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第6話 スーパー・サクラギ(1)

 スーパー・サクラギの下見から一週間後の土曜日、ようやく本格的に仕事が始まった。


 結局は片瀬さんや他のS.G.Gチームがセキュリティコンサルも担当することになったので、契約期間が大幅に伸びて『一か月』になった。


 つまりこの一か月は、スーパー・サクラギに付きっ切りで仕事をするワケである。


 この一か月の間にスーパー・サクラギの万引き犯を撲滅するのはもちろん、綾乃を独り立ちできるレベルにまで育てないといけないので、かなり忙しくなりそうだった。


 スパークルのメンバーが全員集まって、開店前のスーパーのバックヤードで作戦会議をする。


「それじゃあ、まずはわたしがメインでGメンをするね。二人は防犯カメラからわたしをみて、どんな風に動いているのか勉強するの。あとで月之下くんと交代して、今度はわたしと駒崎さんで月之下くんの動きを見るの。それを繰り返して、駒崎さんには『Gメンが現場でどんな風に立ち振る舞えばいいか』を学んでもらいます」


 説明しながら、長い黒髪を後ろで結ぶ片瀬さん。


「了解です。だいたい、一時間半交代ぐらいですかね?」


「うん、それぐらいかな。駒崎さんには後で今日学んだことをレポートで提出してもらうから、そのつもりでよろしくね」


「はい、わかりました」


 綾乃の返事を聞いてから、片瀬さんは店内に向かっていった。


 そういえば、片瀬さんのGメンスキルを防犯カメラで見るのは久しぶりだな。


 なんてことを思いながら、スーパー・サクラギの防犯カメラのモニターの調子を確認する。


 もともと開業当初から防犯カメラを新調していないだけに、画質は粗い。しかし現在のレイアウトを軸にカメラの向きを調整し直したので、幾分か死角は減っている。


 あとはセキュリティコンサルに特化した別のS.G.Gチームが、近日中に新しい防犯カメラを持ってきてくれるらしい。店長も最初は防犯カメラの新設に渋々だったが、防犯カメラの設置費用より万引き被害額の方が大きいことを軸に話したら、すんなり交渉が通ったのだとか。


「なんかこうしてモニターがいっぱい並んでいるのを見ると、作戦会議室みたいでドキドキするね」


 防犯カメラのモニターを見ていた綾乃が呟いた。


 スーパー・サクラギには店内外含めて、八個の防犯カメラが仕掛けられている。それらを四つのモニターで、画面を分割して監視している形だった。


「たしかに。こんなにモニターが並んでいるのを見ることはないもんなぁ」


 言いつつ、綾乃に「作戦会議室」なんて発想があったことに驚く。


「綾乃って漫画とかアニメ見ないって思ってたけど、意外と見たりするの?」


「ううん? あんまり見ないよ。なんか、昔みた戦隊モノの特撮で、こんなシーンがあったなぁって」


「あぁ、なるほどね」


 まぁ綾乃みたいに根っからのお嬢様気質っぽい子は、流行りの漫画とかアニメは見ないんだろうな。


 なんていう雑談もこれまでだ。監視カメラに片瀬さんの姿が見えた。


 これから片瀬さんによる「万引き犯の摘発」が始まるのだ。


「この前、綾乃にGメンの基本スキルのマニュアル本渡したけど、あれって全部読んでる?」


 スーパー・サクラギで本格的にGメンが始まるまでの一週間、僕と綾乃は毎日のように放課後に事務所に集まっては、Gメンのスキルについての勉強を繰り返していた。


「うん、ちゃんと全部読んだよ。頭に入ってる」


「それなら『Gメンで大事な三つの力』は?」


「えーっと。『観察力』と『隠密力』と『忍耐力』の三つ!」


 綾乃の返事に、僕は「正解」と笑みを見せながら答える。


 座学において、綾乃の筋はかなり良い。万引きGメンが絶対に押さえておくべきコツや法律周りもすぐに理解してくれる。


 あとはこのスーパー・サクラギで実技を磨いていけば、スパークルにとって貴重な戦力になることは間違いなかった。


「それじゃあ、一緒に片瀬さんの動きを見ていこっか。今日は土曜日で人も多いから、多分人ごみに乗じて万引きする人がすぐ出てくると思う」


 それに何より、今のスーパー・サクラギは一部の万引き犯から「カモ」だと思われている可能性が高い。事実、万引き犯が集うディープな掲示板では、過去に何度かこのスーパー・サクラギの名前が出てきている。


「わかった。もし防犯カメラで万引きをしている人を見つけたら、その時はどうすればいいの?」


「防犯カメラで? ……まぁ、見つけられないこともないとは思うけど。ただこのカメラだと画質が悪くて事実確認が難しいから、その場合は片瀬さんに連絡して判断を仰ぐ感じになるかな」


 綾乃の質問に答えつつ「随分と自信があるんだなぁ」と思う。


 本来今回の目的は「片瀬さんの動きを見て、Gメンの立ち振る舞いを学ぶこと」なのに、綾乃は

「自力で万引き犯を見つけられる」と言わんばかりの気の入りようだった。


 そうこうしているうちに、十時になってスーパーが開店する。土日はポイントが倍になるセールも開催していることから、開店直後からたくさんの客で賑わっていた。


 もともとが狭いスーパーなので、客が増えると一気に視界が悪くなる。これだと監視カメラ上では、なかなか細部までは見えない。


 とはいえまだ開店直後だし、この時間帯に万引きする人もいないだろう。


 そう思いながら椅子の背もたれに寄り掛かったとき、突然綾乃が「あっ」と声を出した。


「この人、ちょっと怪しいかも」


 綾乃はそう言って、一台のモニターを指さした。


「えっ? どれどれ?」


 画質が粗いだけに、この距離では何を指しているのかわからない。僕は身を乗り出してモニターを凝視する。


 綾乃はひとりのサラリーマン風の男を指さしていた。ニット帽を被ってメガネをかけている、三十代半ばくらいの男。一見するとマイバッグを持って買い物しているだけの、ふつうの客に見えた。


「……これのどこがおかしいの?」


 しばらく男を凝視して、それでも違和感に気づけなかった僕は、綾乃に問いかける。


「この人が持っているマイバッグ、ここのスーパーのものじゃないよ。たしか五駅か六駅ぐらい離れたスーパーのオリジナル製品だったと思う。ってことは、この人の生活圏内って、ホントはここら辺じゃないと思うの」


「オリジナル製品? あのマイバッグが?」


「うん。わたし、マイバッグを集めるのが好きだからわかるの。ほら、あのマイバッグって、デザインがかわいいじゃない?」


 言われて、モニター越しに男が持つマイバッグに目をやる。たしかに黄色を基調とした、オシャレなデザインだ。日常的にスーパーで買い物をする主婦たちが好きそうなデザインをしている。


「――なるほど。でもそうなると、あの男がそのマイバッグを持っているのは、たしかに違和感があるかも……」


 黄色いマイバッグを持っているということは、あの男はここから五~六駅離れたスーパーの近所に住んでいるんだろう。それなのにどうして、このスーパー・サクラギにいるのだろうか?


 もちろんあの男が『綾乃と同じように、オシャレなマイバッグを集めるのが趣味なだけの近所に住んでいる人』という可能性もある。ただあのサラリーマン風の三十代前後の男に、そんな趣味があるとは到底思えなかった。


 ただでさえ、レジ袋有料化でマイバッグを悪用した万引きが増えている昨今だ。なにか怪しい気もする。


「ありがとう。ちょっと、片瀬さんに話してみる」


 そう言いながら、スマホから片瀬さんのインカムに繋げる。


「月之下くん、どうしたの? なにかトラブル?」


 スマホ越しから、店内にいる片瀬さんの声が聞こえる。


「いえ、そういうワケじゃないんですけど、ちょっと気になったことがありまして」


 僕は片瀬さんに、いま綾乃と話していたことをまるごと説明する。少しの沈黙のあと、片瀬さんが


「たしかに怪しいね」と呟く。


「もしかしたら、万引き犯かも。月之下くん、今その男性がどこにいるか、追えるかな?」


「ええ。まだ防犯カメラに映ってるので追えてます。今は生鮮食品のコーナーにいますね」


「ん、ありがとう。ちょっとわたしも追ってみるから、何か動きがあったらまた教えてもらってもいいかな?」


「もちろんです。それじゃ、一旦通話を切りますね」


 通話を切ってから、僕は今回の件に気づいてくれた綾乃に目をやる。


 綾乃はなおも真剣な眼差しで、防犯カメラのモニターを凝視していた。


 ――ひょっとして綾乃は、Gメンとして天才なのではないか?


 綾乃を見て抱いた予感は、見事に的中する。


 例の男が、食料品を万引きして片瀬さんに捕まったのだ。

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