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第98話 作戦会議(7)

 三人で外に出ると、本格的な冬の寒さが身体を襲った。背中を丸めながら、目的地を目指す。有城さんの好みということで、もつ鍋を食べることに決まった。


「あっ、さっき予約した有城です」


 十分後、有城さんが電話で予約してくれたもつ鍋屋に着く。元気いっぱいな店員に、四人テーブルの個室を案内される。


「あたし、お店に行くときは個室派なんだよね〜。なんか他の人の視線とか気になるじゃん」


 有城さんはそう言ってイスに座ると、楽しそうに鼻歌を歌いながらメニューを開いた。


 やがて店員が水とおしぼりを持って注文を聞きにくる。結局三人で話し合って、当店自慢らしい赤もつ鍋四人前ともつの唐揚げ、だし巻き卵を注文した。


 赤もつ鍋は三人前でいいでしょ――と提案したけど、有城さんに「アキラくんは男の子だから、ちゃんと食べないとダメだよ」と却下されてしまった。僕だって数時間前に、ハンバーグをガッツリと食べている身なのに。


 店員がいなくなると、片瀬さんは水を勢いよくあおってから「疲れたぁ〜っ」と声を漏らした。


「もう……ホントーにこういうの向いてないんだなって思い知らされたよ」


 片瀬さんが両手で水のコップを持ったままうなだれる。さっきまで元気がなさそうに見えたけど、どうやら仕事モードだったらしい。


「マユさん、今日はクールビューティーって感じでしたもんねぇ〜。カッコ良かったですよ!」


 有城さんが茶化すように言う。とはいえ、有城さんもそれが本心なのだろう。僕だって、今日のスーツを着てパリッとした片瀬さんはカッコよく見えていた。


「うん……。綾乃ちゃんのこともあるから、わたしはしっかりしてないとダメだし……本部を出てもどこにメンバーの人がいるか分からないから気が抜けないし……もう、ああいう会議はしたくないなぁ〜」


 片瀬さんがストレートに愚痴をこぼすのは珍しいな、とおしぼりで手を拭きながら思う。それだけ気が張っていたということなんだろう。


「まぁ疲れますよね、ああいう場って。だいたい歳上だから気を遣いますし」


 有城さんが左肩を揉みほぐしながら言う。有城さんでも気を遣うことがあるんだな、と水を飲みながら思う。


「……アキラくん。いま、失礼なこと考えたでしょ?」


 有城さんに図星を突かれて、思わず飲んでいた水を吹き出してしまう。


「そそそ、そんなことないですよ?!」


 吹き出してしまった水を慌てて拭く。ヤバい、どうやら顔に出てしまっていたようだ。


「ふぅ〜ん。まぁ、いいケド」


 有城さんは僕をジーッと見つめながらそう言った。そして「それにしても」と隣に座る片瀬さんの方を向く。


「マユさん、ほんとスーツも似合ってますねぇ〜! スーツと制服が似合う女性って、なかなかいませんよ!」


「ちょっと、制服のことは忘れてよっ」


 そんな有城さんと片瀬さんの会話を聞いて、オブシーンを捕まえたときのことを思い出す。そういえばあの時の片瀬さんの制服は可愛かったなぁ。今日のスーツ姿もいいけど。


「あーっ、でも残念でしたね、マユさん。さすがのあたしも、スーツ相手にモフモフはできないんで」


「いやっ、そもそも歳上をモフモフしないでよ」


 有城さんと片瀬さんが楽しそうに会話をしている。『モフモフ』とは有城さんの癖で、可愛いモノに抱きつくことだ。男がやったら一発アウトなことも、同性の有城さんなら許される。ときどき有城さんのことが羨ましくなるのは秘密だ。


「あぁ〜っ、今日は誰かをモフモフしたい気分なのに、スーツのマユさんしかいないなんてなぁ〜」


 そう言って有城さんは、胸の前で腕をクロスさせながら悶える。その視線は、誰も座っていない僕の隣のイスに向けられていた。その様子を見て、僕は綾乃を思い浮かべる。


 そうだった。いつも有城さんは、スパークルの事務所で綾乃をモフモフしていた。その綾乃がいないから、有城さんは寂しがっているのだ。スパークルは綾乃も含めた四人でスパークルなのに、綾乃がいない。ひとつ席が空いてしまっている。そのことに寂しさを感じた時、有城さんが「そうだっ」と手を叩いた。


「サツキちゃんもここに呼びませんかー?」


「えっ、サツキをですか?」


 有城さんに問いかける。たしかにサツキもいた方が盛り上がるとは思うけど……サツキはスパークルのメンバーではない。S.G.Gの経費を使って食事をする場に呼ぶのは規約的に問題があるんじゃなかろうか。


 そんな僕の考えを話すと、有城さんは「ヘーキヘーキ」と腕を振った。


「サツキちゃんは名誉スパークルメンバーだから、呼んだって問題ないよ。それにサツキちゃんがひとり来るぐらいだったら、そんな値段も変わらないでしょ?」


 あっけらかんと話す有城さんを見つつ「ホントかなぁ」と首を傾げる。サツキに連絡する前に小畑さんに聞いた方が良さそうだと思った僕は、メッセージを送った。小畑さんからの返信はすぐに来た。「好きにしろ」とだけ書かれている。


「……小畑さん、経費でも大丈夫らしいです。サツキ呼びますか?」


「わたしも賛成だけど、サツキちゃんって今日もスーパーで働いてるよね? 来るかなぁ」


 片瀬さんが水の入ったコップを傾けながら天井を見上げる。


「あー、そうですねぇ」


 スーパー・サクラギは午後九時まで営業している。今は午後八時半過ぎだから、まだ閉店まで時間がある。しかも閉店後の締め作業もあるだろうから、サツキは来れないかもしれない。


「まっ、とりあえず声だけかけてみよーよっ」


 有城さんに促されて、とりあえずサツキにメッセージを送る。返事はメッセージではなく電話でやってきた。


「もしもし、サツキ? ごめんね、仕事中に」


 個室なので、周りをはばからずそのまま座席で電話に出る。サツキの元気な声が聞こえてきた。


「もしもしっ。久しぶりっ! さっきはメッセージありがとうね」


 サツキに言われて、僕も「久しぶり」と返す。今月上旬にサツキとは直接会ってるし、その後も綾乃の進捗についてメッセージでやり取りしてたから、あんまり久しぶり感はないけど。


「いま片瀬さんと有城さんと三人でご飯食べてるんだけど、サツキもどうかなって話になってて。経費で落ちるからお金とかは大丈夫なんだけど、参加できたりする?」


 僕の質問に、サツキはまたもや元気よく「うんっ!」と答えた。


「まだお店やってるけど、人もそんなにいなくって忙しくないから、お父さんも行ってきていいって! だからお邪魔してもいいかな? うちはチームメイトじゃないけど……」


「うん、むしろ来てほしいよ。有城さんはサツキのこと、名誉スパークルメンバーって言ってるし」


「なにそれっ」


 サツキがくすくすと笑う。あとでお店の住所をメッセージで送る約束をして電話を切った。


「サツキ、来られるみたいですよ」


 お店の住所をサツキに送りながら、二人に伝える。有城さんは「うん、聞いてた」と笑顔で言った。


「じゃあ、申し訳ないんですけど……片瀬さんはアキラくんの隣に移動してもらっていいですか? 正面だとサツキちゃんをモフモフできないので」


「どういう理由なの、それ」


 ツッコミながらも、片瀬さんは僕の隣の席に移動した。チラリ、と横に座る片瀬さんを見る。会議中とは違い表情を崩したいつもの片瀬さんが、パリッとスーツを着こなしている。それはそれで、不思議な新鮮味があった。


「あー、そういえば! 二人が喧嘩したお話、聞きたいです〜!」


 悪気がまったくなさそうに言う有城さん。水を飲んでいる途中だった片瀬さんは、思わず吹き出しそうになっていた。


「……月之下くん?」


 片瀬さんが鋭い視線を向けてくる。ヤバい、誤解されている。


「い、いや。違いますよ、僕じゃないです。おっ、小畑さんが有城さんに言っちゃったらしくて……」


 しどろもどろになりながら片瀬さんに必死に説明する。説明を聞き終わった後、片瀬さんは小さく息を吐いた。


「小畑くんが話したなら仕方ないっか。……でも、そんな面白い話じゃないよ?」


 聞きながら、そりゃあそうだと思う。喧嘩した話なんて面白くなりようがないんだから。


「なんか、二人が喧嘩するのって珍しい気がしまして。二人とも、そんな感情を表に出さないタイプじゃないですか〜」


「あー……でも、たしかに。友達と喧嘩したこととか、僕はない気がしますね。しても幼稚園が最後かなぁ」


 僕の言葉に片瀬さんが静かに「わたしも」と頷く。有城さんの言うとおり、二人とも普段は喧嘩とかしないタイプだ。


「やっぱり! 喧嘩するほど仲が良いっていうのはホントなんですねぇ」


 僕と片瀬さんを交互に見ながら、有城さんがしみじみ、と呟く。思わず僕は片瀬さんと顔を見合わせた。片瀬さんは少し気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべている。喧嘩するほど、仲が良い。それを聞くと、悪い気はしなかった。

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