第19話 片瀬真由美の過去(1)
スーパー・サクラギで仕事をするようになって、早一か月。
僕にとって初めての長期クライアントとの仕事は、今日で最終日だ。
AI顔認証システムなどのおかげもあり、かなり『万引きを抑止する』ことができるようになった。
そのため以前よりも逮捕者数は格段に減り、僕たちスパークルがフルで出動しても、一日で一人か二人しか万引き犯を見つけられなくなっていた。一時期は一日平均で十人以上を捕まえていたことを考えると、かなりの大躍進である。
万引き被害が減り、AI顔認証システムのおかげでスパークルが抜けた後でも万引き被害の抑制ができることにあり、店長は大喜びしているという。
「あーあ。今日でアキラくんたちともお別れかぁ」
その日の営業が終わり、事務室でその日の帰り支度をしていると、サツキが話しかけてきた。
サツキとは同い年ということもあり、ちょくちょく綾乃も交えて話すことがあった。そのため今では『取引先の店長の娘さん』ではなく『友達』として接するようになっている。
「まぁ僕たちが抜けるってことは、それだけ万引き被害が減ったってことでさ。喜ばしいことなんじゃない?」
「それはそうなんだけど。せっかく話せる人たちができたのになぁって。ホラ、このスーパーって高校生のアルバイトさんいないじゃない? 寂しくなるんだよねぇ」
たしかに、このスーパー・サクラギは客も店員も年配の人が多い。サツキ以外で一番若いアルバイトは、二十代後半の女性だ。それだけサツキと年齢の離れている人たちが多いのである。
「そう悲しいこと言わないでよ。たまにはここに遊びに来るからさ」
スーパー・サクラギはそこまで遠くない。ちょくちょくなら遊びに来れるだろう。
「ホント!? 次はいつ来るの? 何日!?」
「いや、そこまで具体的な日付は決めてないけど……」
サツキはこんな感じで、どんな時でも明るい。僕も綾乃もそこまで活発なタイプではないから、サツキがいると場がにぎやかになって楽しい。
「こういうのはしっかりと事前に決めておかないと、なぁなぁになって流れちゃうから。さぁ、いつにする!?」
「……じゃあ、七月中には必ず」
「来月かぁ~。まぁ夏休みだし、ちょうどいいかもね。それじゃあ、待ってるから!」
そう言ってサツキは無邪気に笑った。
「月之下くーん。もう準備終わった?」
片瀬さんが事務室に入ってくる。僕は急いでカバンを肩にかけると「終わりました」と姿勢を正した。
今日は綾乃は出勤していないから、僕の準備が終わればあとは片瀬さんと帰るだけだ。
「それじゃあ、そろそろ帰ろっか。最後に店長さんにも挨拶するよ。サツキちゃんも、一か月間色々とありがとうね」
「いーえー! とんでもないです! わたしもS.G.Gの人と一緒に仕事できて、楽しかったので!」
サツキが嬉しそうに頭を下げる。サツキは片瀬さんの大人びた雰囲気が気に入ったのか、歳は離れていても友達のように接している。片瀬さんも年下に慕われるのは嬉しいのか、まんざらではなさそうだった。
そんなこんなで、店長に挨拶を済ませたら、スーパー・サクラギでの仕事が終わる。
あとは定期的にスーパー・サクラギでの万引き状況を連携してもらい、また必要があればスパークルが出動するだけだ。
スーパー・サクラギから出ると、僕は思いっきり伸びをした。一か月間の長丁場の仕事がようやく終わり、開放感で満ちていた。伸びをすると、ここ一か月の心労が一気にほぐされていくのを感じる。
「いやぁ~。ようやく終わりましたね。ちょっと名残惜しい気もするけど」
「そうだね。特に月之下くんは、サツキちゃんとすっごい仲良さそうだったもんね」
「歳も近いですから。綾乃とも仲良くしてくれたのでよかったです」
綾乃もスパークルに馴染んではいる。でもチームに年上の同性の先輩と異性の同い年しかいないと、何かと息が詰まるだろう。だからこそ、同性の同い年であるサツキの存在は勝手にありがたく感じていた。
「そうだねぇ。綾乃ちゃんも楽しそうでよかったよ」
そこで一旦会話が途切れて、暗い夜道を二人でゆっくりと歩く。僕の心中は『あのこと』でいっぱいだった。
以前に小畑さんから聞いた、フィアンセを死に追いやったという話。あれから何度も片瀬さんに質問しようと思ったけど、綾乃が近くにいたりして、なんだかんだ話す機会がなかった。
今なら片瀬さんと二人きりだから、聞いてもいいのかもしれない。
でも、本当にいいんだろうか。片瀬さんのあの日の反応からして、相当苦い過去であるはずだ。それについて最近知り合ったばかりの僕が質問をするのは、ひどく失礼な気がする。
だけど、知りたい。片瀬さんの過去に、いったい何があったのか。胸に突っかかった気持ちを解消したい。