第87話 綾乃の過去(4)
それからしばらく、三人で考え込む。室内に静寂が訪れ、空調の動く音だけが耳に届いた。
――もし黒木がデモニッシュならば、綾乃が窮地に陥ったときに助けるハズだ。だから綾乃にお金がなくなって、万引きをする必要もないだろう。
それなのに綾乃はスーパーで万引きをしていた。そうなると、やはり綾乃がデモニッシュを抜けた説が濃厚になる。だとしたら、なぜ抜けたのか? 窃盗グループとはいえ、養親が関わっている組織だというのに。
「……色々と考えると、ワケが分からなくなりますね」
考えても何も分からず、頭を掻く。他の二人にしても、僕と似たような心境だったらしい。
「とにかく、これで手掛かりが増えたことは事実だ。黒木勘五郎か駒崎綾乃、どっちかを捕まえればすべて明らかになる。前向きに捉えよう。代表、黒木の写真をいただけますか? できれば画質がいいのを、複数枚」
「別に構わんが……一番新しいのでも十二年前のしかない。それに昔のカメラだから、画質も悪くってなぁ。それでも平気かね?」
「結構です。一応、AIFRSで全部の監視カメラデータを洗っておきたいので」
二人のやり取りを黙って聞いていた僕だけど、小畑さんの言葉が気になって思わず「十二年前の写真で引っかかるんですか?」と聞いてしまった。
「多少精度は落ちるが、問題ない。今だと一枚の写真から未来の姿を予測できる。それを使いつつ解析すれば、それほど誤差はないハズだ」
小畑さんの説明に「へぇ」と感嘆の声が漏れる。今の時代はそんなに進歩していたのかと驚きである。
「とはいえ、あのデモニッシュがそう簡単に証拠を残してくれるとは思えないけどな」
頭を掻きながら、小畑さんがため息混じりに言う。たしかにその通りだった。万引きをするときには変装しているかもしれないし、そう簡単にAIFRSに引っかかるとは思えない。
だけど今の時点では、分かっていることが極端に少ない。少しでも可能性があることは積極的にやっていかないとダメなことは、僕にも理解できていた。
「それじゃあ、勘五郎の写真はあとでまとめて送るよ。データ化されてない写真も必要かね?」
「えぇ、一応ください。数は多い方がいいので」
桐生さんと小畑さんが話を進める。最初に小畑さんから連絡があった時は「収穫はあるのか」と不安だったけど、それは杞憂だった。かなり参考になる話が聞けた。
「あとは……そうそう。履歴書に、黒木一家の昔の住所が書かれていてねぇ。見たところ捜索の参考になりそうだから、一応共有しておくよ」
今はもう住んでいないだろうけど、と付け足してから桐生さんが住所を口頭で伝えてくれる。そこは綾乃が最後に目撃されたスーパーのある地域だった。思わず小畑さんと顔を見合わせる。
「……なるほど。どうして駒崎が遠くに逃げないのか疑問だったが……どうやら土地そのものに用があるらしい」
小畑さんが腕を組みながら呟くように言う。僕は頷きながらも、気になった疑問をぶつけてみる。
「でも黒木勘五郎が今も住んでいるハズがないですよね? 用事って、何があるんですかね」
僕の疑問に、小畑さんがゆっくりと首を横に振る。
「それは分からん。だが駒崎がその土地に用があるなら、しばらくは動かない可能性が高い。つまりは今の方針で進めていけば、いずれは駒崎を捕まえられるってことだ」
言ってから、小畑さんが自身の両膝をパンっと叩いた。
「代表。確実に今が駒崎……いや、デモニッシュそのものを捕まえる絶好のチャンスです。これを逃したら次はないかもしれません。本部の方からもう少し、人を借りられませんか?」
小畑さんのお願いに、桐生さんが力強く「前向きに検討しよう」と頷いた。
「勘五郎が関係しているとなれば、デモニッシュが実在することはもはや疑いの余地がないだろうねぇ。もともとはワタシが蒔いた種でもある。責任を取って、刈り取らねばなるまい」
こうして、本格的にS.G.Gが総力をあげて綾乃と黒木を捜索することになった。
とはいえ、当面は綾乃の捜索がメインになりそうだった。黒木は全くもって所在が不明だが、綾乃の場合は潜んでいる地域を特定できている。
綾乃を捕まえれば養親である黒木も見つけられる可能性があるから、今の時点で無理に黒木を探す必要はないのだ。
その後、今後の捜索方針についてあらかた話終わったところで、僕は代表室を出た。小畑さんはまだ桐生さんと話があるらしく、残るとのことだった。
エレベーターに乗りながら「とんでもないことになったな」と思う。
デモニッシュ。そのたった一つの組織が、みんなに不幸をもたらしていた。
片瀬さんは親友を失って、小畑さんはフィアンセを失って。そして綾乃は人生を台無しにされて。
デモニッシュを捕まえることで、みんなの過去がなくなるワケではない。全員がそれぞれの痛みを抱えて生きていく必要がある。
だけどデモニッシュを捕まえれば、きっと全員が前を向いて生きられるようになるだろう。少なくとも過去に囚われて生きることは無くなるハズだ。
絶対にデモニッシュを捕まえなければならない。それがS.G.Gに入ってデモニッシュに関わることになった僕の、唯一の使命だと確信していた。




