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プロローグ

「さて国王。なにか、言い残すことはあるか?」


 ベッドに伏せる初老の男を見下ろし、女は魅力的な紅い唇を吊り上げて笑う。豪奢な天外付きの寝床に沈む男は、女の楽しそうな笑みを見て恐怖に目を見開いた。額には脂汗が浮き、荒い息づかいを繰り返す口元からはなんの言葉も聞こえてこない。


「……ふむ。そこまで恐怖することもないぞ? 先ほども理由は話したが、言いたいことがあれば言っておかねば――」


 女の艶やかな声は、そこで止まる。荒々しい音とともに大きく開け放たれた扉から、若い男が一人飛び込んできたからだ。王国騎士団の制服を身につけた青年は、女に剣を向けると強い視線で牽制をする。


「王を誑かす魔女め! そこから離れろ!」


 熱のこもった叫びのあと、しばしの静寂が王の寝室を支配した。緊迫した空気が流れる中、最初に口を開いたのは、魔女と呼ばれた女だった。


「……離れろと言っているが」


 嘆息し、王にたずねる。国王はぶんぶんと首を横に振ると、女に縋りついた。その様子を見、青年はさらに激昂する。


「おのれ魔女め……! 魅了の呪いでもかけたかッ!」


 ばたばたと、外が慌ただしくなった。青年は女に剣を突き付けたまま、勝ち誇ったように口角を上げた。


「じき、この部屋は騎士団に占拠される。逃げ場はないぞ」

「そのようだな」


 肩をすくめると、女は縋りついていた国王を優しくベッドに横たえた。その行為に、青年は違和感を覚える。王を魅了したのならば、そのまま傍らに置いておいたほうが、逃げるには効率が良いのではないか――。

 違和感の答えは、文字通り頭の上から降ってきた。


「こんの馬鹿モンッ! 王室で剣を抜くとは何事かッ!!」


 鼓膜が破れそうな大音量の怒鳴り声と、頭が割れたなと思うほどの拳骨の痛みがセットで。

 悶絶している青年をよそに、同じく騎士団の制服を着た男は、太い腕をぴしっとあげて目の前の二人に敬礼をした。


「申し訳ございません、国王陛下。部下が聖女さまの癒しの儀式に乱入した挙句、お二人に剣まで向けるとは……ッ! このクリストフ、王国騎士団団長として首を差し出す覚悟でございますッ!!」

「あー……うん。そーゆーの、暑苦しいからやめて。君に死んでもらっても、国として困るだけだし」


 ベッドに横たわった国王は、ひどくぞんざいな口調で投げやりに答える。その顔には「またか」という言葉がありありと書かれており、同時に疲れもにじみ出ていた。


「しかしッ」

「それに、君の失敗ではあるまい? そこの騎士、見ない顔だが()()()()()、新入りだろう?」


 くくっと喉で笑うと、渦中の女がいまだ悶絶している青年騎士を見やる。視線を感じて顔を上げれば、女のミステリアスな紫の瞳とかち合った。底の見えぬ深い色を湛えた瞳に、一瞬気圧される。


「団長……! 私は、見たのです! 女が、この黒い魔女が王の寝室に入っていくのを。案の定、この女は」

「魔女じゃなくて、この国の聖女、カーネリアだよ新人君。身体の具合が悪かったものでな、癒しの奇跡にて治してもらうため、わしが呼んだのだ。通達は、行っていなかったかな」

「ええ、確かに通達は来ておりました。私も城内で警備、中……せいじょ、さま?」


 青年のよどみのない答えは、少しずつぎこちなく不安気になっていき、最後には碧眼を見開いて自らが魔女と呼んだ女を見つめ、固まった。


「私は仕事をするために、部屋に入れてもらっただけなのだがな。まったく、毎度のことだが人を見た目で判断する輩が多すぎる」


 やれやれ、とわざとらしくのたまうその姿は。

 黒く、光によっては紫にも見える艶やかな髪。長い真っ直ぐな髪を、頭の上の方で一つに束ねている。ツリ目がちの瞳に美しく弧をえがく眉。紅い魅力的な唇に、少しハスキーな声。

 癒しとは程遠い挑戦的な笑みを浮かべているだけでも、じゅうぶん迫力があるというのに。


 その豊満な身体に纏うのは、あからさまに布の面積が足りていない黒一色の衣服だ。美しくたわむ胸をかろうじて隠すのは、チューブトップと言われる形の黒い布。一度胸の下でクロスした布は、金属の輪で止められている。引き締まった腰や柔らかなカーブをえがく背中には、なにも纏っていない。

 さらに、肉付きの良い太ももを隠す気もない大きくスリットの入ったスカートに高いヒールの黒いブーツを装備して、王にうさんくさい笑顔で迫っているとなれば、青年でなくとも聖女だと思う人間はかなりの少数派だろう。

 ゆえに、青年は固まったまま呟くしかできなかった。


「……嘘だろ?」


 と。

 脱力した青年騎士、所在なさげに敬礼したままの団長、そしてカーネリアと順繰りに眺めて、国王は言った。


「わしの症状の場合、儀式のあとには一時的に声が出なくなるんだったな。言っておくことが一つできた。聞いてくれるか?」

「ああ。なんでも言うがいい」


 カーネリアの言葉に王は首をもたげ、青年騎士を見やる。さすがに脱力したままでいるわけには行かず、慌てて立ち上がると抜いたままだった剣を鞘にしまって敬礼をした。


「君ね、君。カーネリアを勘違いする人間はよくいるけど、ここまで入ってきた挙句、剣まで抜いたのはさすがに初めてだ。だから、一応、罰を与えることにする」


 罰、という言葉にぴんと青年の背筋が伸びる。


「君を今から、()()()()()()()()()()()()


 は? ともう一度固まる青年騎士。その時の彼の、筆舌に尽くしがたい素っ頓狂な顔を、カーネリアは今でも鮮明に覚えている。人の表情筋の可能性に、舌を巻いた瞬間だった。









 ――これが二年前の。

 聖女に見られない聖女と、彼女に振り回される無駄に顔だけ良い平凡騎士との出会いである。

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