第9話 スーパー・サクラギ(4)
「えー、というわけで。月之下くんがお店の入り口でS.G.Gの名前を出して女の子をナンパしてたから、しばらく現場に出せません」
バックヤードの事務室で、片瀬さんが淡々とした口調で説明する。
ある程度万引き犯罪に関心がある人だったら、S.G.Gの存在は知っている。つまり僕はスーパーの入り口で「このお店には万引きGメンがいますよ」ということを、大々的に公表してしまったのだ。
もちろん一般の客はS.G.Gが店にいようが関係ないが、万引き犯がいた場合は話が違う。僕の存在を知られているので、確実に警戒されてしまう。ある意味では抑止力になっているけど、これでは万引き犯は捕まえられない。
僕はある程度客が入れ替わるまで、現場には出られなくなっていた。
「……すみません。成り行きで、つい……」
「まぁインカムで話は聞いてたから、悪気がないのはわかってるよ。とはいえあの娘さんには、後で少し話しておく必要はありそうだけどね~」
椅子に座ってモニターを眺めながら、片瀬さんは言う。片瀬さんとしても、ああやって万引き犯を野放しにしておくのは反対なのだろう。もっとも、当然である。万引き犯を野放しにしたら、いつまで経っても万引きはなくならないのだから。
「それにしてもどうしよっか。わたしがまた現場に出てもいいけど……」
片瀬さんはちらり、と綾乃を見る。
「綾乃ちゃんにもう現場に出てもらうっていうのもありだよね」
「いける気はしますね。モニター越しでも万引き犯を見つけられるぐらいなので。女の子なだけに"声かけ"のときはちょっと心配なので、相手をみて僕も出るようにすれば大丈夫だと思います」
「……という感じなんだけど、綾乃ちゃん的にはどうかな? 不安とかある?」
「たぶん大丈夫だと思います。片瀬さんと月之下くんのことを見て、だいたい把握できたので」
「まぁ月之下くんは女の子ナンパしてただけだけど……」
「いや、ホント……勘弁してください……」
などと話し合いながら、綾乃を現場に出すことが決定になる。とりあえず最初は、万引き犯に声かけをするときは僕が出動することになった。
◇
「綾乃ちゃん、すごいねぇ。月之下くんも才能あると思ってたけど、綾乃ちゃんも負けてないと思う」
綾乃が店内に向かって、片瀬さんと二人きりになる。片瀬さんは缶コーヒーを飲みながらそう言った。
「ですね。あんなに早く飲み込めるとは思いませんでした」
「月之下くんの教え方がいいからなのかな〜? 放課後、毎日のように教えてあげてたもんね」
片瀬さんは褒めるようなイジるような、どちらともつかない声音でそう言った。
「どうなんですかね。基本的なことしか教えてないですけど」
実際、僕は綾乃に対して基礎的なことしか教えていない。どうやって万引き犯をも見つけるのか、どうやって万引き犯に声かけをするのか。それらのマニュアルをもとに、ちょっと僕の経験も添えて説明しただけである。
それだけなのにモニター越しに万引き犯を見つけられたのは、ひとえに綾乃の才能あってのことだろう。
「もしかしたら、綾乃ちゃんのおかげで、スパークルももっと大きくなるかもしれないね」
片瀬さんが嬉しそうに笑う。たしかに、綾乃のおかげでランクの飛び級も夢ではないかもしれない。
事実、綾乃はこの日、初陣にもかかわらず、たった二時間で五人の犯人を捕まえたのだから。