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第69話 小畑徹の失脚(6)

 水を持って事務室に戻ると、小畑さんは同じ体制のままソファーでジッと待っていた。さっきと違って息は切れてないから、少しは落ち着いたらしい。


「はい、小畑さん。水買ってきましたよ」


 小畑さんの目の前にあるテーブルにペットボトルを置く。小畑さんは小さい声でお礼を言うと、ペットボトルに手を伸ばした。


 しかし小畑さんはペットボトルではなく、虚空をつかむ。ペットボトルを取り損ねたように見えた。


「……小畑さん?」


 その行動に違和感を抱く。小畑さんはもう、目を押さえていない。だからペットボトルを取り損ねることなんて、ないと思うんだけど。


「……アキラくん。すまないが、ペットボトルを手渡してもらえないか?」


 小畑さんが弱り切った声音で言う。不思議がりながらさっき置いたペットボトルを再度持ち上げたとき、僕はふいに気付いた。


「――小畑さん。ひょっとしてなんですけど……目、見えてますか?」


 僕の質問に、小畑さんは笑って返す。


「さすがアキラくんだな。これだけで見通すなんて」


「……ということは、つまり……?」


「お察しのとおりさ。今の俺には目が見えていない」


 それは衝撃の告白だった。思いもよらぬ事態に、頭の奥がジーンと痛くなる。


「そういうワケだから、水を手渡してくれると嬉しいんだがね」


「あっ、すみません」


 小畑さんに言われて、ペットボトルを手渡す。目が見えていなくてもフタは開けられるようで、小畑さんはゆっくりした手つきで水を飲み始めた。


 しかし、妙な話である。もし小畑さんの目が見えないのなら、その状態でGメンをすることなんてできない。それなのに、どうしてひとりで稼働したのか。


「あの……小畑さん。いったい何があったんですか?」


 水を飲んでひとごこち着いたであろう小畑さんに尋ねる。小畑さんは虚ろな瞳で前を見つめていた。


「……お前がここに来たってことは、当然知ってるんだろ? 誤認逮捕のことは」


「えぇ、まぁ……。軽く噂ぐらいには」


「あれからだよ、俺がこうなったのは――」


 小畑さんが淡々と話し出す。あの日、小畑さんは本屋のGメンをしていたらしい。そこで誤って女子高生を誤認逮捕してしまう。女子高生は快く許してくれたものの、周囲にいた人が誤認逮捕を非難し、本屋は一時騒然となったという。その出来事が、小畑さんの心に深い傷を残してしまった。


 あれ以来、小畑さんは極度のストレスを感じると、目が見えなくなるのだという。医者からの診断は『心因性視覚障害』。本来の視力には問題がないので、治療するにはストレスそのものを取り除くしか手段はない。


「ストレスなんぞに負けるもんかと意気込んでGメンをしてみれば、このザマだ。笑っちまうだろ?」


 小畑さんは苦しそうな表情を浮かべながら笑った。


 正直、あの高慢な小畑さんが、誤認逮捕でここまで傷を負うとは思っていなかった。……いや、高慢だからこそ、自分のスキルに絶対的な自信があったからこそ、たった一度の誤認逮捕でもここまで追い詰められているのかもしれない。

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