第六話 興味の移ろい
微妙な距離間に阻まれながら、賑やかな繁華街を進み、王都中心部から少し外れた城へ足を運んだ。
城門の手前で美しい所作のメイドに出迎えられ、何事もなくガルファンドがいる中庭へ通された。
豪華絢爛な庭では数人の見習い騎士たちが一糸乱れぬ動きで素振りや稽古をしており、厳かな空気が漂っていた。
獣王ガルファンドは人格者でもあるため、彼の元で学びたいと言う少年少女は山ほどいた。
クライズもガルファンドが弟子を取っていることを認知していたが、予想外の多さに終始言葉を失った。
「……ガル」
「む、クライズ……と弟子の」
ガルファンドは稽古を続ける見習いたちから目を離し、脇で佇むクライズとフィルへ視線を移した。
「フィルシアスです」
「早速何か困りごとか?」
クライズはガルファンドの親切に困り笑顔を浮かべた。
「ま、まぁね、情けないことに」
「四天王の頃とはえらく雰囲気が変わったな、クライズ」
「うん、なんだか称号と一緒に自信も無くしちゃったみたい」
「ははっ、未来を担う騎士たちの前だ、せめて胸くらいは張っていてくれ」
「あの!」
世間話を両断するようにフィルが声を上げた。
「ガルファンドさんに教えてもらいたいことがあります!」
ガルファンドはフィルに集中し、首を傾げた。
「ん? お前には師匠がいるだろう? 右の女に聞いてみたらどうだ?」
「クライズさんに聞いても意味がありません」
「――ぐはっ」
悪気の無い本音がクライズの身体を鋭く突き抜ける。
「ガルファンドさんは“マナの操作”はできますか?」
「マナの操作? はは、そうかなるほどな。悪いが、俺には出来ないぞ」
「え?」
「世界を探せば他に出来るやつがいるかもしれんが、この王国ではクライズだけの神業だ」
フィルの呆れたような半目がマヌケに目を見開いているクライズを刺した。
「で、でも、ガルもやろうと思えばできるんだよね?」
「一緒に戦った仲でも得手不得手が分からないとは……」
併せて、ガルファンドからも呆れた視線が向けられる。
「昔からの悪い癖だ、クライズ。自分に出来ることは他人にもできると思うな」
「わ、分かったって! ごめんごめん! だから弟子の前で説教するのだけはやめて!」
クライズは頬を紅潮させながら必死にガルファンドを黙らせた。
「ガルファンドさん、ではクライズさんのように相手の魔法を正面から打ち破るにはどうしたらいいのでしょうか」
フィルは真面目な顔をしてガルファンドに詰め寄った。
「もし、わたしと同じか、それ以上の魔力量を持った相手と遭遇した場合にはどうしたらいいのでしょう」
「そうだな、フィルシアス、君は見たところ、かなりの加護を持っているな」
「はい」
ガルファンドは得気な笑みを浮かべると、稽古をしている見習いたちの方へ声を掛けた。
「ゲルニカ、こっちに来い」
名を呼ばれた見習いの一人が、頭の防具を取りながら、ガルファンドたちの方へと駆け寄ってきた。
両足を揃えて立ち止まると、クライズ、フィル、ガルファンドの順に丁寧なお辞儀をした。
「お呼びですか? 師範」
フィルよりも年上の茶髪の少女。
顔つきは凛々しく、声音からもフィルにはない落ち着きがあった。
「フィルシアス、こいつはゲルニカだ。少量だが、戦神の加護を受けている。試しにありったけの魔法をゲルニカにぶつけてみろ。答えが見えるかもしれん」
フィルはガルファンドの言葉に困惑しつつも、すぐに「はい」と潔い返事をした。
この時既に、クライズが蚊帳の外であることはその倍いる誰もが感じていた。
「ゲルニカ、対魔法の防御はできるな?」
「十分に」
力強く返事をしたゲルニカは頭の防具を被り、稽古を中断した見習いたちを掻き分けて、フィルから距離を取った。
数秒で見習いたちがゲルニカとフィルの間から掃け、緊迫した空気が漂い始める。
「では、打ってみろ」
フィルは肩幅に足を開き、突き出した右腕を左手で支える。
右腕の周囲に漂うマナが緑色に発光し、次第に巨大な光へと収束していく。
「《ファイアボール》!」
緑色の巨光は一つの火球に姿を変え、熱波を撒き散らした。
数名の見習い騎士たちが腕で熱波を防ぎ、突如として襲い掛かる灼熱に耐える仕草を見せる。
「――!」
フィルの力のこもった吐息とともに、火球が地面を焼きながら打ち出される。
触れれば灰も残らないであろう火球はゲルニカへ容赦なく迫り、その場にいた誰もが緊張を走らせた。
その時。
「――ふんっ!」
ゲルニカは素手で火球を殴り、砕き抜いた。
破裂した火球は跡形もなく霧散し、火の粉が静かに降りそそいだ。
「え……」
唖然とするフィルの方にガルファンドの大きな手が乗せられる。
「世の中には相性がある」
「あ、相性?」
「魔法かは加護を持っていれば撃ち抜ける。加護は体術を持ってねじ伏せる。体術は魔法を持って焼き払う……という具合にな。これも訓練校で教えればいいんだがな」
クライズは授業を始めようとしたガルファンどを遮ろうとしたが、興味津々な眼差しなフィルを前に足が前に出なかった。
「なるほど、では加護のコントロールが大事になるということですか?」
「その通りだ。勘がいいな」
ガルファンドに褒められたフィルは笑顔を零した。
そんな横顔にクライズは心臓を締め付けれれる。
「あ、あのさ! フィル! これで答えも分かったわけだし、さっき入れなかったスイーツのお店に……」
「あ、クライズさん、先に帰って頂いて大丈夫です。日用品の調達などはお任せします」
「え、えぇ?」
「わたしはもう少しだけガルファンドさんの話を聞いていきます」
「で、でもガルに迷惑じゃあ」
と、震えた声でガルファンドに助け船を求めた。
「俺は別に構わねぇよ? 帰りもちゃんと送り届けてやるしな。任せておけ」
空気の読めないガルファンドの笑顔に、クライズは冷ややかな舌打ちと本気混じりの殺気を放った。
「そう言うことですので」
だが、更に冷ややかな態度でフィルがクライズを突き放したため、クライズは何も言い返せず、その場を後にした。
フィルに言われた通り、クライズは一人で日用品を買い、悪い足を引きずって寂しく帰宅すした。
日が王都を囲う壁の向こうへ沈んでいき、夕焼けと変わるようにして星空が頭上に広がっていく。
荷車から荷物を下ろしながら、ふと綺麗な夜空を眺めていると、クライズの口に自然と力が入った。
「まぁ……これでいいのかな」
元々新たに弟子を取ることに自信なんて無かった。
フィルにヴァリスと同じ道を辿って欲しくないというのがクライズの本音だった。
同じ四天王のガルファンドであれば、フィルの実力についていけなくなることなんて無いだろう。
一通り、荷物を下ろし終えたクライズは傷みやすい乳製品や食材に氷魔法を掛け、戸棚へ仕舞った。
「ただいま戻りました」
フィルが帰ってきたのは、日が沈んでからしばらく後だった。
「お、おかえり……どうだった?」
「とても有意義でした」
「そっか」
クライズは聞きたいことが山ほどあったが、躊躇った。
「あのさ、シチュー作ったから――」
「今日はもう寝ます。明日の早朝からガルファンドさんのところに行って稽古をつけてもらいますので」
「……」
クライズの表情が陰る。
だがフィルはクライズの物憂げな表情に気づくことなく荷物を下ろして奥の部屋へ去ってしまった。
未だにヴァリスが凶行に走った理由は分からなかった。
フィルと違って、クライズとヴァリスの中は傍から見ても円満だっただろう。
対話も多く、ヴァリス自身もクライズのことを慕っていた。
「……ほんと、弟子ってわかんない」
クライズは既にガルファンドにフィルを任せる気でいた。
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