第95話 作戦会議(4)
「――というワケで、概要のご説明は以上です。今後の詳しい動きについては、各班長と決定した上で私にご連絡ください。また各班長は、本日不在のメンバーに説明をお願いします」
そう言って小畑さんは説明を締め括った。喉が渇いたのか、机に置いてあったペットボトルの水を勢いよくあおっている。
「私からのご説明は以上ですが、その他、この場で質問や相談等をしておきたい方はいらっしゃいますか?」
水を飲み終えた小畑さんがマイク越しに言う。少しの沈黙のあと、後ろで「はい」という声が聞こえた。
「田島さんですね。はい、どうぞ。マイクは要りますか?」
どうやら手を挙げたのは田島さんらしく、後ろに振り返る。田島さんが立ち上がり、軽く咳払いをしたところだった。
「いえ、マイクは結構です。――ビヨンドの田島です」
田島さんが挨拶をする。マイクなしだというのに、よく通る低い声だった。
「お話を聞いて、一点疑問があります。その……駒崎ちゃん、ですか。彼女を捕まえた場合、彼女は何かしらの罪で罰せられることはあるのでしょうか?」
田島さんのそんな質問を聞いて、全身の毛が逆立つのを感じる。綾乃が何かの罪に問われることはあるのか。それは僕の脳裏に何回もよぎって、その度に無視し続けてきた疑問だった。仲間である綾乃が警察に捕まるなんて、想像もしたくなかった。
「ご質問ありがとうございます。そうですね、実情が分からないので何とも言えない……というのが正直なところですが、その件は事前に知り合いの弁護士に確認しております」
小畑さんがそこで説明を区切る。続きを聞きたくないような、でも聞かないといけないような気がしていた。
「もし私たちの推察どおり、黒木が幼少期から駒崎に万引きの英才教育をしていた場合、彼女は罪に問われない可能性が高いようです。というのも、黒木が離婚したのは彼女がまだ五歳とか六歳のときです。善悪の判断もつかず、何より生活のために親には逆らえません。子どもの意思は抑圧されており、例え万引きをしていたとしても、それを強要した黒木の罪になる可能性が高い、とのことです」
小畑さんが長々とした説明を、澱みなく話す。『彼女は罪に問われない』と聞いたとき、僕は思わず胸を撫で下ろしていた。隣からも有城さんの「よかったね」という小さい声が聞こえてきた。
「そうでしたか……。それなら、良かったです」
「――良かった、ですか?」
田島さんが「良かった」と言ったので、小畑さんが聞き返す。田島さんは失言をしてしまったとばかりに、気まずように手のひらで額を押さえていた。
「あっ、いえ……申し訳ございません。私情を挟んでしまいました。その……話を聞いていると、駒崎ちゃん自身も被害者なような気がしてまして。もし捕まえたときに罪になるのであれば、どこか躊躇してしまうな、と」
田島さんのそんな言葉に、会場の人たちが静かに頷く。どうやら田島さんと同じ意見の人が大勢いたようだ。
「そうでしたか。いえ、特に悪い考えではないと思いますよ」
小畑さんが笑いながら、胸の前で左手を左右に振った。
「この会場の中にも、田島さんと同じ想いの人がおられるかもしれません。特に同年代のお子さんがいる方であれば、その想いもひとしおでしょう。ですがご安心ください。駒崎を捕まえることは、彼女を助けるためでもあります。なにせ彼女も、デモニッシュの犠牲者ですから。大手を振って、皆さんの力をお貸しいただきたいです」
その小畑さんの答えに満足したのか、田島さんは少し嬉しそうに席に腰を下ろした。その瞬間、田島さんとまた目が合った気がした。
……とりあえず、綾乃がS.G.Gのメンバーから責められるようなことはなさそうで、安心した。