第110話 新しい日々(2)
綾乃が戻ってきた二日後の日曜日。僕たちスパークルのメンバーは、全員そろってS.G.Gの本部に向かった。戻ってきた綾乃に、現時点でデモニッシュの捜査がどれだけ進んでいるのか、進捗を共有するためだ。
「おっす。久しぶり。前に会ったときよりも元気そうだな」
S.G.G本部の会議室。小畑さんは綾乃を見るなり、そう言った。綾乃が「この間は色々とありがとうございました」と頭を下げる。
「気にしなくていい。キミはもう警察に行って罪を償ったんだ。これからは女子高生らしく普通に過ごしてもいいと思うよ」
そう言って小畑さんは、優しく綾乃に笑いかける。そんな二人を見た有城さんが「小畑さん、何か悪いものでも食べた?」と首を傾げていた。いつもクールな小畑さんが綾乃には優しいもんだから、面を食らったんだろう。
その後、小畑さんが綾乃に対してデモニッシュの捜査状況を説明する。
まず、デモニッシュは警視庁の捜査三課と共同で捜査することになった。綾乃の証言により、デモニッシュという広域窃盗グループの実在が明らかになったからだ。綾乃の話も照らし合わせると、被害額は年間数億円以上にもなる。警察が関与してくるのも無理はなかった。
もっとも『共同』と言いつつ、実態はS.G.Gが警察に対して情報提供をするのがメインだ。警察は守秘義務があるのか、必要最低限の情報しか共有してくれない。そんな中で、僕たちは過去にデモニッシュの被害を受けたと思われる店舗の洗い出しや、手口の分析を進めていた。
「このデモニッシュの捜査において、駒崎くんの持つ情報は非常に強力だ。どういう組織構成なのか、どこが活動範囲なのか。そしてどんな手口を使っているのか。断片的とはいえ、これらの情報を持っているのはキミしかいない。ぜひ力を貸してほしい」
小畑さんの説明に、綾乃は力強く「はい」と答えた。デモニッシュの幹部格である黒木は、綾乃の育ての親だ。もしかしたら綾乃がデモニッシュを捕まえることを拒むのでは……と思ったけど、どうやら杞憂で終わりそうだ。
「ありがとう。それじゃあ、よろしく頼むよ。――スパークルの、駒崎綾乃くん」
そう言って、小畑さんは綾乃にニコリと笑いかけた。綾乃はこれからもS.G.Gのスパークルに残留することになった。S.G.Gの上層部では「デモニッシュの元メンバーをS.G.Gに入れるなんて」と反対意見も挙がったようだが、桐生さんが一喝したらしい。それに綾乃の背景や高いスキルも相まって、最終的には反対意見をすべてねじ伏せることができたのだとか。あとで桐生さんにもお礼を言わないといけない。
AIFRS関係で仕事が残っている有城さんが先に離席して、四人で会議室で作業を進める。綾乃は捜査に使えそうな情報の洗い出し、そして僕と片瀬さんは過去の資料から、デモニッシュの被害を受けたと思われる店舗のピックアップだ。
作業を数十分ほど進めた後、神妙な顔をした小畑さんが「ちょっといいか?」と話しかけてきた。先に会議室を出て行ったので、後に続く。会議室を出ると、小畑さんが少し離れたところで壁に寄りかかっていた。小走りで小畑さんに近づく。
「この間、警察から耳寄りな情報を聞いたんだ。この話をどうするか、アキラくんにも意見を聞きたい」
「耳寄りな情報……ですか?」
何の話だろう、と耳を傾ける。
「駒崎の養親である黒木夫妻が離婚していたのは知っているハズだ。実は警察が駒崎のことを調べて、元の母親の方と連絡がついたらしいんだ」
小畑さんの言葉に「えっ」と驚きの声を漏らす。
「取り調べの結果、デモニッシュとの関係性はないらしい。ただ駒崎が望めば、元の母親の連絡先を教えることは可能って話だ。……アキラくんはこの話をどう思う?」
「……それはつまり、綾乃に前の母親の話をしてもいいか……の確認ってことですよね?」
僕の質問に、小畑さんが「その通りだ」と頷く。
「俺としては伝えた方がいいと思うが、とはいえ駒崎のことを捨てたも同然の親のことだ。仲も悪かったって話だし、どうしようか迷っててな」
小畑さんにしては珍しく、困ったような表情で後頭部を掻いていた。どうやら、それぐらい綾乃のことを真剣に考えてくれているらしい。
「それは……たしかに迷いますね」
僕も壁に寄りかかって顎に手をやる。そして思考に集中した。
たしかに綾乃は育ての母親に親権を捨てられた。しかしそうは言っても、何年か一緒に過ごした家族のハズなのだ。綾乃だってもし仲直りできれば、それに越したことはないハズだ。
――本当の家族を作りたい。
あの日綾乃が語った夢が、僕の脳裏をよぎる。その夢で、僕の答えは固まった。
「言っても、良いと思いますよ。それを言うか言わないかの判断は、僕たちがしちゃいけないと思うので。ただ綾乃が会いたくないって言ったら、そっとしておくのが良いんじゃないかな、と思います」
僕の考えを伝えると、小畑さんは満足そうに「そうだよな」と笑った。
「美砂にも聞いたが、同じようなことを言っていたよ。まったく、最近の若者は賢いねぇ」
そう言ってから、小畑さんは僕の後ろにある会議室のドアを見た。
「ありがとう。おかげで考えがまとまったよ。悪いけど、これから駒崎をここに呼び出してくれないか?」
わかりました、と返事をして、踵を返しかけてから止まる。そして気になったことを小畑さんに質問した。
「……有城さんの意見は聞いたみたいですけど、片瀬さんの意見は聞いたんですか?」
その質問に、小畑さんは虚を突かれたような表情をした。そして少ししてから、苦笑いを浮かべる。
「なんだ。俺と片瀬の関係性を一番よく知っているのは、キミだと思っていたんだがね」
つまり『喧嘩をしているから相談できない』ということらしい。もうそろそろ仲直りすればいいのに――と言いかけて、やめる。いまここでその話をしたって、きっと小畑さんの心境は変わらないハズだ。
「……すみませんでした。それじゃ、綾乃を呼んできますね」
会議室に戻って、綾乃に「小畑さんが話があるらしい」と告げる。廊下で待っていることを説明すると、綾乃は不思議そうな顔をして会議室を出て行った。
そして数分後、少し暗い表情をした綾乃が会議室に戻ってくる。仕事に集中している片瀬さんの迷惑にならないよう、近づいて小声で「話、聞いた?」と尋ねる。綾乃は「うん」とゆっくりと頷いた。
「それで……綾乃は、どうするの?」
聞いてから、家族のプライベートな話に首を突っ込むのはどうなんだろう、と後悔する。しかし綾乃は迷惑そうな顔をせず「会わないよ」と答えてくれた。
「いくら育ての親といっても……もう十年以上会ってないから。いきなりわたしが訪ねていっても、困ると思うの。それに話したいこともないしね」
そう言って、綾乃は寂しそうに笑う。そして僕の肩に身を寄せて「ありがとうね」と囁いた。
「えっ? ありがとう……?」
何に対して「ありがとう」と言われたのかわからず、困惑する。綾乃はフフッと口元に手を当てて笑った。
「わたしね、きっとアキラくんがいなかったら、お母さんと会ってた気がするの。だって今のわたしにとって、例え昔のことであっても唯一の家族だから。でもアキラくんが前に言ってくれたじゃない? 『綾乃なら、本当の家族が作れるよ』って。だから、お母さんと会わない決心がついたの。もし決心がつかなくて会ってたら、私もお母さんも、みんな不幸になってたと思う。お母さんだって、今の人生があるワケだしね」
――だから、ありがとうね。
綾乃はそう言って、僕の膝の上にある手に触れた。繋がった手のひらから、綾乃の体温が伝わる。
「……どういたしまして」
突然手が触れ合ったことが気恥ずかしくて、思わず正面を見る。昔のお母さんと会わない決心がついた。それが良いことなのかどうかは、今の僕には判断できない。でも綾乃がそれを望むのであれば、きっとそれが答えなんだろうと、そういう気がしていた。