第五話 不和
こんにちは、本日もよろしくお願いします。
オーダーズ王国。
栄華を誇る広大な王都を中心に広がる領土は地平線の先まで続く。
時代を支配した世界の中心。
「フィル、離れないで」
「は、はい」
フードを深く被ったクライズは花弁が舞う繁華街をフィルの手を引いて歩いた。
空を覆いつくさんばかりに張られた色とりどりの旗や、どこからか聞こえてくる陽気な音楽は王都の繁栄を象徴していた。
「きょ、今日はお祭りか何かですか?」
フィルは物珍しそうに周りを見回しながら、杖を突いて前を歩くクライズに尋ねた。
「ん? ここはいつもこんな感じだよ? 賑やかで楽しいよね?」
「クライズさん、なぜ顔を隠さなきゃいけないんですか?」
フィルはフードを煩わしそうに聞いた。
「まぁ、大人の事情ってやつかな。ごめんね、付き合わせちゃって」
「……そうですか」
フィルはそれ以上聞かなかった。というよりは、聞くことが無かった。
だが、クライズがフードを被っている理由はすぐに判明する。
「お、おい……あれ」
「冥王じゃないか?」
「なんでこんな所に……」
人混みを歩くクライズとフィルへ、市民たちから冷ややかな視線が向けられる。
フィルは囁き声ど視線の出所を探しながら、クライズを追いかけた。
「クライズさん……何したんですか?」
「あはは……まぁ元四天王がおめおめと街を歩いてたらみんな不思議に思うよね」
「クライズさんが四天王を追われた理由って、怪我が原因ですか?」
「え? うん、そうだよ?」
クライズはごく自然を装い、嘘をついた。
「まぁ、急にやめたからね、みんな怒ってるんだと思うよ?」
フィルはクライズの言葉に表情を曇らせた。
ぎこちなさを見抜かれたのではと、クライズは一瞬肝を冷やした。
「怪我しただけで立場を追われるなんて、四天王も厳しいですね」
フィルの言葉に、クライズは思わず聞こえていないフリをする。これ以上、この話題が続けば、触れられたくないところに触れられてしまう恐れがあった。
「あ、フィル! シュークリーム売ってるよ? 食べていかない?」
クライズは何食わぬ笑顔でフィルへ振り返り、店先に出ていた看板を指さす。
「フィル? お腹空いてない?」
「空いてます。食べます」
店に入ろうとしたその時、人混みの向こうで悲鳴が上がり、騒ぎが波の様にクライズたちの下へと近づいてくる。
「ん?」
繁華街に似つかわしくない盗賊が雑踏の中を風の様に駆け抜けていく。
盗賊の手には、同じく似つかわしくない煌びやかな箱が抱えられており、一瞬で強盗を働いたことが分かった。
「王都で盗みなんて珍しいね。まぁ騎士団に任せるとし――」
「――追います」
クライズの脇から一陣の風が飛び出し、人々の間を縫い、盗賊を追いかけて路地へ入っていく。
「えぇぇ……まぁ何となくそんな気はしてたけどさぁ」
クライズはため息を吐いて、混乱する人混みの中を進んでフィルと盗賊をゆっくり追いかけた。
フィルは薄暗く、ホコリっぽい路地を駆け抜け、風の様に逃げ回る盗賊を追っていた。
建物の高低差を巧みに利用し、立体的に逃げる盗賊はフィルと違って土地勘に優れおり、フィルは苦戦を強いられていた。
「待ちなさい!」
盗賊はフィルに声を掛けられて初めて彼女の存在に気が付き、嘲笑うような一瞥を寄越すと屋根から屋根へ移動していく。
「目立つのは嫌だけど……」
辺りの建物を揺らすほどの風がフィルを持ち上げ、飛翔させた。
空中に舞ったフィルと目が合った盗賊は顔に冷や汗を浮かべながら、建物の隙間へ逃げ込んだ。
「逃がすか!」
空気の壁を突き破り、辺りの屋根瓦を吹き飛ばしながら飛行する。
フィルは入り組んだ路地を神速で飛び回り、追いついた盗賊の背中を蹴りぬいた。
「――ぐはっ!」
風で吹き飛ぶぼろ雑巾の様に地面へ転がった盗賊へ、フィルは冷徹な視線を浴びせる。
やや痩せた血色の悪い男だった。
「――死んでください」
冷ややかな言葉と共にフィルは右腕を盗賊へ向けて突き出した。
「ま、待て!」
「口を開くな悪党」
フィルの右腕に風が集まり、鋭利な刃物となって渦を巻いた。
「《ウィンドカッター》……」
フィルの右腕から放たれた風の渦は、通り道の木箱や石造りの壁面を切り刻みながら盗賊へ迫った。
「――はーいそこまで」
だが、風の渦は黒髪の女が突き出した手に触れた瞬間、何事も無かったかのように霧散した。
そよ風が残り香の様に女の顔に纏わりつき、フードを攫った。
「……クライズさん」
「フィル、やり過ぎ」
「な、何をしているんですか! 悪党が逃げます!」
クライズは得意げな笑みを浮かべると、半身になった。
フィルはクライズが逃げようとしていた悪党の衣服を掴んでいることに気が付く。
「逃げれないと思うよ? ね?」
そう言って、右手に掴んでいる盗賊へ笑顔を向ける。
「ひっ! め、冥王クライズ!?」
クライズの顔を見た盗賊の顔がみるみるうちに白くなっていく。
「盗んだ物、返してくれる?」
「は、はい……!」
盗賊は逆らう素振も見せず、クライズの言うことを聞き、懐から宝石があしらわれた箱を取り出した。
「うわ、これまた高そうな物を盗んだね」
クライズは箱を受取ると、盗賊から手を離した。
「王都じゃ騎士たちが目を光らせてる。盗みなら郊外の方が上手く行くよ?」
「え、へ? 捕まえねぇのか?」
「うん、私はもう騎士じゃないし」
クライズの言葉に盗賊は目を丸くして、気の抜けた笑い声を漏らした。
「ほら、行っていいよ。他の人に掴まったら殺されるかもしれないから今度は気を付けてね」
盗賊はクライズへ会釈をすると。颯爽と走り去ってしまった。
クライズは手を振りながら盗賊を見送り、背後のフィルへ視線を戻す。
「さ、お腹もすいたし、何か食べに行こうか」
「なんで」
フィルはクライズの言葉を鋭く遮った。
「なんで逃がしたんですか! あいつは人の物を奪って街の風紀を乱した!」
クライズは首を傾げて、装飾のついた箱をフィルへ投げ渡した。
フィルは箱を受けてめて、困惑した視線をクライズへ向ける。
「返ってきたでしょ? それに、あの人はもうここでは盗みを働かない……それで良いんだよ」
「……」
「この王都だけじゃない。私にも、フィルにも、この国の外の人にも……それぞれの生活がある。あの人にとっては盗むのが生活であり、平和なんだよ」
フィルはクライズから目を逸らし、奥歯を噛みしめた。
「そんなの認められません……」
「そっか、まぁ普通に考えたらそうだよね。ただ、私も悪だと思うものはある。それは人の生活、平和を奪うことだ……宝石は返って来ても、命は返ってこないからね」
真っ黒で底が見えないクライズの瞳が俯き震えるフィルの姿を映した。
「フィル? その箱を持ち主に返しに行こう?」
クライズは足元に置いておいた杖を拾い上げ、不揃いなリズムで歩き出した。
「私は……そうは思いません」
「ん?」
クライズは振り返って震える声を絞り出したフィルを見つめた。
「私は全ての悪を淘汰したい……人の悪意が許せない……!」
「フィル、君はまだ善悪の区別なんて分からないよ」
クライズの言葉にフィルから鋭い視線が飛ぶ。
怒りや苛立ち、焦りが入り混じった視線はクライズの胸を締め付けた。
「さっきの盗賊には幼い娘が一人……いや、二人かな? いるんだよ」
「なぜそんなことが?」
「不格好なネックレスが首から下がってた。手作り感満載のね」
フィルは更に目を細めてクライズを睨みつける。
「とまぁ、こんな感じで人は見た目に寄らない。やっている事にも事情があるんだよ」
クライズは誤魔化し笑いを浮かべた。
「おい、そこの者!」
二人の視線は男の声に呼ばれ駆けつけた騎士へと向かう。
兜で顔が隠れているが、二人を警戒していることは声音で分かった。
「あー、ど、どうかしましたかね?」
「な、クライズ殿……何をしておられるのですか!」
騎士は相手がクライズだと分かると声を震わして、全身に力を入れた。
「え、あぁ、弟子と少し話をしていまして……何かあったのですか?」
「いえ、まぁ、ここら一帯の屋根が吹き飛ばされたと通報を受けまして……」
「え、あっ」
クライズは自ずとフィルへ視線を移した。
「それと騒音被害も相次いでいますので、少し調べに……」
「そ、そうでしたか、そ、それならもう解決したので、本件は騎士団が動くほどの事ではないですよ?」
クライズは咄嗟に誤魔化した。
「で、ではクライズ殿が?」
「ま、まぁね。とある盗賊が荒らしてたんだけど……」
「犯人は」
「注意だけにしておいたよ。何も盗んでなかったからね」
「そうですか。ありがとうございます、クライズ殿」
騎士は会釈をして二人の元から去っていった。
「ふぅ……街中で音速は越えない方が良いよ?」
「……」
「フィル?」
依然としてフィルはまっすぐ、クライズを睨みつけていた。
「嘘までついて悪党を庇うんですね」
「騒ぎになってフィルが逮捕される方が嫌だよ」
「もういいです」
フィルは不機嫌な顔を背けて大通りの方へ歩き始めた。
「どこ行くの?」
「ガルファンドさんのところです」
クライズは不安に思いながらも、毅然とした態度を被ってフィルの後を付いていく。
フィルが自分に不満を抱いていることは出会った時から分かっていた。
だが、同じようにクライズ以外に、フィルを導くことが出来るとは思えなかったのだ。
「まって、フィル、そっちじゃないよ」
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