第128話 作戦開始
秘策の一段階目を実施するため、僕はテレビ局の取材を受けた。誤認逮捕をした以降はS.G.Gから「取材禁止令」を出されていたので、久しぶりの取材だった。テレビ局は「あれだけ世間を賑わわせた若きGメンの失墜のその後に迫れる」とだけあって、嬉々として撮影に臨んでくれた。そしてその取材の中で、僕はデモニッシュ……黒木のことを煽りに煽る。
今回の誤認逮捕はデモニッシュの策略だった可能性が高いこと、そして僕たちはまだデモニッシュを追うことを諦めていないこと。今度は組織名も明確に出して、黒木を挑発した。
きっと世間一般の人から見れば「誤認逮捕をしたせいで変な妄想に取りつかれてしまった可哀想な人」にしか映らないだろう。しかし、今はそれでもいい。それでデモニッシュを追い詰められるのなら、喜んで道化になろう。それにデモニッシュを捕まえられれば、世間の目も変わるハズだ。気にすることはない。
僕の取材が放送された後、世間は大いに荒れた。今までの取材とは違って、具体的に『デモニッシュ』という組織名を出したのが利いた。ネットでは組織が実在するかの考察が連日連夜投稿されている。もともと小売店界隈では有名だっただけに、数日後には「デモニッシュは実在する」という声が圧倒的多数になった。
これだけ組織が有名になったら、デモニッシュも今までのように活動できまい。そしてこの状況を作り出した僕のことを、今度こそ本当に潰しに来るハズだ。それを返り討ちにする。
返り討ちの舞台は『スーパー・サクラギ』だった。サツキのお父さんに許可を取っているから、秘策が実施しやすい。僕はしばらくスーパー・サクラギでGメンを続けて「この店にガーディアンがいるぞ」と黒木にアピールした。ドラッグストアの『マリオン』のことを嗅ぎつけていたぐらいだから、きっと今回も気付いているだろう。
十一月に入ってから、本格的にデモニッシュのことを迎え撃つ。片瀬さんたちに協力してもらいつつ、毎日のように人が少なくなった夕方以降に稼働した。そしてそんな日々が一週間ほど続いた、十一月十三日の金曜日。ついにデモニッシュらしき女性が姿を現した。
その女性は"四十代ぐらいの主婦の姿"をしていた。監視カメラを気にしつつ、同じところをウロウロとしている……典型的な万引き犯の行動。直観で「間違いなくあの時の女性だ」と思った。もちろん以前とは姿が違うけど、デモニッシュならこれぐらいの変装はお手の物だろう。
「どうですか、女性の動向は」
立ち止まっている女性の死角に入りつつ、僕はインカムに話しかける。事務室では片瀬さんと綾乃が監視カメラをチェックしてくれている。
「うん、たしかに怪しいかも。でもAIFRSには引っ掛かってないんだよね。前のお婆さんの生体情報、登録してあるんだよね?」
インカム越しに片瀬さんが答えてくれる。
「登録はしてあります。ただデモニッシュならそれぐらいは騙せると思うので、あんまり信用しない方がいいかもしれません」
「そっか、分かった。月之下くんがそう言うなら信じるよ。……わたしたちは、警察に準備してもらえばいいのかな?」
「ですね、お願いできますか? 多分もうすぐ、動いてもらうことになると思うので」
わかった、という片瀬さんの声が聞こえてから、インカムが途切れる。しかし次の瞬間、今度は綾乃の声が聞こえてきた。
「……アキラくん、気を付けてね。追い詰められたら、何をするか分からないから」
綾乃が心配そうに言う。僕は綾乃を安心させるために、わざとらしく小さい笑い声を出した。
「大丈夫だよ。この作戦は、きっと成功するから。あっ、女性が動き出した。それじゃあ、引き続きよろしくね」
綾乃に告げてから、動き始めた女性の後を追う。深呼吸をしながら、意識を研ぎ澄ませる。
大丈夫だ。きっとこれで終わる。片瀬さんの無念が、小畑さんの怒りが、綾乃の悲しみが。そのすべてに終止符を打つ日が来る。いや、来なけばいけない。つかみ取らねばならない。
決意を固めながら、女性を尾行する。女性は文房具コーナーに近づくと、高級な万年筆を手に取った。そして素早くジーンズのポケットに入れる。
――盗った。間違いなく盗った。その証拠に、ジーンズのポケットが四角くふくらんでいる。中に何かを入れたのは明白だ。
「女性が万年筆を盗りました。これから追跡して、店外に出たら声を掛けます」
女性には聞こえないような小声で、インカムに呼びかける。片瀬さんの「分かった」という短い返事が聞こえた。
万年筆を万引きした女性は、生鮮コーナーなどをうろついてから外に出た。店から十メートル離れた時点で、女性の肩を叩く。
「すみません。お会計していない商品、ありますよね」
僕の声掛けに、女性は一瞬ビクッと身を震わせた。ここまでの反応は、ドラッグストアで捕まえたときと同じだ。しかし僕に振り向いた女性は、この間とはまったく容姿の違う女性だった。前回の高齢女性は見るからに年を取っていたのに、今回の女性は四十代ぐらいにしては美貌を保っている。普通であれば明らかに別人だが、僕の第六感が「同一人物だ」と叫んでいる。
「……なんの、ことでしょうか?」
女性が震えた声で質問してくる。その声すら、前回の高齢女性とは似ても似つかなかった。しかし僕はひるまずに女性を追撃した。
「万年筆を万引きした現場を目撃しています。とりあえず、そちらのポケットの中身をお見せいただけますか?」
僕は事務室に連れて行かず、その場で女性に詰め寄る。最初は首を振って拒否していた女性だったが、僕が何度も言うと、観念してポケットの中身を出してくれた。
「……こんなものが、どうしたのでしょうか?」
女性がおどおどしくポケットから出したものは、メガネのケースだった。ちょうど万年筆のケースと似たような形をしている。それを見た瞬間、頭の中が沸騰した。「誤認逮捕をした」と思ったからじゃない。「ビンゴだ」と確信したからだ。しかし感情を表に出さず、僕は続ける。
「――そのメガネケースは、どちらで買われたんですか?」
「これはメガネの専門店で買いました。たぶん、ここには売ってない商品だと思いますけど。もしかして、これを万引きしたと勘違いしたんですか?」
さっきまで弱気だった女性が、途端に強気になる。僕は絶望したように口元を歪ませた。そして手のひらを額に当ててから、女性に頭を下げる。
「申し訳ございません。万年筆を万引きしたと、勘違いしてしまったかもしれません。……念のため、万年筆をお持ちでないか、荷物を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
僕のお願いに、女性は「フンッ」と鼻息を荒くしながらも従ってくれた。女性が肩にかけていたポシェット、ジーンズのポケット。そのどこにも、万年筆は見つからない。
「大変失礼いたしました。やはりお持ちでないみたいですね。この度は申し訳ございません」
丁寧に頭を下げる僕に向かって、女性は「いきなり、なんですか」と声を荒げた。
「あなた、月之下アキラとかいう万引きGメンですよねっ? テレビで見たことがあります。誤認逮捕をしたとかで叩かれてたけど、またですか? ただお店に来ただけなのに、ほんっと失礼しちゃう」
女性は周囲の客に聞こえるような声量で叫び出した。徐々に僕たちの周りに人だかりができる。周囲の陰口を聞かないようにして、僕はまた女性に頭を下げる。
「大変申し訳ございません。もうお帰りいただいてよろしいので、何卒この件はご内密にいただけると幸いです」
僕の言葉に、女性はあからさまに見下すような表情をした。そして大きく息を吸ってから「みなさーんっ!」と続ける。
「月之下アキラとかいう万引きGメンに、言いがかりをつけられましたっ! この人はわたしのことを――」
女性が言い終わる前に、大勢の人が駆け寄ってくる。それは客でも店員でもない。警察だった。その場にいた誰もが騒然とする。目の前にいる女性も予想していなかったのか、素っ頓狂な声を出した。
「月之下さん、ご苦労様です。こちらの女性が、容疑者でお間違いありませんか?」
警察のひとりが敬礼をしながら聞いてくる。僕は目の前にいる女性を一瞥してから「そうです」と答えた。
「デモニッシュの可能性があるので、取り調べをお願いします。……あと、他は大丈夫ですか?」
僕の質問に、警察は元気よく「はいっ」と返事をした。
「出入口は封鎖して、中にいる全員に職務質問をします。もし推察どおりなら、そこに黒木勘五郎がいることになるかと」
警察は再度敬礼をすると、目の前にいる女性に声をかけた。女性は動転しているのか、目を大きく見開いて後ずさりしている。
「皆様、落ち着いてください。現在この周辺に広域窃盗グループ――通称デモニッシュが潜んでいる可能性があります。そのためこの場にいる皆様にはお手数おかけいたしますが、取り調べにご協力ください。これから案内しますので、警察官の指示に――」
なおも騒然としている場を鎮めるために、警察のひとりが事態を説明する。僕が捕まえた女性は、絶望しきった表情を浮かべていた。
僕が考えた秘策。それはあえて誤認逮捕をして、警察が周囲を取り押さえるという作戦だった。僕が誤認逮捕をした場合、確実に相手はアピールをする。『月之下アキラに言いがかりをつけられたぞ』と。その言葉を合図にして、警察が突入。スーパー・サクラギの出入口をすべて封鎖し、店内外にいるすべての人に職務質問をする。警察から追及されれば、さすがの黒木も観念するだろう。
――黒木勘五郎。お前は必ず、この近くにいるハズだ。誤認逮捕をしたガーディアンの絶望した顔を、間近で見たいと思わないハズがない。ガーディアンの敗北を他のメンバーから聞いただけで、お前が満足できるハズがない。十年以上もS.G.Gに対抗していたお前の執念は、復讐心は、それぐらい根強いハズだからだ。
だからこの計画を考えた。その黒木の復讐心を逆手に取るために。もちろん、この計画は上層部では批判を喰らったらしい。『もしデモニッシュじゃなかったら、どう責任を取るつもりなんだ』と。しかし僕を信用してくれた桐生さんが「全責任はワタシが取る」と言って、作戦を強行してくれたのだ。
つまり僕が作戦をミスれば、桐生さんの首が飛ぶ。でもその心配はしていなかった。黒木の、ガーディアンに対する異常なまでの執着心。一時期を共にした桐生さんには、黒木がガーディアンの敗北を間近で見るハズだと、分かっていたのだろう。だからこそ僕の秘策に賛同してくれたのだ。
僕が捕まえた女性が、警察に連れられて店内に入る。他の一般客の場合は、身分証を提示すれば解放されるようだった。黒木なら身分証を見せられないハズだから、このやり方で正しいのだろう。
「――月之下くん。終わったの?」
インカム越しに、片瀬さんの心配そうな声が聞こえてくる。僕は「終わりました」と答えてから、店内に引き返した。あとは天に身を任せるだけだった。