」
ガルファンドは面倒くさそうにため息を吐いた。
「お前、ここ最近で色々破綻しているぞ」
「だからこそ、今ここで威厳を取り戻す。ガルを倒してフィルに認めてもらう!」
涙目のクライズは木剣の切っ先をガルファンドへ向けた。
「元弟子みたいなことを……目を覚ませ」
「うるさい……お前は……! お前は!」
クライズが取り乱す姿に周りが騒めき始める。
「――私の弟子を寝取ったんだぁ!」
「はぁ!? お、おま、弟子たちの前で何て戯言を!」
「決闘しろ! この野郎!」
ガルファンドは周りを見回した後、苛立ちを露わにして頭を掻きむしった。
「あぁ……分かったよ……ただし少しだけだ」
クライズは木剣を軽く振り回し、足元の地面を切り刻んだ。
「まぁ、弟子たちのいい授業になるか……」
ガルファンドも対抗するように木剣を一振りし、大気を揺るがした。
二人の間に広がる領域は刃のような殺気が渦を巻いており、弟子は愚か、屋内から見物しているメイドたちでさえ、それを感じ取っていた。
「――」
ガルファンドが瞬きをした刹那、クライズが立っていた地面が陥没し、木剣を振りかざしたクライズが眼前に迫る。
「死ね――」
「死ね!?」
一撃。
クライズとガルファンドの木剣は一撃のもとに砕け散り、熱を持った風圧が窓ガラスを打ち破った。
「……お前……まだ酒が抜けてないのか……? いや、この匂い、迎え酒したのか!」
ガルファンドは顔を引きつらせた。
「本気出さなきゃ死んじゃうよ、ガルゥ……!」
木剣の柄を投げ捨てたクライズの下へ、緑色に発光した空気が集まっていく。
「お、お前……まさか! よせ! 王都を吹き飛ばす気か! それに、そんなことをしたらお前の左足が……!」
「大丈夫だよ、左手で撃つから」
クライズが左手を握りしめると、ガルファンドは額に汗を浮かべ、弟子たちの方へ振り向いた。
「お前たち! 早くこの城から逃げろ! 使用人もだ! 全員この城から退避しろ!」
弟子たちはガルファンドの迫真の叫びに慌てふためき、脱兎のごとく逃げ出していく。
「クソっ! やるしかないのか!」
ガルファンドは息を荒立て、両手を地面につく。
「《獣牙――獅子王》!」
ガルファンドの巨漢がさらに増大し、獣のような体毛が全身を包んでいく。
漆黒の爪、荘厳なたてがみ、猛々しい吐息……。
ガルファンドが獣王と呼ばれる所以であった。
「私が……私がフィルを導かなきゃいけないんだよ!」
「……は?」
「あの子は……私と同じだ。ちゃんと導いてくれる人が必要なんだよ!」
クライズは軽やかに跳躍し、大気中のマナを左拳に纏い――振り抜いた。
緑色の光は赤黒く変色し、拳は光速へ迫り、超越する。
「「――!」」
その日、ガルファンド邸のから放たたれた赤と青の閃光により王都上空が裂かれる現象が発生した。
衝撃により、ガルファンド邸は跡形もなく崩壊し周囲の家屋にも甚大な被害をもたらした。
だが、獣王ガルファンドの弟子であるゲルニカや一行の尽力により、死傷者はゼロに抑えられ、後日、王宮での表彰が取り決められた。
ガルファンド邸崩壊の原因はメイド長の証言により「弟子の成長」という曖昧な言葉で片づけられたが、ガルファンドの名が民衆を信用させた。
「……あぁ……あれ」
クライズは自宅の寝室で目を覚ます。
窓から差す朝日がぼんやりとした視界に滲み、クライズは煩わしく思いながら上体を起こした。
「やっと起きましたか」
「ん、フィル?」
ベットの脇で椅子に座っているフィルと目が合い、クライズの脳は再度、停止する。
「何ですか、その顔は」
クライズの顔のパーツは全体的に下に寄っていた。
「いや、夢か」
フィルは浅いため息を吐いて、人差し指でクライズの左太ももを刺した。
「痛ったああああい!」
「現実です」
クライズは左足を押さえながら、涙目でフィルを見つめた。
「な、なんでここに?」
「いたら迷惑ですか?」
「い、いやそんな事ないけど……てっきり嫌われたものだと思ってたから」
「まぁ、好きではないです」
クライズはフィルの顔を見つめたまま首を傾げた。
「けど……クライズさんにあんなこと言われたら……無下には出来ないというか……」
「え? 私、何か言ったっけ?」
フィルは分かりやすく頬を膨らませた。
「『フィルのことは私が幸せにする!』そう言ってましたよ」
お、覚えてねぇ……!
クライズの笑顔に冷や汗が滲む。
というのも、ガルファンドと拳を交えた瞬間、凄まじい衝撃がクライズの聴覚を塞いでいたため、自分が感情に任せて何を言ったのか、聞こえていなかったのである。
「ま、まぁ……そこまで言うなら、もう一度だけチャンスを上げても良いかと……」
事情を知らないフィルはプロポーズを受けた少女のように頬をほんのりと赤らめていた。
「あはは……し、師匠としてね、当然というか。そ、それはそうとガルファンドはどうしてる?」
「ここに載っています」
フィルはそう言って新聞を渡してきた。
「えっと? ガルファンド邸崩壊……近隣住民の家屋にも被害多数……獣王ガルファンド、重症により療養中……」
新聞に目を通し、フィルを一瞥したクライズは深く息を吸い込むと、そのまま停止した。
「下宿先が無くなってしまったので、消去法でクライズさんの家しか居場所がないんです」
「すぅーーーー」
「それでも、ここの方が居心地はいいですね」
「おほっ」
「言葉はどうしたんですか」
半目になったフィルはクライズを睨んだ。
「フィルってムチだけじゃなくてアメも持ってたんだね」
「何言っているんですか……。あ、そうだそれと、テーブルの上にこんなものが置いてありました」
フィルは気を取り直して、一通の手紙を差し出した。
「こんどは何?」
とぼけたクライズだったが、一昨日の夜、アミーダが家に来た時に置いていったものだと分かった。
クライズは怯えながら手紙を受取り、封を切る。
「あ、ハンゾーさんからだ」
「ハンゾー?」
「四天王の一人だよ。三百歳のお爺ちゃん」
「さんっ……四天王というのは皆、人外なんですか?」
フィルはガルファンドの変身した姿や、それを打ち破ったクライズの技を思い浮かべて、呆れた。
「失礼な、加護を持たない私は人間でしょ」
「……」
「まぁいいや、さてさて? ハンゾーさん、今度はどんな未来を見たのかなぁ?」
驚愕に驚愕を重ねているフィルをよそに、クライズは手紙を開く。
「……王都が滅ぶ……弟子の命が欲しくば、国を出ろ……だって」
クライズは気の抜けた笑みと共に、頭の上にハテナを浮かべた。
「どういう意味でしょうか」
フィルは手紙を覗き込んで、眉をひそめた。
「意味は分かるけど、理解できないね」
クライズは呑気な口調で言いながら手紙を閉じた。
「じゃ、国を出よっか」
「え、良いんですか? こんな根も葉もない手紙を信用して」
「根も葉も実もあるよ。ハンゾーさんの予言は今のところ百発百中だし、あの人には悪意や欲が無い。このまま王国に居続けたら確実にヤバいことになる」
神妙な面持ちになるフィルの頭を撫でたクライズはゆっくりとベットから立ち上がる。
左足を触り、痛みが以前よりも増していることに気が付く。
「えっと……フィルは、どうしたい?」
「え? クライズさんについていきますけど」
クライズは思わず目を見開いた。
「で、でも四天王になる目標は……」
「クライズさんについていかないとその目標も叶わないじゃないですか」
フィルはそう言って笑みを浮かべる。
「ははっ……そっか、そうだね」
「目的地は決まっているんですか?」
「うーん……決まってないけど、取り合えず魔法の勉強をしにラダミア王国にでも行ってみる?」
「なんですか? そこ」
「魔法の技術に関して右に出る国はない……って噂の国」
「噂ですか」
自信ありげな表情を浮かべるクライズをフィルは半目で見つめた。
「四天王の氷王アミーダはたしかラダミア王国出身だよ?」
「行きましょう、今すぐ行きましょう」
目を爛々と輝かせるフィルをクライズは半目で見つめた。
こうして、クライズ・ファーストは人生における二人目の弟子を取ったのであった。
才能はあるが、人付き合いの不慣れさ、師弟関係の理解度の無さ、おまけに傲慢。
一言で言えば前途多難であった。
だが、クライズの心中は希望と期待に満ちていた。
その後、王都中央病院にて。
アミーダは全身に包帯を巻かれたガルファンドの見舞いに来ていた。
「これは……獣王ともあろうキミが、すごいヤラレ方をしたね」
「なぁ、アミーダよ……俺は何か悪いことをしたのだろうか」
「さぁね。でも、誰かのために盲目的になって……」
「……なんだよ」
「百合の花を摘んだのが悪かったんだと思うよ」
「なぁ、アミーダよ……頭が痛いんだ、もっと分かりやすく頼む」
「嫌なこった、自分で考えな、英雄なんだろ?」
「うぐ……」
「ボクはハンゾーと話があるから失礼するよ」
お読みいただきありがとうございます!
これにて第一章は完結です。
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