第93話 作戦会議(2)
晩ご飯を食べ終わると、有城さんと一緒にS.G.Gの本部に向かった。今は午後五時四十五分。ちょうど良い時間帯だ。
会議はセミナー会場で行われる。二人でエレベーターに乗って五階に向かった。
「そういえば今日の会議って、どれぐらい参加するか知ってます?」
エレベーターに乗りながら有城さんに聞いてみる。小畑さんは電話では必要最低限のことしか教えてくれなかった。
「人数のこと? それは聞いてないなぁ。でもまたメンバー増えたみたいだから、結構な人数になるんじゃない?」
「なるほど。まぁそうなりますよねぇ」
有城さんの答えに相槌を打つ。S.G.Gのメンバーってことは、確実に大半は僕より年上だ。そんな大人たちに混じって自分が発言することになるのかな、と少し気が重くなった。
五階に着いて、セミナー会場の両開きドアを開ける。暖房の熱と一緒に、たくさんの視線が僕たちに集まった。ドアが開いたから、誰が来たのかと振り向いたのだろう。思わずたじろいでしまう。
ザッと見た感じでは分からないけど、どうやら五十人近くいるらしい。百人は入れるセミナー会場の座席の半分以上が埋まっていた。
「……座る場所とかって、自由なんですっけ?」
キョロキョロと座席を見渡す。セミナー会場には百人分の座席があるけど、ひとつ飛ばしで座っている人たちもいるからか、僕たち三人が固まって座れそうな場所は少なそうだった。
「うん。でもアキラくんたちって小畑さんと独立して動いてるでしょ? 前の方に座った方が良いんじゃない?」
何か話すことがあるかもしれないし――と有城さんが付け足す。
言われてみれば確かにそうだった。しかも今回の捜索対象である綾乃はスパークルのメンバーなのだから、何かしらの説明を求められる可能性は十分にある。
「それじゃあ、前の方に座りましょうか」
言いながら前の方に歩みを進めた時、通路側の席に座っている男性に「あ、ちょっと」と突然話しかけられた。
「もしかしてだけど……スパークルの月之下くん?」
その男性はツーブロックで髭を生やした、如何にも仕事ができそうな、イカつい風貌だった。そんな男性にいきなり話しかけられて、しかも名前も知られていて驚く。
「え、えぇ……そうですけど……」
なんで名前を知られているのか分からず、驚いたまま返事をしてしまう。
「あぁ、ごめん。驚かせちゃったね。僕はこういうものだよ」
僕が驚いているのに気づいたのか、男性は優しい声音で名刺を差し出してきた。そこには『田島賢治』と書かれていた。どうやらビヨンドというチームに加入しているらしい。
「あっ、どうもありがとうございます」
名刺を受け取ってから、わざとらしく制服の内ポケットをまさぐる仕草をする。
「すみません。今日はあいにく名刺を切らしていまして……」
それは嘘だった。今日は本部に来る予定がなかったから、本当は名刺なんて持ってきていない。
「いや、いいよいいよ。その様子だと学校帰りだろ? それにキミのことは知っているしさ」
僕のことを知っている? そのセリフに首を傾げていると、田島さんは「ほら、オブシーンを捕まえたのはキミだろ?」と付け足したくれた。
それを聞いて合点がいく。オブシーンを捕まえたあと、僕はいくつかマスメディアのインタビューを受けた。それに組織内報でも取り上げてもらったから、他のS.G.Gメンバーが僕のことを知っていてもおかしくはないことを思い出した。
「えぇ、そうです。実際は僕だけじゃなくって、他の方にも協力してもらっているのですが」
言いながら、チラリと後ろにいる有城さんを見る。インタビューや組織内報では、主に僕にクローズアップしていた。チーム内で唯一の男で高校生だから、その方が話題性があると思われたのだろう。だから念のため田島さんに補足をしておいた。言っておかないと、僕がみんなの手柄を独り占めしているみたいになるし。
田島さんは後ろに目を向けると「おや、有城さんも一緒なんですね」と目を丸くした。どうやら有城さんのことも知っているらしい。もっとも有城さんは元ブレイズのメンバーだから、僕とは違ってもともと顔は広いハズだ。
「オブシーンのときは有城さんもお手柄だったみたいですね。AIFRSも大活躍してますし、さすがです」
見た目は三十代ぐらいに見える田島さんが、有城さんに敬語を使っているのに違和感を抱く。しかしS.G.Gはランク制度があるように、実力主義の組織だ。名刺には書いてなかったけど、おそらく田島さんは有城さんよりも下のランクなのだろう。もっともブレイズはすでに解散しているから、今の有城さんは僕たちと同じEランクなんだけど。
「お役に立てて何よりです。もしAIFRSの件で不備とか意見がありましたら、いつでもご連絡お待ちしておりますので」
有城さんはいつもより声を高くして、ゆっくりとした動作で頭を下げた。完全に仕事中のクールビューティーな有城さんになっていた。どうやら同じS.G.Gのメンバーであっても、チーム外の人には仕事モードで接するらしい。
「えぇ、もちろん。何かありましたら、すぐにご連絡します」
田島さんは有城さんに頭を下げると、すぐに僕に向き直った。
「――それにしても、オブシーンが捕まってよかったよ。実は僕にも月之下くんと同じぐらいの娘がいてね。ああいう手合いのが捕まってくれて嬉しいんだ。もっとも、ウチの娘に限って万引きなんてことは絶対にしないけどね」
そう言って田島さんは胸を大きく張った。どうやら娘は万引きなんてしないとアピールしたいらしい。
「僕も、捕まえられてよかったと思います。友だちとかが被害に遭ったらと思うと、ゾッとするので」
「そうだね。今回のデモニッシュも……早めに捕まえられるといいね。僕は最初からこの捜査に参加しているから知っているんだけど、駒崎ちゃんって娘は月之下くんの友だちなんだろう?」
「えぇ、そうです。僕と同じスパークルのメンバーです」
田島さんに自信を持って答える。『僕と同じ』という部分に力がこもっていたのが、自分でもわかった。もし綾乃が本当にデモニッシュのスパイでも、戻ってきたら一人のメンバーとして迎えよう――それはスパークルの全員で決めたことだった。
「そうだよね。同じチームメイトだ。……仲間がスパイで色々と大変だと思うけど、何を言われても気にしちゃダメだよ。それじゃあ、これからも頑張って」
そう言って田島さんは、座りながら僕の二の腕をパンパンっと軽く叩いて激励してくれた。風貌のわりに優しい人だな、と失礼ながら思った。
田島さんと別れの挨拶を交わしてから、一番前の席に座る。みんな前に詰めて座ってはいるけど、さすがに一番前の席は空いている。片瀬さんも入れて三人で並んで座るスペースは十分あった。
「片瀬さんに一番前に座ってるって連絡しておきますね」
座ってからスマホを取り出すと、片瀬さんにメッセージを送る。送り終わってスマホを目の前のデスクに置いてから、ふと気になったことを有城さんに聞いてみた。
「田島さん、何を言われても気にしちゃダメだって言ってましたけど……どういうことなんでしょうね」
僕の質問に、有城さんは前を向いたまま「そりゃあ、色々と言われることもあるよ」と小さい声で言った。
「あやのんがスパイだったから、S.G.Gの情報はある程度デモニッシュに漏れているだろうからね。そんなあやのんをどうしてチームに入れたんだーって、怒る人もいると思うよ」
「えっ、怒る人がいますかね――」
そこまで言って、自分の考えが誤っていたことに気付く。綾乃は僕たちにとって大事なメンバーだけど、他の人からするとそうではない。むしろデモニッシュを憎んでいる人たちからすれば、間違いなく綾乃は敵なのだ。そんな単純なことに、今になって初めて気づいた。盲点だった。
だからこれから他のメンバーに、綾乃についてあれこれ批判を受けるかもしれない。田島さんはそこまで読んで、僕にああいう激励をしてくれたのだ。
思わず名刺を持ったまま、後ろを振り向いて田島さんを見る。田島さんは手元の紙に目線を落としていたけど、ややあって僕の視線に気づいて、顔を上げた。そして視線が交わると、エールを送るかのように片目を閉じてウインクした。
それに対して会釈をしてから、また前に向き直る。たった数分の会話で、田島さんのことなんてほとんど知らないけど、将来はこんな配慮のできる大人になりたいな、と密かに思った。