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最終話 新しい旅のはじまり

 二〇二一年、六月。大学生になったサツキが加入して、総勢五人になったスパークルは、事務所を引っ越しすることにした。もともと使っていた事務所では手狭になってきたからだ。スパークルも晴れてAランクになったし、いいタイミングなのだろう。片瀬さんの要望で、新しい事務所はS.G.G本部の近くに構えることにした。その方が色々と都合がいいからだ。


 新しい事務所へ引っ越しをする当日、僕は古い事務所の方に訪れていた。共同廊下のガスメーターに隠してあるカギを取って、事務所に入る。中にあった家具類はすでに運び出しているから、ずいぶんと殺風景だ。使っているときは狭いように思っていたけど「こんなに広かったのか」と感じてしまう。


 廊下を歩いて部屋に入ると、もともとソファーが置いてあった位置に立った。そしてその場所から、室内を見渡す。


 ここの事務所では、本当に色々な経験をした。作戦会議をしたり、祝勝会をしたり。そういえば片瀬さんと初めてケンカをしたのも、この場所だった。その場に座り込んで、しばらく物思いに耽る。


 気が済むまで黄昏た僕は、スマホでニュースを調べた。黒木の件で何か進展がないか、チェックしたかったからだ。しかし今のところ、目新しいニュースは報道されていないようである。


 ――結局、黒木勘五郎が罪を自供したことにより、デモニッシュの捜査は急激に進んだ。他のメンバーも次々に逮捕されている。あれだけの規模で動いていたのに、メンバーはたったの数十人というから驚きである。情報が外に漏れるのを防ぐために、少数精鋭で動いていたらしい。


「――デモニッシュを立ち上げたのは、S.G.Gへの復讐です。憎かった。自分の才能を認めず、追放したS.G.Gが」


 黒木は、警察の取り調べでそのように語ったという。それを改めて聞いたとき、僕はこう思わずにはいられなかった。


 もし黒木がS.G.Gを追放されていなかったら、琴乃さんが死ぬことも、綾乃が道を踏み外すこともなかったのに、と。


『……本当に些細なことで変わっちゃう人生だけどさ。――月之下くんだけは、ずっと変わらずに傍にいてね?』


 いつしか、片瀬さんが僕に言った言葉を思い出す。人生は些細なことで変わってしまうから、レールから踏み外さずに生きることはとても難しいのだろう。でも些細なことで変わる人生だからこそ、ほんの少しの努力で軌道修正――やり直しはできるハズなのだ。


 黒木は広域窃盗グループの首謀者として、間違いなく実刑判決を受ける。小畑さんは「最高刑の懲役十年になるだろう」と言っていた。つまり黒木が罪を償った頃には、僕は三十歳手前になっている。途方もなく長い年月のように思えるけど、それだけのことをやったのだから仕方ない。


 小畑さんは黒木の懲役について話すとき、こんな本音を漏らした。


「琴乃の命を奪ったくせに懲役刑なんて生温いと思うが……これが司法だから仕方ない。まっ、アイツがシャバに出てきたときは、俺がみっちり鍛えてやる」


 そんなことを言う小畑さんは、少し寂しそうに笑っていた。たとえ黒木が捕まっても、死んでしまった人の命は戻らない。小畑さんと片瀬さんがどんな心境だったのか、僕には分からなかった。しかし少なくとも、それで落ち込んだり、道を踏み外したりはしなさそうだった。


 小畑さんはS.G.Gの業務をしつつ"とまり木"の再建に力を入れているし、片瀬さんも益々リーダーとしての貫禄を付けている。それぞれが、それぞれの新しい道に踏み出していた。


「あれっ、月之下くんだったんだ。カギが開いてるから、業者の人かと思っちゃった」


 片瀬さんの声がして振り向く。片瀬さんは部屋のドアノブに手をかけたまま、僕を見て首を傾げていた。


「あっ、すみません。ちょっと引っ越しの前に、前の事務所を見ておきたくって」


 床から立ち上がってから、片瀬さんに頭を下げる。片瀬さんは僕を見ながら、ニヤニヤと笑っていた。


「なんだなんだ。月之下くんも、ノスタルジーに浸るときがあるんだねぇ」


 片瀬さんが茶化してくる。僕は照れ笑いしつつ「そういう片瀬さんは、どうしてここに?」と問いかけた。すると片瀬さんは、舌を出して可愛らしく笑う。


「えへへ。そういうわたしも、ちょっとこの事務所を見ておきたくって。ここはわたしが一人のときから使ってたからね」


「あぁ、そういえば。もともと片瀬さんだけでしたもんね、スパークルって」


「まさかここまでスパークルが大きくなるとは思ってなかったよ。人生は何が起こるか分からないもんだねぇ」


 片瀬さんが嬉しそうに笑う。それは僕も同感だった。


「ですね。僕だって、片瀬さんと出会ってなかったら、どうなってたか分かりませんよ。ひょっとして、デモニッシュに入ってたかも」


「あははっ、何それ。それだけは絶対ないよ」


 二人で笑い合う。ひとしきり思い出話に花を咲かせてから、事務所を出る。共用廊下に出ると、初夏の木々の匂いが鼻腔をくすぐった。今日はやけに日差しがまぶしい。


 新しい事務所に向かうために、片瀬さんと街中を歩く。今日は土曜日なだけに、人の通りが多い。その中をかき分けながら、僕は片瀬さんとケンカをした日を思い出していた。あの日は自分の無力さに打ちひしがれて、泣きながらこの道を走ったっけ。


 ぐるりと周囲を見渡す。景色はあの日と変わっていないのに、ずいぶんと違って見える。同じものでも見る人の心が変われば感想は変わるんだな、と感じる。


「……ねぇ。以前に言ったこと、覚えてる?」


 横を歩いていた片瀬さんが、不意に口を開いた。


「えっ、なんのことですか?」


「いつだったかな。綾乃ちゃんを見つけた後、お酒を飲みながらわたしの家で言ったこと」


 片瀬さんの説明に「あぁ」と声を漏らす。それなら覚えている。なんなら、ついさっき頭に浮かんでいた言葉だ。


「もちろん、覚えていますよ」


 僕が頷くと、片瀬さんは嬉しそうに笑った。そして、肩を寄せながら僕のことを見上げる。


「――月之下くんだけは、ずっと変わらずに傍にいてね?」


 もちろんですよ。僕はそう言って、片瀬さんの手に触れる。不意に吹いた初夏の風が、片瀬さんの髪をふわりと揺らした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・更新スピードがはやい ・題材の切り口が斬新 ・どのエピソードも安定している [一言] 完結おめでとうございます。 長い間、お疲れ様でした。 個人的にはヒロインの綾乃が好きです。 楽しませ…
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