第2話 駒崎綾乃との出会い(1)
翌日、僕は午前中に事務所についた。
事務所といっても、Gランクの僕たちがそんな大層な事務所を構えられるワケがない。駅から徒歩十五分、五階建ての雑居ビルの二階にある、小さい事務所だった。
事務所につくなり、僕はポットのお湯を沸かしてコーヒーを作り始める。近くのスーパー(ちょくちょく仕事にも行く)で買った安いスティックコーヒーだけど、これを飲まないと一日が始まらない。
「あー、そろそろ挽きたてのコーヒーが飲みたいなぁ」
ホットコーヒーを飲みながら、独り言を言う。もしランクが上がって給料が増えたら、事務所用にコーヒーメーカーを買うのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、事務所にあるパソコンに電源を入れる。
S.G.G内部の情報は、なんでも簡単に手に入る。しかし情報漏えい対策として、事務所にあるパソコンからしかデータにアクセスできない。だから休みの日であっても、S.G.G内部の情報を使って勉強する場合は、事務所に行く必要があるのだ。
パソコンを立ち上げて、まずアクセスしたのは「各チームの逮捕件数」だ。三ヶ月もS.G.Gとして仕事をしていれば、他のチームとも接点ができる。知り合いのチームがどれぐらい逮捕件数を伸ばしているのか見るのが、僕の日課になっていた。
「ふーん……。まぁまぁ伸びてるけど、伸び率で言えばうちの方が高いな……」
来月Eランクに上がれるんじゃないかという期待を高めつつ、続いて「直近の犯罪記録」を確認する。ここには「どのような店が、どのような手法で、どのような商品を盗まれているのか」が事細かに記録されている。
これを見ることで、流行りの万引き手法がわかる。例えばレジ袋が有料化されたときには、マイバッグを使った万引きが急増したらしい。S.G.G内で「マイバッグで万引き犯かどうかを見破るノウハウ」が共有されたほどだと、片瀬さんから聞いた。
流行りの手法がわかれば、対策も立てやすくなる。グッと逮捕率が上がるのだ。だからこそS.G.Gのメンバーは常にデータベースを確認し、気づきがあればそれをS.G.G内の掲示板で共有したりするのである。
もっとも、僕にはまだ掲示板で情報発信できるほどの実績やスキルはない。もっぱら見る専だった。
しばらく集中してデータベースで情報を集めていると、不意に入り口のベルが鳴った。事務所の壁にある時計を見ると、すでにお昼前になっている。
……片瀬さんでも来たのかな? 鍵は開いているはずだけど。
そう思いながら、事務所の入り口に向かう。そこには、見慣れない少女が立っていた。
黒髪にホワイトのインナーカラーが入っている、今どき風の少女。やや華奢であるが、僕と同い年ぐらいの年齢に見えた。
「……あの。S.G.Gのスパークルの方……ですか?」
少女は僕を見ると、か細い声でそう訪ねてきた。スパークルとは、僕と片瀬さんが所属するチームのことだ。しばらく「誰なんだろう」と考え込んで、不意に合点がいく。
「あっ、今日面接の予定の方ですか?」
そういえば昨日、片瀬さんが面接の仕事があるって言っていた。面接はお昼かららしいから、時間帯的にも面接に来た人で間違いないだろう。
「はい、そうです。今日十三時から面接のお約束をしている駒崎です」
「えっ、十三時から!?」
思わず大きな声を出してしまう。まだ十二時前……まだ面接まで一時間もある。
「はい。十三時からです。少し緊張しちゃって、早く来すぎてしまいました。……迷惑でしたでしょうか?」
今にも消え入りそうなぐらい、小さくか細い声で訪ねてくる少女。
「いえ、迷惑ってほどでは……」
そう言いながら、内心で焦り始める。やばい、僕は面接対応のマナーというかルールは、一切学んでいないぞ……?
どう対応していいかわからずアタフタしていると、事務所の入り口から聞き慣れた声がする。
「あれ、月之下くんどうしたの? お友達?」
事務所の入り口の前に、いつもと違ってスーツでパリッと決めた片瀬さんが立っていた。僕はホッと安心しつつ、片瀬さんに「面接にいらっしゃった駒崎さんです」と答える。
「えっ、駒崎さん!? 十三時からだよね!?」
僕とまったく同じリアクションをする片瀬さん。……やっぱり、面接の一時間も前に来られたら、さすがにビックリするよなぁ。
しかし片瀬さんは僕とは違って、冷静に駒崎さんに受け答えをしていた。プライベートだとちょっと子どもっぽいところがある片瀬さんだけど、こういう時はさすがに大人だと関心する。
結局片瀬さんと駒崎さんは一緒に入り口近くにある会議室に入っていった。そして少ししてから片瀬さんが会議室から出てくる。
「月之下くん、ポットのお湯って沸いてる?」
「お湯ですか? 沸いてますよ。さっきコーヒー飲んだんで」
「よかったぁ。面接の人にお茶出したいから、淹れてもらっても大丈夫かな?」
「あ、そっか。面接だとお茶とか出しますもんね。じゃあお茶淹れたら持っていきますね」
「うん、ありがとう!」
お礼をしてから、片瀬さんはまた会議室に戻っていった。僕はさっそく台所(と呼んでいるだけのポットとか置いてるだけの隅っこのスペース)に向かった。
お茶を淹れながら、僕は思う。
さっきの子、うちのチーム――スパークル――に入るのかな?
面接の一時間も前に来るぐらい礼儀正しいから、いい子だとは思うけど……こんな小さいチームで女子が二人になったら、ちょっと気まずくなりそうだな。