第85話 綾乃の過去(2)
「やぁやぁ。今日は御足労おかけしたねぇ」
部屋に入るなり、桐生さんが僕たちを労った。前に会ったときから思っていたけど、偉い立場なのに随分と物腰が柔らかい人である。
「いえ、とんでもないです。デモニッシュの捜索に役立つ情報であれば、地球の裏側まで駆け付けますよ」
そう言って小畑さんはニカっと笑みを見せた。それから僕に視線を向ける。
「今日はアキラくんを連れてきました。他のメンバーは出払っていて不在です。それでも構いませんか?」
小畑さんが話し終わるのを待ってから、ゆっくりと桐生さんに頭を下げる。すると桐生さんが静かに目尻を下げた。
「全然構わないよ。月之下くん、よく来たね。この間はありがとうねぇ」
突然桐生さんに俺を言われて「いえいえ」と胸の前で腕を左右に振りながら『この間』がいつのことを指しているのか考える。オブシーンのことか、それとも小畑さんのネズミ捕りを止めようとしたことか。
もっとも小畑さんのネズミ捕りに関しては、僕は何もできなかったワケだけど。
「いえいえ、そんな。それよりもこの間はご馳走様でした」
どっちのことにお礼を言われたかは分からないけど、オブシーンを捕まえた後に打ち上げ用のお金を貰ったことを思い出して、それに対して頭を下げた。
「若いのに礼儀正しくていいねぇ。うんうん」
桐生さんは嬉しそうに首を上下に振った。
「……さて。それじゃあ、早速本題に入りましょうか」
小畑さんは軽く指を鳴らすと、部屋の中心に置かれている黒光りの高そうなソファーにドカッと腰を下ろした。
「そうだねぇ。まずは写真を見てもらおうか。ええっと、ちょっと待っててね」
言いながら、桐生さんが部屋の隅にあるデスクへと向かう。そして一冊の大きな本を持って戻ってきた。
「あぁ、月之下くんも座ってくれていいよ」
未だに立ったままの僕に気づいた桐生さんが、ソファーを指差しながら言う。助かった、こういう時のマナーが分からないから、言われるまで座っていいのか困っていた。
「全然、気なんか遣わなくていいぜ。代表もアキラくんのことを買ってるからな」
そんなことを言う小畑さんは、ソファーで優雅に足を組みながら僕を手招きする始末だ。
いくらなんでも組織の代表相手に気を遣わなさすぎだと思うけど……そういえば、有城さんも桐生さんとは親しげだった。もともとAランクでガーディアンだった小畑さんだから、もしかすると想像以上に桐生さんとは親しいのかもしれない。歳は一回りどころか、二回り以上離れてそうだけど。
「月之下くんは若いのに優秀だからねぇ。……っと、そうそう。この写真だ」
桐生さんは小畑さんの前のソファーに座ると、真ん中にあるテーブルに本を置いた。どうやらそれはアルバムのようで、開かれたページには何枚かの写真が収められていた。桐生さんはその内の一枚の写真を指差している。
小畑さんの横に腰を下ろしながら、その写真を見る。枠外に『黒木一家と。二〇〇六年七月』と書かれたその写真には、桐生さんと三人の男女が写っていた。見たところ三人の方は、両親と小さい娘という家族構成らしい。オドオドしている様子の娘が、お父さんらしき男性の腕をがっちり掴んでいるのが印象的だ。
もっとよく見ようと身を乗り出したとき、あることに気づいた。その写真の娘に、見覚えがあったのだ。
「……あの、もしかしてこの子って……」
思わず顔を上げて、桐生さんの顔を見る。桐生は深く頷くと、重々しく口を開いた。
「ワタシも最初は気づかなかった。なにせ苗字が変わっているから。旧姓を名乗ってたんだろう。しかし気になって調べたところ、ようやく判明したよ。――その娘は駒崎くんだ」
もう一度、目を凝らして写真を見る。今よりも随分と幼いけど、整った目鼻立ちにサラリとした黒髪が、綾乃であることを物語っていた。
「なるほど。確かに駒崎のようですね。……つまり、代表は駒崎の家族とお知り合いだと?」
小畑さんが写真を見ながら桐生さんに問いかける。桐生さんは咳払いをひとつしてから「語らねばならない過去がある」と前置きをした。
「聞きましょう」
小畑さんが足組みを崩して、姿勢を正す。それから少しして、桐生さんが語り始めた。




