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3・ジャイアントヒップアタック

 その頃地上では。

 大聖堂の中で、ステンドグラスに感動したジークが行ったり来たりと走り回っていた。


 数人いたシスターたちも、最初こそ驚いたものの、さすがはカーネリアと毎日顔を合わせているだけはある。ちょっと身体が大きくて、人語を操るモルモットなどすぐに慣れてしまった。その上、もふもふの手触りと抱き着くのにちょうど良い大きさが乙女心にクリティカルヒットしてしまったのか、大層な人気者になってしまい、シスター長に言われてやっと離してもらった始末である。しかし、シスター長も名残惜しそうな顔でさっとジークの頭を撫でていったのをエルは見逃さなかった。


 まあ、虜になるのも分かるけど。さっきの手触りは中々だった。

 長椅子に腰かけ、無邪気に走り回るジークを見やる。モルモットは丸い瞳をキラキラと輝かせて、ステンドグラスの色が付いた影を追いかけて走る。


「エル、どーよ! 赤いおれさまカッコよくない?」

「そうだねー」

「エル、青いおれさまって凛々しくない?」

「そうだねー」

「エル、黄色いおれさま、神々しくない?」

「そうだねー」

「なーなー、で、これってなんで色ついてんの? 神々しい遊び?」

「そうだねー」


 気のない相槌を返すばかりの青年に、あちこち飛び跳ねていたジークはぶうと頬を膨らませ、じとりと彼を睨む。頬杖をついてやる気なく座っているだけなのに、見目が無駄に良いものだからどことなく憂いを帯びて思案しているようだ。それが気に食わなくて、ジークはエルに突進した。


「おれさまの話をきちんと聞けやコラー! ジャイアントヒップアターックッ!」

「ぶほッ!!」


 突進の勢いそのままに飛びあがり、空中でくるりと回転すると尻尾のない丸いお尻で容赦なく腹に突撃する。床に固定された長椅子であるため、椅子ごとひっくり返ることはなく、ジーク渾身のヒップアタックの衝撃を背もたれともふもふのお尻のあいだでモロに食らうことになった。思った以上の攻撃力に、そのまま膝の上に鎮座したモルモットの背中に上半身を倒して悶絶する。


「……ジーク、おま……」


 ボディブローというよりはボディプレスである。息も絶え絶えに声を絞り出したが続かない。もふもふが気持ちよくて、いっそこのまま落ちてしまってもいいかなーとか思い始める始末である。


「つーか、エルってほんっとによえーな。なんでカーネリアに付く必要あんの?」

「そ、それは……まあ、成り行き、っていうか」


 二年前の、彼女との初対面は、エルにとって思い出したい出来事ではない。むしろ、忘れてしまいたい出来事であるのだが、騎士団のなかでは有名な笑い話として皆の記憶に残っており、新米が入ってくるたびに話のタネにされている。なんだかんだで彼が毎日カーネリアのもとへ通っているのは、団員と顔を合わせるのが気まずいからかもしれない。


「必要あるかどうかはッ。王から直接、王命なんだぞ」


 実際は、罰であるのだが。

 詳しく知らないジークには、これで足りるだろう。


「おうめい? ふーん、なんかすげーのか」

「そうなの! すげーの!」


 ジークの疑問を勢いで押し切ると、やっとおさまった腹の痛みと普通に話せるほどには回復した呼吸で胸いっぱいに空気を吸い込み、身体を起こしてステンドグラスを見上げた。左から四枚並んだステンドグラスは、世界で信仰されている聖フィロメラ教の聖女の発端となった物語を描いたもので、別段特別なものではない。


 ……人間にとっては。


 すぽっと膝の上におさまったままのジークを見やり、こいつは知らなくて当然だよな、とさきほどの自分の適当さを少しだけ後悔する。この、ちょっと大きなモルモットにとっては、見るもの聞くものすべてが新鮮で、好奇心があふれて止まらない状況だろう。

 幼い子供だとでも思えばいいのかな。

 そう考えてみると、顔を合わせてから言い争いばかりしているいきものにも、少しだけ愛着が湧くような気がするから不思議である。


「これはステンドグラスっていうんだ。魔女と聖女の物語について、描かれたものだね」

「……ん? てことは、カーネリアに関係あんのか?」

「そうだね。カーネリアさんが聖女って言われる由来の話かな」


 ジークは期待に胸を膨らませ、エルと向かい合わせになるように膝の上に座り直した。キラキラうるうるさせた大きな瞳を見ていると罪悪感に駆られるが、話をする前にどうしても伝えねばならないことがある。青年は、真面目にジークと視線を合わせて口を開く。


「ジーク……。足が限界だから、隣に座ってくれないか」


 いくら気持ちが良いと言っても、羊ぐらいの大きさである。しかも、ダメージを食らったままずっと居座られているのである。痛みと呼吸が回復しても、足はジークの重みで血流が遮られ、じんじんと痺れを訴えてきていた。というより、そろそろ足先の感覚がなくなりつつある。


「なんだよ。やっぱよえーなー」


 おれさまが強いのか? などと言いながら、それでもジークは素直に隣に座り直した。彼の言葉はスルーするとして、エルはやっと解放された足を思い切り伸ばそうとし、痺れ特有のむず痒さに我慢できず、くねくねと変な動きを繰り返している。そんな見た目だけは整っている騎士の青年を、ジークは不思議なものでも見たかのような表情で見つめていた。


「なーなー。で、お話は?」

「わ、ジーク、ちょ、足、足乗せないで……」

「やっぱよえー」


 足を前足でちょっとつついただけで身体をよじったエルを呆れ顔で見上げ、大きなため息をつく。急かしても無駄だと理解したのだ。くねくねが治るまで、待ってやることにする。

 時間にしてほんの数分ではあるが、痺れた後に血が通う独特な感覚は、エルにとってかなり長い時間に感じられた。そろりと立ち上がり、床につけた足からむず痒さがのぼってこないのを確認して、エルはついでに大きく伸びをする。身体が長椅子の形に合わせて、固まってしまいそうだったからだ。


「えーと、 『魔女の災厄と聖女の奇跡』について、だったね」

「おお。生き返ったか」


 呆れた響きを滲ませながらも、その耳はぴんと前を向いていて聞く気満々なのが見てとれる。その様子を見て、エルはふわっと少し情けない笑顔を浮かべて、ステンドグラスへと視線を移した。

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