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第114話 熱海旅行(1)

 熱海旅行の当日。僕たちはS.G.Gの本部前で待ち合わせをした。本部の前に着くと、有城さんとサツキの姿が見える。


「おっそ~いっ! アキラくん、時間は守らないとダメだよ?」


 有城さんに言われて、思わず腕時計を見る。時刻はまだ九時四十分。集合時間は十時だから、まだまだ時間はある。


「遅いって、二人が早いだけじゃないですかっ」


 ツッコミながら、周りを見渡す。どうやら、まだ他の人は来ていないようだった。


「アキラくんっ」


 はしゃいでる有城さんをよそに、サツキが話しかけてくる。


「今日は誘ってくれてありがとうねっ! うち、S.G.Gとは何も関係ないのに」


「とんでもないよ。桐生さん……S.G.Gの代表の人も、サツキにはお世話になったから是非って言ってたし」


 それを聞いて安心したのか、サツキは嬉しそうに頬をほころばせた。


 それから少しして、片瀬さんが車でやってくる。助手席には綾乃も乗っていた。


「あれっ、綾乃ちゃんも一緒なんだ」


 助手席に座る綾乃を見たサツキが、驚いたように言った。


「うん。わたし、片瀬さんの家に近くに引っ越したから。連れてってもらったの」


 綾乃が笑顔で答える。サツキは「なるほど」と合点したように頷いた。


 結局綾乃は、二月の上旬に引っ越しをした。先月末のランク更新でスパークルがCランクになって給料が上がったから、綾乃にも金銭的な余裕ができたのだ。それで今は片瀬さんの近くに住んでいる。綾乃は「片瀬さんが近くにいると安心だから」と、その家を選んだらしい。


 住む場所も新しく手に入れて、ようやく綾乃に平凡な日々が戻ってきた。――そんな気がしていた。


 その後、小畑さんも車でやってくる。助手席には桐生さんが乗っていた。


「いやぁ、随分と待たせてしまったようだねぇ」


 車の助手席から、桐生さんが顔を覗かせた。僕は大きくかぶりを振る。


「とんでもないです。それより、今日はありがとうございます。旅行に誘っていただいて」


「それこそ、とんでもない。月之下くんには、これからいっぱい働いてもらうからねぇ」


 桐生さんが不敵な笑みをこぼす。これからのことを想像して、僕は思わず苦笑いをしてしまった。


 全員揃ったので、熱海を目指して移動する。僕は小畑さんの車に、有城さんとサツキは片瀬さんの車に乗り込んだ。片瀬さんの車は四人乗りだから、僕は乗れなかったのだ。


 というワケで、熱海までの一時間半を、小畑さんと桐生さんと過ごすことになる。有城さんはそんな僕らを見て「そっちの車、平均年齢高いね」と笑っていた。


 乗っているメンバーがメンバーなだけに、車内では常に仕事の話が繰り広げられた。


「駒崎の口座の不明入金の件、何かわかったことはありますか?」


 車が東名高速道路に差し掛かった頃、小畑さんが思いついたように桐生さんに尋ねた。桐生さんは少し唸ったあと「全然だねぇ」と口を開いた。


「今のところ、ハッキリとしたことは分からないそうだよ。もちろんこれからも捜査はしてくれると思うけどねぇ」


 桐生さんの返事を聞いて、小畑さんは「そうですか」と端的に相づちを打った。最初から進展は期待していない様子だ。


 ――実は去年の十二月中旬頃に、綾乃の口座宛に『タナカシンジ』という人物から百万円近い振り込みがあったのだ。これは先月、綾乃が少年鑑別所から戻ってきた後に発覚したことである。それから警察は、総力をあげて不明入金の送金者を探している。送信者がデモニッシュの関係者――特に黒木勘五郎である可能性が高いからだ。


 しかし『タナカシンジ』という名義は過去に口座売買をした人物のもので、デモニッシュとは直接的な接点がなかった。タナカシンジが口座を売買した人物の素性は割れているが、その人もデモニッシュとは関係がない。今回の送金にはまったく無関係の人物が数多く関わっているので、事態の把握には時間がかかる……という話だ。


 そのため最初は「これでデモニッシュが捕まえられるかもしれない」と浮足立っていたS.G.Gのデモニッシュ捜査本部も、今では大して期待もしていないのだ。


 とはいえ今回の一件で、ひとつだけ分かったことがある。


 ――デモニッシュは綾乃を捨てたワケではなく、何かしらの理由があって傍を離れたということが、だ。もっとも、その事実が今後の捜査に役立つかは微妙だけど。


 東名高速道路に入ってから約一時間後、車がホテルの前に着いた。車の中からでは全容がわからないぐらい、大きいホテルだった。しかも海沿いにある。


「うおおおっ……めちゃくちゃ大きいですね」


 その光景に、思わずテンションが上がってしまう。小畑さんが「そうだな」と笑いながら反応した。


「このホテル、三万円ぐらいするらしいぜ」


「えっ。三万円って……一泊で、ですか?」


「そうだ。しかもオーシャンビューって話だ」


 小畑さんからその話を聞いて、すかさず桐生さんに深く頭を下げる。ただ成り行きでガーディアンになっただけなのに、こんな贅沢。バチが当たりそうだった。


 片瀬さんたちもホテルの駐車場に着いたので、フロントに入る。フロントは体育館かと思うぐらい広々としていて、いくつかの休憩スペースとお土産コーナーがあった。隅の方にはウェルカムドリンクバーや、マッサージチェアがあるらしい。この光景に、さすがに片瀬さんたちもピョンピョンと飛び跳ねながらはしゃいでいた。


 チェックインを済ませ、自分たちの部屋に入る。部屋は男女で分かれていて、僕たちは十三階の和室だった。その隣が片瀬さんたちの部屋らしい。


 チェックインのときに「十八畳」と教えてもらったその和室は、ホテルとは思えない広さだった。修学旅行のとき、六人で泊まった部屋よりもはるかに大きい。男性陣は三人しかいないから、かなり広々と使えそうだった。


「食事は大広間を貸し切っての和会席だ。それまで自由行動にしよう」


 小畑さんは荷物を置きながらそう言った。時刻はまだ十三時前。お昼は道中で済ませてあるから、たっぷり五時間近く遊べる。


「代表はどうするんですか? 俺は温泉に入ってから、そこら辺を散策しようと思っていますが」


「ワタシも温泉に入ってから、後はマッサージでも受けようと思っていたよ。最近、腰が痛いからねぇ」


 言いながら、桐生さんは腰をトントンと叩く仕草をした。「お大事に」と、小畑さんが微笑みかける。


「ってワケで、俺と代表は各々好きに過ごすつもりだ。だからアキラくんも、遠慮せずに楽しんでこい。真由美たちと遊びにでも行くといいよ」


 そう言って、小畑さんと桐生さんが部屋を出て行った。部屋のカギは人数分あるから、誰がカギを持つのか相談せずに済むのがありがたい。


 女性陣の様子を見るために部屋を出てみると、外で片瀬さんが待っていた。


「あっ、月之下くん! さっきみんなで話したんだけど、これから海見に行かない?!」


 片瀬さんが飛び跳ねながら提案してくる。二月という少し寒い時期とはいえ、晴れの日の熱海の海はさぞかし綺麗だろう。断る理由もなく、僕も女性陣についていくことにした。


 熱海の絶景を堪能してから、熱海銀座で買い食いをする。どうやら事前にサツキがおすすめのお店を探してくれたようで、人気のジェラートやプリンに舌鼓を打てた。有城さんはこれから和会席が控えているというのに、お腹いっぱいになるまで食べて片瀬さんに怒られていた。


 ちょうど夕食の時間にホテルに戻れたので、一緒に大広間に向かう。襖を開けると、和風の広い会場が目に飛び込んできた。中央に席が設けられていて、お肉やら海鮮やら鍋やらが豪華に並んでいる。このホテルは部屋だけじゃなくて、料理も一級品みたいだ。思わず喉が鳴る。


 座る場所は決まっていなかったので、適当に腰を下ろす。成り行きで、僕の正面に女性陣が全員座る形になった。少し距離は離れているから、席に座ったままでは話せそうにない。


 やがて小畑さんと桐生さんがやってくる。小畑さんは料理を見るなり「おっ」と感嘆の声を漏らした。


「美味そうな料理だな。こりゃあ、腹を空かせた甲斐がある」


 小畑さんはそう言って、僕の隣に腰を下ろした。どうやら桐生さんは小畑さんの隣に座るらしい。


「それじゃあ全員揃ってるんで、さっそく始めましょうか。――代表、音頭をお願いします」


 小畑さんが頭を下げると、桐生さんは静かに頷いた。そして咳ばらいを一つしてから、口を開く。


「皆さんも知ってのとおりですけどねぇ、今回の旅行は、月之下くんがガーディアンに就任したお祝いです。これからデモニッシュの捜査も本格的になるだろうからね、僭越ながらワタシが企画させてもらいました。ぜひ今回の旅行で英気を養って、デモニッシュの逮捕に尽力いたしましょう。――それでは、乾杯」


 桐生さんの言葉の後に、全員でコップを上に掲げる。隣にいる小畑さんが、ビールの入ったグラスを差し向けてきた。


「お疲れさん。今日ぐらいはゆっくりと休もうぜ」


「はい。小畑さんも、お疲れさまです」


 お互いを労いながら、小畑さんと乾杯をする。そしてそのまま立ち上がって、僕は桐生さんにコップを差し出した。


「桐生さんも、お疲れさまです。今日は本当に、お誘いありがとうございます」


「若いのに、気が利くねぇ。とんでもないことだよ。月之下くんも、お疲れさまねぇ」


 ゆっくりとした動作で、桐生さんと乾杯をした。それから片瀬さんたちとも乾杯をして、ゆっくりと自分の席で料理を堪能する。さすが熱海は海が近いだけあって、マグロが新鮮だった。お肉も今まで食べたことないぐらい分厚くって、こんな贅沢が許されるのか、と少し申し訳なくなった。しかし今日ぐらいはいいのだろう。これから僕たちは、デモニッシュを捕まえるために奔走しなければいけないのだから。


「そういや、ガーディアンになってから何か変わったか?」


 小畑さんがビールを飲みながら聞いてくる。僕は箸を置いて少し考えてから「特には」と答えた。


「ガーディアンになっても、やることはそんなに変わらないですしね。デモニッシュの捜査本部の指揮は、今も小畑さんが執ってくれてますし」


 僕がガーディアンになってから半月以上が経つけど、特に仕事内容に変わりはない。変わったことといえば、社内内報やいくつかのマスメディアのインタビューを受けたぐらいだ。


「ふぅん、そうか。まぁ他のチームを率いたりしなければ、特に仕事内容は変わらないもんな」


「……でも、これから忙しくなるんですよね?」


 僕の質問に、小畑さんは力強く「もちろんだ」と頷く。


「アキラくんにはこれから、大々的に活動してもらう必要があるからな」


 小畑さんの話を聞きながら、僕はこれからのことを考えて姿勢を正した。


 現在、S.G.G本部ではデモニッシュを捕まえるにあたり「探すのではなく迎え撃つ」というスタンスになってきた。つまりデモニッシュの尻尾をつかむことは諦めて、かわりにおびき出そうというワケだ。この案が出た背景には、黒木の行動理念が関係している。黒木は十年前からずっと、ガーディアンを狙って活動していた可能性が高い。つまり僕がガーディアンとして目立てば目立つほど、黒木をおびき出せる可能性が上がるのだ。


 そのためS.G.Gでは、僕をガーディアンとして有名にさせるために色々な策を検討している。今までの伝手をフル活用して、テレビや雑誌に出演する……などだ。僕が世間から『凄腕の万引きGメン』と称賛されるのは、黒木としては面白くない。本来であれば、僕の地位にいたのは黒木だからだ。つまり僕が有名になれば、黒木の反感を買っておびき出しやすくなる。これから先はそういった活動をしていくのだ。


 この作戦をするにあたり、まったく不安がない……と言えば嘘になる。しかし全く痕跡を残さないデモニッシュを捕まえるには、この策が効果的なのだ。


「それにしても、黒木がガーディアンに恨みを持っているってのは運がよかったな。これがなかったら、黒木を見つける手立てがほとんどない」


「たしかにそうですね。……でも、本当に黒木をおびき寄せますかね? 怪しくないですか? いきなりガーディアンの露出が増えるのって」


「いいや、黒木は絶対に引っかかる。たとえそれが罠だと分かっていても、だ」


 小畑さんがコップになみなみと入ったビールを一気に飲み干してから、続ける。


「黒木がガーディアンを狙うのは理屈じゃない。完全に憎しみの感情だ。そうじゃなきゃ、ガーディアンを狙うなんてメリットのないことをしない。そういう憎しみっていうのは、自分じゃコントロールできないもんなんだ」


 少し顔の赤くなった小畑さんが、自分のコップにビールを注ぐ。


「そういう……ものなんですかね」


 小畑さんの説明を聞いて、納得できたような、できなかったような。不思議な感覚だった。それは僕が『憎しみの感情』を持ったことがないからなのかもしれない。小畑さんはデモニッシュを憎む感情があるから、黒木の気持ちもよく分かるのかもしれなかった。


「――勘五郎はねぇ」


 それまで黙々と料理を堪能していた桐生さんが、突然口を開いた。小畑さん越しに桐生さんを見る。


「本当は、すごくまともな子だったんだよ。それなのに、憎しみのせいで力の使い方を間違えてしまってねぇ……」


 そう言いながら、桐生さんはお猪口に入っていた日本酒をキュッと飲み干した。


「もし黒木が今もS.G.Gにいたら、きっと世の中の万引きはもう少し減っていたかもしれませんね。まっ、たらればの話ですが」


 そんな二人の話を聞きながら、少し遠くの席の綾乃に視線を向けた。綾乃はサツキと談笑しながら、楽しそうに料理を食べている。


 力の使い方でいえば、綾乃もそうだった。すんでのところで止められたけど、もし少しでも選択を間違えていたら、綾乃がその卓越した力を窃盗集団として使っていたかもしれない。


 そういう意味では、僕も危なかった。もし最初に出会っていたのが片瀬さんではなく黒木さんだったら、僕も力の使い方を間違って悪の道に落ちていたかもしれない。人の道は、案外ちょっとした出会いで大きく変わるものだ。――本当、片瀬さんに感謝である。


 コップのお茶を飲みながら、有城さんの隣に座っている片瀬さんを見る。少しして僕の視線に気付いた片瀬さんは、少し嬉しそうに微笑み返してくれた。

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