第116話 熱海旅行(3)
ひとしきりサツキの恋バナを聞いた後、ふいに部屋のドアが開いた。見ると、顔が少し赤くなった片瀬さんが立っている。
「なんか、随分と盛り上がってるみたいだね~」
酔っているのか、いつもより口調がおっとりとしている。片瀬さんは部屋に入ると、空いている布団に飛び込んだ。
「マユさん、ひょっとして相当飲まされました?」
有城さんが笑いながらも、片瀬さんに水のペットボトルを差し出す。片瀬さんはお礼を言ってから、一気に水を飲み干した。
「飲まされたってワケじゃないんだけど、徹くんが随分と盛り上がっちゃって。だからわたしも付き合いで飲んだら、酔っちゃった」
「あははっ。小畑さん、ま~た飲んでるんですか。桐生さんもお酒強いですし、これは朝までコースかもですね」
有城さんが楽しそうに笑う。有城さんはよく小畑さんと飲みに行っていたみたいだから、酔うとどうなるのか知っているんだろう。
「あれっ。でも小畑さんって、ここまで運転してくれましたよね? 帰りの運転は大丈夫なんでしょうか」
サツキが心配そうに片瀬さんに聞く。たしかに朝までコースだったら、とてもじゃないけど明日は運転なんてできないんじゃなかろうか。
「うん、そこは大丈夫。徹くん運転代行呼ぶって言ってたから」
片瀬さんが布団に突っ伏したまま答える。有城さんがまたもや楽しそうに「そこまでしますぅ~?!」と笑っていた。
「というより……僕、今日はどこで寝ればいいんですかね……?」
小畑さんたちが部屋で楽しく飲んでいる中、寝る自信はない。二人に気を遣わせてしまうだろうし、何より僕も眠れないだろう。
「別に、ここで寝ればいいんじゃない?」
有城さんがあっけらかんと言う。予想もしていない返答に「えっ?」と声が漏れる。
「ここって六人まで寝られるから、アキラくんがいても困らないし。それにまだまだ、語り足りないでしょ?」
「それはそうですけど……えぇっ?」
有城さんの反応に困惑して、綾乃とサツキの顔を見る。二人とも楽しそうに笑顔を浮かべていた。僕と一緒に寝ることに対しての嫌悪感とかはなさそうだ。
……なんだろう。普通は年頃の男女が同じ部屋で寝るのはよくないと思うけど、実はそうでもないことなんだろうか。僕が気にしすぎなだけなのか?
どこで寝るのかは悩みに悩んだけど、片瀬さんから小畑さんたちの惨状を聞いて、結局この部屋で寝ることにした。みんな特に問題ないようだし、それなら構わないだろう。ひょっとして僕は男扱いされていないんじゃないかと、ちょっと不安にもなるけど。
「それで、マユさん聞いてくださいよ。サっちゃん、この間サッカー部の先輩に告白されたらしいんですけど、そのときにやられたんですよ、アレ! 『試合で俺がシュートを決めたら、付き合ってくれ』ってヤツです!」
有城さんがジュースを片手に、楽しそうに話しかける。さっきまで眠そうにしていた片瀬さんも、目をキラキラさせて話を聞いていた。サツキは有城さんの横で、恥ずかしそうに両手で顔を隠している。
「その試合では両チーム得点ゼロで進んだんですけどね、問題はアディショナルタイムのときです!」
有城さんの声に力が入る。手に持ったプラスティックのコップが握力で歪んでいる。
「なんとその先輩、相手のゴールにシュートするのは諦めたのか、オウンゴールしたんですよ! それで試合後に『シュートを決めてきたから、約束どおり付き合ってくれ』って――!」
「もっ、もうやめてくださいっ!」
サツキが有城さんの両肩をつかんで、ぐわんぐわんと揺らす。片瀬さんと綾乃は大笑いをしてその様子を眺めていた。
――あぁ。ようやく、人心地ついたなぁ。
その光景を見つめながら、僕は思う。スパークルのみんなとサツキで、バカみたいにはしゃいで盛り上がる。そんな普通の日々が、ようやく帰ってきた。綾乃が戻ってきてから一か月が経って、僕はようやくそう思うようになっていた。