第121話 誤認逮捕(3)
二週間の謹慎が明け、初出勤の日。スパークルの事務所に行くと、中で小畑さんが待っていた。
「おはよう。思ったより元気そうだなぁ。安心したよ」
コーヒーを飲んでくつろいでいた小畑さんが、僕を見るなり言う。謹慎中は事務所に行くのもはばかられたから、小畑さんに会うのも二週間ぶりだった。
「おかげさまで。まさか僕も謹慎処分を食らうとは、思いませんでしたよ」
「最強の存在であるガーディアンが、二代続けて誤認逮捕で謹慎とはね。黒木の野郎の高笑いが、今にも聞こえてきそうだ」
小畑さんが大きな声で笑う。僕はコンビニで買ったアイスコーヒーを啜りながら、小畑さんの正面に腰を下ろした。
「小畑さんが来たってことは、例の件、捜査が終わったってことですか?」
僕は早速本題に入る。二週間も謹慎を食らっていたんだ。のんびりしている時間はない。
「やれやれ、随分とせっかちになったな。――まぁいいだろう。捜査結果をパソコンに送っておくから、見てくれ」
小畑さんがノートパソコンを操作しながら言う。僕はカバンから支給されているノートパソコンを開いた。そして小畑さんからのメールを確認する。そこには僕が依頼した捜査結果が添付されていた。
「まったく、警察にお願いするのもけっこう苦労したんだぜ。なにせ警察は、あの婆さんは無実だと信じ切っているからな」
悪態をつきながら、小畑さんが捜査結果を話してくれる。僕が小畑さんに依頼した捜査は二つだ。一つ目は、S.G.G内部にスパイがいないかの捜査。二つ目は、誤認逮捕した高齢女性の身元の捜査。小畑さんはまず一つ目の結果について教えてくれた。
「スパイの件は『否定できない』のが正直なところだ。関係者には簡単な身辺調査をしているが、それも確実とは言えない。さすがに駒崎ほどデモニッシュと接点の濃い連中はいないだろうが、末端のメンバーまではいないと断言できないって話だ」
小畑さんがノートパソコンの画面を見ながら、ソファーの背もたれに寄りかかる。
「それに各店舗にAIFRSを導入する際に、生体認証システムの説明だってしている。ぶっちゃけ、デモニッシュ側に情報が洩れていても不思議はない。ここは迂闊だったな。まぁ情報を秘匿した状態でAIFRSの導入をするのは難しいから、仕方ないところだが」
「ということは、黒木が生体情報を偽装している可能性はある……ってことですよね?」
「可能性は十分にある。というより、偽装している前提で臨んだ方がいいかもしれない。ったく、せっかく美砂に作ってもらったもんが通用しないとはなあ」
それから小畑さんが二つ目の依頼の結果を話す。しかしその結果も僕が望んでいたものではなかった。
「その婆さんの身元は分からないっていうのが結論だ。そもそもが誤認逮捕だったから、警察も身分証を確認していない。家まで送るのを婆さんが断ったから住所も不明だ。……今送ったデータを見てくれ」
小畑さんから新しいファイルが送られてくる。ダウンロードして開くと、地図が表示された。中心部に『マリオン』という記載があるから、あのドラッグストア周辺の地図らしい。
「警察に要請して、街の監視カメラの映像も解析した。しかし途中で婆さんの姿は確認できなくなっている。姿が見えなくなった周辺の家に聞き込みをして、婆さんがいないか確認しようとしたが……さすがに警察に怒られたよ。そんな確度の低い情報を調べるのに、人手は割けませんってさ」
「すみません。色々と根回しをしてくださって……」
「いいってことよ。周りがなんて言うかはしらんが、俺もその婆さんが怪しいと思っている。あのアキラくんを騙すなんて、相当のペテン師だ」
笑いながら、小畑さんがコーヒーを啜る。どうやら小畑さんは、僕の見解に賛同してくれるらしい。その事実が嬉しかった。
「もしあの女性が黒木だった場合……また来ますかね」
「可能性はあるんじゃないか。今の時点でも十分に復讐は果たせていると言えるが、まだアキラくんはガーディアンだ。その地位から引きずり下ろすまで、止まる道理はないと思う」
小畑さんの考えに、僕は「そうですよね」と呟く。黒木がまた、僕を倒すためにやってくる。しかし今の僕に、それを止めることはできるのだろうか。
「しかし黒木が生体情報を偽装しているなら、今までの作戦が使えない。またイチから作戦を練り直さなくっちゃいけない。これは長丁場になるぞお」
座ったまま、小畑さんが大きく伸びをする。それから僕の顔を見て、笑顔を作った。
「まっ、アキラくんも少しは休んでおけよ。これからしばらくは程々に活動して、まだガーディアンが死んでないってアピールしていけばいい。リハビリ期間と思ってくれていいぜ」
「……わかりました。頑張ります」
僕は力なく、呟くように言った。小畑さんが「気負うことないぜ」と笑う。
「あぁ、それにしても警察に捕まえた人の身分証確認を徹底させるべきだった。あの婆さんの身分証を確認していたら、それで済んだかもしれねぇのになぁ」
「たしかにそうですね。……でも、ひとつ疑問があるんですよ。たとえ黒木が変装の達人だとしても、性別を偽ることは可能なのかなって」
それはずっと抱いていた疑問だった。あの高齢女性を黒木だと思いつつも「そこまでの変装が可能なのか」と引っ掛かる部分があったのだ。
「それは分からんが、こうなった以上は特殊メイクの専門家にも声をかけてみるのもいいかもな。なにか良い情報が掴めるかもしれない」
そう言って小畑さんはノートパソコンをイジると、顎に手をやって唸りだした。
「しかし黒木の写真を見ると、どう考えても身長は百七十以上ある。だがアキラくんが捕まえた女性は、いいとこ百五十後半だ。約二十センチも偽装できるとは思えん」
小畑さんの見解に、僕は額に手をやる。やはりあの高齢女性は黒木ではなくて、ただの客だったのだろうか。
「とはいえここで考えても仕方ない。婆さんの調査は俺も協力するから、アキラくんはいつも通り仕事してくれ。ガーディアンはまだ死んじゃいないって、黒木に分からせてやろうや」
小畑さんの激励に、僕は小さく頷いた。