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第120話 誤認逮捕(2)

 ドラッグストアで高齢女性を誤認逮捕してしまってから、数日後。僕はスパークルの事務所で、狂ったように監視カメラの映像を凝視していた。それはあの日、ドラッグストアで撮られたものだ。高齢女性や、僕の姿が映っている。しかし高齢女性が万引きをしているシーンだけは、収められていない。監視カメラの死角で犯行に及んでいたのだ。


 しかし、それでも監視カメラの映像から分かることはある。例えば、手提げバッグのふくらみ方だ。犯行前と犯行後では、わずかに手提げバッグがふくらみ方が違う。つまりこの前後で、何かをバッグに入れた可能性があるのだ。


 そしてあるシーンを境に、そのふくらみがなくなっている。どこかで盗んだ化粧品を戻したのか。しかし、一体いつ? 盗んだものを戻していないと断言するため、常に万引き犯から目を離さないのはGメンとしての常識だ。僕がそんな初歩的なミスをやらかすとは思えない。どこだ、一体どこで商品を戻したんだ。


 ガチャリと。事務所のドアが開く。モニターから顔を上げると、片瀬さんが立っていた。内心でため息をつく。今は片瀬さんに会いたくないのに。どうして監視カメラの映像は事務所じゃないと見られないんだ。


「今日も事務所にいたんだ。根詰めすぎると、身体壊すよ」


 片瀬さんの言葉に、僕は声ではなく頷きで返す。今はあんまり話すような気持ちにならなかった。片瀬さんはそんな僕を怒ることなく、ソファーに座ってからノートパソコンを開いた。


「月之下くんの処分が決まったよ」


 僕は監視カメラの映像を止めて、耳を傾ける。片瀬さんは淡々と、処分内容を列挙していく。


「二週間の謹慎、各媒体への出演自粛、マリオンへの出入り禁止。処分内容はこんなところ」


 随分と軽い処分で済んだな、と思う。小畑さんが誤認逮捕をしたときとあまり変わらない。『マリオン』は誤認逮捕をしたドラッグストアだけど、言われなくても近づくことは金輪際ないだろう。


「他になにか、質問はあるかな?」


 片瀬さんがノートパソコンの画面から顔をあげて問いかける。僕は天井を見上げながら、気になっていることを脳内で整理した。


「マリオンとの契約はどうなってますか? あと、僕のガーディアンの資格はく奪についても聞きたいです」


 僕が言うと、片瀬さんの方からカタカタっとノートパソコンを操作する音が聞こえた。


「……マリオンとは契約解除になったよ。どのみち契約更新が近かったから、気にすることはないと思うけど」


「そう、ですか」


 そりゃあそうなるよな、と苦笑いを浮かべる。僕の誤認逮捕は、大きなニュースとなって全国に報じられた。僕の活動は警察の捜査の一環であるため、不祥事は伏せられるハズだった。そのためマスコミへ報道を自粛するように要請したが、破るメディアがあって結局は白日の下になったのだ。


 今では僕は『若手の凄腕Gメン』ではなく『不祥事を起こしたGメン』として扱われている。しかし話題性は抜群だったようで、マリオンには連日野次馬が押しかけているという。結果的に営業妨害にはならなかったから、裁判沙汰にはならないだろう。


「ガーディアンの資格については、はく奪の予定はないって。ランク更新は月末だけど、いま月之下くんの資格をはく奪しても、メリットないから」


「ここまで話題になってますもんね。いまガーディアンを変えたらデモニッシュに負けを認めるようなものですし、また人気者にするまで時間もかかりますしね」


 僕の発言に、片瀬さんがピクリと眉根を寄せる。


「月之下くんは、今でもそのお婆さんが黒木勘五郎だと思ってるの?」


「当たり前ですよ。そうじゃなかったら、今回の件はおかしいですから」


 ガーディアンにまでなった僕が、ただの一般人を相手に誤認逮捕をするワケがない。あの高齢女性は確実に黒木で、僕は負けたのだ。どうして負けたのか、どういう技術を使ったのか。それを見極めないことには、また同じ轍を踏むことになる。


「でもAIFRSの解析結果では、あのお婆さんはシロって出たよ。どの生体認証にも引っ掛かってない」


「それは黒木だから、ですよ。あの黒木なら、自分の生体情報を偽ることなんて簡単なハズです。耳介は特殊メイクで、歩容は歩き方で偽装できるハズです。骨格は……専門知識がないから分かりませんけど」


「けど月之下くん。それっておかしいよ。黒木勘五郎はわたしたちが生体認証を使ってるなんて知らないハズでしょ? それなのに、そこまで偽装する必要あるかな?」


 その片瀬さんの言葉に、ピンとくる。僕は両手をパンッと叩いた。


「そうだ、そうですよ。黒木は僕たちがどういう情報を監視しているか知っていた。だからそれに合わせた変装をしてきたんです。となると、黒木はS.G.G内部の情報を掴んでいる可能性が高い。スパイがいるってことですよ。スパイを使えば、僕にバレずに盗んだ品物だって隠せるかもしれない。さっそく小畑さんに連絡を――」


「月之下くん」


 僕の推理が、片瀬さんの言葉によって途切れる。片瀬さんの顔を見ると、真剣な眼差しで僕のことを見つめていた。


「……少し、休んだ方がいいよ」


「休む? どうしてですか。黒木が姿を現したんですよ。今が捕まえる最大のチャンスなんです」


「月之下くんの言うように、もしかしたらそのお婆さんが黒木勘五郎かもしれない。でも、今の月之下くんは自分を見失ってる。少し冷静になった方がいいよ。――まるで、昔の徹くんを見ているみたい」


「昔の……小畑さんですか?」


「そう。復讐のために、何かを犠牲にしてでも突き進もうとしている。本当は月之下くんだって今は辛いのに、それを誤魔化して無理やり捜査しようとしている。そんなんじゃ、身体を壊しちゃう」


 徐々に、片瀬さんの声が涙交じりになる。――あぁ、またか、と思う。また僕は、片瀬さんを苦しめてしまったのか。黒木が……デモニッシュが絡むと、いつもこうなる。自己嫌悪だ。


「……わかりました。少し休みます。どのみち二週間は、謹慎処分ですからね」


「うん。それがいいよ。もうすぐ学校も夏休みなんでしょ? ゆっくりみんなで、遊びにでも行こうよ。海とかさっ。あっ、でも今年は月之下くんも綾乃ちゃんも、みんな受験生だもんね……どうしよっか」


 片瀬さんが「うーん」と唸る。本当は遊びになんて行く気力はないけど、僕は黙って片瀬さんの提案を聞いていた。

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