第129話 対峙
午後七時という人の少ない時間帯なだけあって、警察の職務質問は三十分弱で終わった。
その結果、ひとりの怪しい白髪の男性が浮上する。どうやら駐車場にいたところを警察が見つけたらしい。しかし車や自転車を駐車しているワケではない。おまけに双眼鏡まで持っている。――もしかして、僕が誤認逮捕をした場面を見るために、双眼鏡を持っているのでは? そういう疑いが生じ、警察は白髪の男性に詰め寄った。
今はスーパー・サクラギの事務室で、僕と片瀬さん、そして三人の警察が白髪の男性と対峙している。
「――だから、これって任意ですよね? 申し訳ないですが、話す必要性が感じられないので拒否させていただきます」
白髪の男性は椅子にふんぞり返りながら、強気の姿勢を崩さない。この作戦を実施するにあたり、僕も色々と法律を調べた。それによると、令状がない限りは任意でしか取り調べができないという。それに相手にも黙秘権があるし、警察としてはこれ以上の追及できないのだ。
「いったい、いつになったら帰らせてくれるんですかぁ? これって違法捜査ですよねぇ。弁護士を呼んでもらってもいいですかぁ?」
白髪の男性が警察を挑発する。しかし黒木が大人しく罪を認めないことは、想定済だった。もちろん次の一手を用意してある。作戦内容は警察にも話してあるから、みんなも動揺していない。
「あなたがどうして、スーパーの駐車場にいたのか。それについて、こちらの方々から詳しく質問させていただきます」
警察が事務室のドアを開ける。部屋の外を見た白髪の男性は、驚愕したように大きく目を見開いた。パクパクと、何かを言いたそうに口を開いている。
「……ふむ。直接会って、確信したよ。久しぶりだねぇ、勘五郎」
桐生さんが、ゆっくりとした足取りで事務室に入ってくる。そしてその後ろで、綾乃が目を細めた。
「――わたしも、確信しました。どれだけ見た目を偽っても、身にまとう雰囲気は隠せないようですね」
事務室で二人と対峙した白髪の男性は、綾乃のことを凝視している。それは白髪の男性が黒木でなければ、ありえない反応だ。それを見て僕は追撃する。
「もし黒木勘五郎を捕まえたとしても、必ず白を切られると思いました。いくら警察でも、取り調べを強制する効力はありませんから。だから、あなたにこの二人を会わせれば真実が分かると思ったんです。黒木勘五郎がもっとも縁の深いこの二人を、ね」
部屋の隅にいた僕は、白髪の男性に近づく。そしてカッと目を見開いた。
「先ほどの反応で確信しました。あなたは黒木勘五郎です」
僕は白髪の男性――黒木に詰め寄る。一瞬動揺したように視線をズラした黒木は、笑いながら首を振った。
「何を言っているんですか。ただ女子高生がこんな場所にいるのがおかしくって、驚いただけですよ」
――女子高生、か。黒木の発言に、またも僕は確信を強くする。綾乃は落ち着いた雰囲気があるから、私服なら女子高生か女子大生かなんてパッと見で分からない。それに片瀬さんだって、オブシーンを騙すために女子高生に変装できる容姿だ。もし女子高生で驚いたのなら、片瀬さんを見たときも驚かないとおかしい。綾乃が女子高生だと知っているからこそ出た発言だ。
「我々は黒木勘五郎のことを全く知りません。ですがこれまでの過去をまとめると、ひとつの事実が浮かび上がってきます。それは『綾乃のことを溺愛していた』という事実です」
黒木の目を見据えながら、僕は続ける。
「あなたは綾乃に万引きの英才教育を施していた。しかしその一方で、綾乃の将来のことを真剣に考えてもいました。ピアノを習わせたり、お嬢様学校に通わせたり。もしかして、綾乃をS.G.Gに入れたのもそういう理由なんじゃないですか? 最初はスパイとして送り込んだと思いましたが……不思議なんですよ。あなたほどの男なら、もっと以前からスパイを送り込んでいるハズ。それなのになぜ、デモニッシュ創設から十年経って綾乃にスパイをさせたのか」
咳ばらいをしてから、唾を飲み込む。喋りすぎて乾燥した喉が潤っていくのを感じた。
「おそらく、あなたは踏ん切りがつかなかったんだと思います。綾乃をデモニッシュのメンバーとして正式に迎えるか、それとも別の道を歩ませるか。その二つで揺れ動いたあなたは、綾乃を一旦S.G.Gに送り込んだ。そして綾乃が一般社会に馴染めるのかを見てから、どの道を歩ませるか決めるつもりだったんです」
黒木の顔を見る。うつむきがちなその顔からは、心情は推し量れない。しかし、なおも僕は続ける。
「綾乃は言っていました。S.G.Gに入ってから、色々な話をお父さんにしたと。その中には、文化祭に行った話もあったと聞きます。これは推察ですが……あなたはそれを知って、決心したんじゃないですか? 『綾乃はちゃんと普通の社会……S.G.Gで生きていける。デモニッシュなんかには関わらせない』と。だからガーディアンを討つ命令をしてから、姿を消した。討伐命令を出したのは、綾乃がS.G.Gに捕まるのを早めるためでしょう。綾乃はS.G.Gに捕まらなければ、過去を清算できずに、前にも進めないですからね」
一気にまくし立てたので、呼吸が苦しい。少し大きく深呼吸をした。
「――これはすべて、僕の推察です。ですが今までのことを振り返ると、こういう結論が導き出せるんです。なにか反論はありますか?」
その質問に、黒木は答えない。うずくまったまま、床を見つめている。どうやら、あくまでも白を切るつもりらしい。ここまで言ったら、さすがに観念すると思ったけど……甘かったか。
次の一手を考えようとしたとき、突然綾乃が黒木に歩み寄った。そして座っている黒木に目線を合わせるように、その場にしゃがみ込む。
「……ねぇ、お父さん。わたし、警察に捕まったんだ。それから裁判とかも受けたけど、今はもう罪を償い終わって、ここにいるの。正式にS.G.Gにも入れたんだよ。みんな、こんなわたしを優しく受け入れてくれた。その時ね、わたし思ったの。――償えない罪なんてない。やり直せないなんてことはないって」
綾乃が黒木の手を握る。それまで微動だにしなかった黒木は、綾乃に触れられた瞬間、その場で大きく飛び跳ねた。それでも手を握り続ける綾乃のことを、凝視している。
「だから、お父さんも償おう? そして、一緒にまた万引き犯を捕まえようよ。――お父さんだって、最初はそうだったんでしょ?」
綾乃の涙が、二人の手にこぼれ落ちる。綾乃の泣き声は次第に大きくなり、やがて黒木からも嗚咽が聞こえてきた。
「――許してくれるのか? こんな、俺のことを……」
黒木が涙交じりに言う。それは紛れもなく、自身が黒木勘五郎であると認める自白だった。
「もちろんだよ。わたし、お父さんに捨てられて最初は辛かった。デモニッシュに巻き込んだことを憎んだりもした。でも、お父さんは……わたしを育ててくれた。お母さんとは違って、見捨てないでくれた。そしてアキラくんに言われて、気付いたの。わたしは本当に、お父さんに愛されていたんだなって。きっとどこかで、お互いに何かを間違えてしまっただけなんだなって」
綾乃と黒木の涙が、とめどなく流れる。そんな二人を見つめながら、桐生さんが口を開く。
「勘五郎、申し訳なかった。ワタシがあの時、君を止められればよかったんだ。そうすれば、こんなことにはならなんだ。……でも、こうなってしまったものは仕方がないねぇ。罪を償って、またS.G.Gに戻っておいで。生きている限り、やり直せないなんてことはないんだからねぇ」
黒木の嗚咽が、一層激しくなる。僕はその様子を見つめながら、ホッと安堵していた。何がともあれ、これですべてが終わる。琴乃さんを失った片瀬さんと小畑さん、そしてデモニッシュによって育てられた綾乃の旅が。そしてまた始まるのだ。新しい旅路が。
僕は横に立つ片瀬さんの顔を見た。僕の視線に気付いた片瀬さんは、嬉しそうに微笑み返してくれた。
◇
その後、黒木勘五郎は自供をはじめた。自分がデモニッシュの創設者であること。女性のメンバーと共同し、ガーディアン――僕を嵌めようとしたこと。そのすべてを。
その自供により、デモニッシュは崩壊するだろう。黒木自身が自供に積極的だから、すぐに組織の全貌が分かるハズなのだ。