第91話 喧嘩(4)
小畑さんの家を出ると、そのままスパークルの事務所に向かった。片瀬さんに謝ろうと思ったからだ。
今日も事務所にいるかは分からないけど、僕の方からメッセージはしにくい。すでに何回かメッセージと電話を無視してしまっているからだ。話すなら直接が良かった。
事務所に着くと、鍵が開いていた。誰かいるらしい。ゆっくりと玄関ドアを開けて、廊下を歩く。室内を覗くと、そこには片瀬さんがいた。ソファーに座ってコチラを見ている。どうやら普通に気付かれたらしい。
僕は観念して室内のドアを開けると「お疲れ様です」と小さい声で挨拶をした。
「片瀬さん、今日来てたんですね」
「……うん。今日の朝、小畑くんから連絡があって。月之下くんが事務所に行くと思うからよろしくって」
どうやら小畑さんは朝の時点でこうなることを読んでいたらしい。まったく、あの人には敵わない。
「そうだったんですか」
そう言ってから室内に入る。廊下へと繋がるドアを後ろ手で閉めると、改めて片瀬さんに向き直った。そして、ここまでずっと考えていた言葉を口にする。
「あのっ、片瀬さん……昨日は本当にごめんなさい。片瀬さんの気持ちを考えずに、つい感情的になっちゃって……」
片瀬さんに深々と頭を下げる。そして頭を下げたまま、僕は続けた。
「片瀬さんが僕のことを心配してくれているのは分かります。でも改めて一日考えてみて、やっぱり僕もデモニッシュのことは追いたいと思いました。小畑さんにも考えは伝えています。もしそれでもダメだと言うのなら、破門にしてくれても構いませんっ」
早口で捲し立てる。うまく伝わったかは分からないけど、言いたいことは全て話し終わった。
やり切った僕は、勢いよく顔を上げる。目の前では片瀬さんが、寂しげな表情で立っていた。
「破門にしてくれてもいいって……そんな寂しいこと、言わないでよ。今まで、ずっと一緒にやってきた仲間じゃない」
途中から涙声になっていることに気づく。片瀬さんの目を見ると、少し涙が滲んでいて思わず胸が締め付けられる。
「わたしもね、昨日一日考えたんだ。月之下くんは月之下くんなりに、わたしたちのことを考えてくれてたんだよね。それなのに関係ないのにって言っちゃって、ゴメンね」
「いえ……こちらこそ、感情的になってすみませんでした」
僕が謝ると、片瀬さんは目を赤くしたまま少し微笑んだ。
「わたしはね、今でも月之下くんがデモニッシュを追うのは反対。でもこの調子だと、どうせわたしが止めても小畑くんと組んで勝手に進めちゃうでしょ?」
それは図星だった。もし片瀬さんがデモニッシュの捜索を止める気ならば、スパークルを抜けてでも小畑さんと組むつもりだった。それをすると絶対に片瀬さんは悲しむから、できれば他の方法を選びたいけど。
「だから、月之下くんがデモニッシュを追うことを認めてあげます。ただ、絶対に単独で動かないで、何かあったらわたしに報告して。それでもいい?」
「えぇ、もちろんです。それぐらいで済むのであれば」
そう言うと、片瀬さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。その表情を見て、ホッと胸を撫でおろす。
「すみません。僕のわがままで、片瀬さんにも迷惑かけちゃって……。本当は片瀬さんのためにもデモニッシュを捕まえたいなって思ってるのに、本末転倒で……」
「ううん、いいの。わたしが心配性なのも原因だから。月之下くんには話したことあるけど……琴乃さんが死んじゃったのはわたしの責任でもあるから、怖いんだ。自分の選択のせいで人が死んじゃうのが」
その片瀬さんの独白を聞いて、僕は以前からずっと言いたかったことを口にした。
「……前に琴乃さんの話を聞いた時から思ってましたけど……片瀬さんは悪くないですよ。古書店を勧めたのだって、琴乃さんのことを想ってのことじゃないですか」
「わたしもそう思いたいよ。でも結局わたしの行動で琴乃さんが死んじゃったんだから……やっぱり悪いのはわたしだよ」
肩をすくめながら、諦めたような表情で片瀬さんは呟く。そんな片瀬さんを見て、僕は思わず「違いますよっ」と大きな声を出していた。
「たしかに片瀬さんが古書店を勧めなければ、琴乃さんはデモニッシュに殺されなかったかもしれません。でもそれは運が悪かったとしか思えないです。善意で琴乃さんに勧めて、それがたまたま悪い結果になったとしても……片瀬さんは悪くないですっ。もしそれで片瀬さんが悪いなんてことになったら、それは……悲しいじゃないですか……」
言いながら、自分が涙ぐんでいることに気づいた。感情的になっていたようだ。涙を隠すために、慌てて手の甲で目元をぬぐう。
「……ありがとう。月之下くんにそう言われると、救われる気持ちになるよ」
片瀬さんがニコリと笑う。そして「それにしても、月之下くんがあそこまで怒るなんて思わなかったなぁ〜」と後ろで手を組みながら言った。
「あっ、あれは……怒ったとかそういうことじゃなくって、つい……」
気まずくなって頬をかく。昨日の僕は確実に感情的になっていた。そのせいで大事な片瀬さんに対して詰めるような真似をしてしまった。
「ほんっと、すみません……」
居た堪れなくなり、片瀬さんに深々と頭を下げる。片瀬さんは笑いながら「いいよいいよ」と言ってくれた。
「それだけ、わたしたちのことを思ってくれてたってことでしょ? それだったら許してあげるっ」
そう言って、片瀬さんはイタズラっぽく笑った。
「ところで、今日って定例の打ち合わせだよね? もうすぐ小畑くんたちも来るのかな?」
「あっ、それなんですけど、今日のは延期になりました。捜索方針が変わったので、今日やっても仕方ないですし」
桐生さんの話を受けて、今までよりもメンバーを増員して綾乃を捜索することになった。「綾乃が最後の目撃現場周辺に留まる可能性が高い」と判断されたためだ。
なので捜索範囲を今までの三倍に広げることになった。これまでは徒歩で動ける距離を考慮して最寄り駅から五キロメートルが対象だったが、これからは十五キロメートル圏内が対象になる。もし綾乃の手掛かりがなければ、徐々に捜索範囲を広げていく予定だ。
そのため、また僕たちの方で新しく「綾乃が立ち入りそうなお店」をピックアップすることになる。十五キロメートルともなれば複数の駅も範囲内になるから、お店の数は膨大になる。数日はピックアップ作業で潰れそうだった。
「そっか。それじゃあ今日は一緒にピックアップ作業を進めよっか。終わったらご飯でも食べに行かない?」
「ええ、もちろん! 終わったら行きましょう!」
片瀬さんと仲直りができたことが嬉しくて、僕は上機嫌でそう答えた。




