第115話 熱海旅行(2)
「それじゃあ、俺たちは部屋で飲み直しましょうかぁ。真由美も来るか?」
食事を終えて大広間を出るなり、すっかりお酒で上機嫌になった小畑さんが大きな声で言った。顔を見ると、すでに結構赤い。そういえば小畑さんは飲み会でよく酔いつぶれると、有城さんが前に言っていたっけ。
「えっ、わたしも? い、いいの……?」
誘われるとは思っていなかったのか、片瀬さんは少し恐縮した感じで問い返した。小畑さんは「当たり前だ」と頷く。
「代表も真由美と話したいって言ってたしな。一時間ぐらいでいいから、俺たちに付き合ってくれや」
その小畑さんの言葉に安心したのか、片瀬さんは嬉しそうに「うん」と微笑んだ。
「じゃあ俺たち大人組は部屋で飲み直すから、アキラくんは女子の部屋に行っててくれ」
「わかりまし――って、ええっ?」
流れで返事しそうになるも、小畑さんの言っていることが頭で処理できなくて、思わず聞き返してしまう。
「俺たちはこれから部屋で飲み直すんだから、そこにアキラくんがいても退屈だろ? だから寝るまで女子の部屋で時間潰しててくれや」
小畑さんがグッと親指を立てる。反論しようとしたところ、後ろからガッと腕を掴まれた。振り向くと、そこには有城さんがいた。
「いいじゃん! うちトランプ持ってきてるし、一緒に遊ぼうよ!」
有城さんが笑顔で誘ってくる。悩みながら答えに窮していると、綾乃とサツキも「遊びに来てよ」と言ってきた。
「ま、まぁ……そこまで言うなら……」
頭を搔きながら答える。ちょっと気恥ずかしいけど、みんなが良いと言うなら、断る必要もない。結局大人組が飲み直している間、女性陣の部屋で時間を潰すことになった。
女性陣の部屋に入ると、微かに香水のいい匂いがする。部屋自体は男性陣のものと全く同じなのに、どこか異世界のような気がした。
「ふぁ~っ! さすがにちょっと食べすぎちゃったかなぁ~」
有城さんが、すでに敷いてあった布団に飛び込む。そして仰向けになって、大の字で天井を見上げた。
「ちょっ、美砂さん! 浴衣でそんな恰好したら、見えちゃいますよ! 男の子もいるの忘れないでください!」
サツキが有城さんの前に立って注意する。たしかに浴衣だから、寝転がると足とかが見えてしまう。それに気付いた僕は、思わず目を逸らした。
「いいじゃーん、べっつに~。アキラくんは男の子っていうか、弟って感じだしぃ~」
そう言いながら、有城さんは布団の上でゴロゴロと転がった。そんな様子を見て、隣にいる綾乃がクスクスと笑う。
「なんだか、みんなといると楽しいね」
綾乃が笑顔で言う。それを見て心が温かくなった僕は「そうだね」と優しく答えた。
それから、四人でトランプをして遊ぶ。旅行先でのトランプはいつもの何倍も楽しいから、不思議である。
「そういえばさ~。アキラくんって、学校に好きな子とかいるの?」
トランプを始めてから数十分が経った頃、突然有城さんが僕に質問をしてきた。僕は少し考える素振りを見せてから「いないですね」と答える。
「あんまり学校の友だちに恋愛感情を抱かないんですよね。なんか、価値観が違うっていうか」
「価値観? 恋愛のってこと?」
有城さんの質問に、僕は「うーん」と唸る。
「恋愛……っていうと、少し違う気がしますね。生活の価値観ですかね? 例えば休日の過ごし方とか。友だちはみんな映画行ったり遊びに行ってるんですけど、僕たちっていつもS.G.Gで仕事してるじゃないですか。だから……なんですかね?」
自分でも考えが明確に整理できていないので、つい確認するような口調になってしまう。
「あぁ~、そういうことね。仕事観が違うってワケだ。アキラくんは将来、彼女に『仕事とわたし、どっちが大事なの?!』って言わせちゃうタイプだ」
有城さんの言葉に、サツキが噴き出す。僕は苦笑いを浮かべながら「どういうタイプですか、それは」と突っ込んだ。
「でも仕事観が合うかどうかって大事ですよねっ。うちもスーパーのお手伝いをしてるから、アキラくんの気持ちもよく分かります。友だちから『なんでそんなに働いてるの? 休日ぐらい遊んだらいいじゃん』って言われると、ムッときちゃうんですよ。うちは楽しいし、両親を支えたいからやってるのにって」
サツキが僕を見ながら賛同してくれる。サツキも放課後や休日は仕事三昧だから、そういえば僕と同じ境遇なのかもしれない。
「そだね。そこの価値観が合わないと、付き合ったりするのは無理じゃないかなぁ。あたしも大学の友だちとは付き合えないもん」
「えっ、そうなんですか? 美砂さん、すっごくモテそうですけど」
有城さんの言葉に、綾乃が意外そうに首を傾げる。有城さんは少し照れ笑いをしてから続ける。
「大学生って大人に見えるけどさ、実際は高校生とあんまり変わらないのよ。特に一年生だと、勉強もそこそこに遊び惚けてる人が多くって。あたしみたいにガッツリ仕事している人もいないから、仕事観は合わないなぁ~」
その話を聞いて「なるほど」と頷く。有城さんは二個上とは思えないぐらいしっかりしているけど、それはS.G.Gの上位クラスのメンバーだったのが理由で、普通の大学生は僕たちとそんなに変わらないのかもしれない。
「ってことは、美砂さんは付き合うなら同じS.G.Gの人……ですか?!」
サツキが身を乗り出して、興味津々に質問する。サツキも女子高生だし、恋バナは大好物のようだった。
「それもいいねぇ~。同じ職場だったら、仕事の話とかしやすいし。何より価値観も似てくるだろうからねぇ~」
そう言い終わってから、有城さんは「でも」とかぶりを振る。
「悲しいことに、S.G.Gには歳が近い人がいないんだよね~これが。近くても、五歳ぐらい離れてるからさぁ」
「女性って年上の方が好きって聞きますけど、有城さんは違うんですね?」
僕の質問に、有城さんは腕を組んでから答える。
「あたしはそんなに歳にこだわりはないけど、できるだけ近い方がいいかなぁ。歳が離れてるとさ、色々と価値観がズレちゃうじゃん」
「ですよねっ! うちも付き合うなら、同い年の人がいいなって思ってましたっ!」
サツキが両手の拳に力を入れて、強く賛同する。
「そういうサツキちゃんは、学校に好きな人とかいるの? わたしは女子高だから、そういうのよく分からなくって」
綾乃がサツキに問いかける。
「そういえばサツキは高校のミスコンで二連覇してるし、相当モテるんじゃないの?」
言いながら、有城さんや綾乃と行った青条高校の文化祭を思い出す。目の前にいる綾乃とサツキはミスコンで一位と二位を争ったぐらいの容姿の持ち主だから、こんな風に浴衣姿で一緒に話していることを高校の人に知られたら、ひどく怒られそうである。
「うーん、ボチボチ……かな?」
そんなことを言う割には、サツキの頬は赤くなっている。それを見逃さなかった綾乃が「告白されたことはあるの?」と追撃する。
「告白は……まぁ、それなりに……かな?」
サツキは赤くなった顔を隠すように、両手で頬を覆った。告白された回数が"それなり"ではないことは、火を見るよりも明らかである。
「よーっし! これからサっちゃんの恋愛事情を丸裸にしよ~うっ! アキラくんっ、お菓子とジュースを持ってきてっ」
有城さんが僕に指示をする。僕は笑いながら、冷蔵庫からジュースを取り出した。そして棚からお菓子とコップを持って布団に戻る。トランプの時間は終わりで、これからは語る時間だ。やっぱり、旅行はこうでないと。
「えぇ~っ! そんな、話すことなんてないですよぉ!」
なんてサツキは否定するが、確実にいくつも話のネタを持っているだろう。これから聞くのが楽しみだ。