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第109話 新しい日々(1)

 一月十七日、金曜日の夜。その日僕は、スパークルの事務所で飾り付けをしていた。スパークルの全員とサツキで『綾乃のおかえりなさい会』をするためだ。それと去年できなかったクリスマス・イブ会のリベンジや、新年会をする目的もある。


 いくつものお祝いが重なった日とだけあって、準備にはかなり力を入れていた。片瀬さんが一万円近くする高級なオードブルを注文したぐらいだ。


 めでたいことだし、精一杯祝わないとね――と片瀬さんは笑っていた。


「アキラくーん。これって、ここに置いておけば大丈夫かな?」


 買い出しから戻ってきたサツキが、買い物袋をテーブルの近くの床に置く。僕は「ありがとう」と言ってから、買い物袋からテープを取り出した。飾り付けに使うテープが足りなくなったから、急遽サツキに買いに行ってもらったのだ。


「サっちゃんお疲れさま~。あやのんも、もう少しで来られるんだっけ?」


 オードブルの準備をしていた有城さんが、僕に質問する。僕は壁時計を見上げながら「多分もう少しですよ」と答えた。


 綾乃は片瀬さんの運転で、元の家に荷物を取りにいっている。だから少し遅れてから事務所に来るのだ。


 ――結局、綾乃は警察から取り調べを受けて、二週間以上『少年鑑別所』に収容された。小畑さんが言うには、未成年で犯罪を犯した人を保護して更生させるための施設らしい。その施設から出られるのが今日だった。


 綾乃はデモニッシュという大規模な広域窃盗グループと少なからず共犯関係にあったこと、そして失踪中にいくつかの店舗で万引きをしたことで、最終的には『保護観察処分』という扱いになった。これは普通に生活していく中で、保護司と面談したりして、その後の経過を観察するものらしい。施設に入る必要もないので、保護司と面談する以外は今までどおりの生活を送れるのだとか。


 綾乃がデモニッシュに関わっていたという証拠はないし、失踪中の万引きにしても大きな額ではなかったので、このような軽い処分で済んだ。小畑さんが言うには、例え未成年であっても悪質な犯罪を犯した場合は、成人と変わらない裁判を受けるケースもあるらしい。綾乃がそうならなくて良かったな、とその話を聞いたときに思った。


 それから少しして、片瀬さんと綾乃が事務所にやってくる。綾乃は両脇に大きなバックを抱えていた。


「あやのーんっ! ひっさしっぶりぃ~!」


 やってくるなり、有城さんが綾乃に飛びかかる。綾乃は嬉しそうな顔をして「お久しぶりです」と答えていた。僕たちは先月に一度会っているけど、有城さんは数か月は会っていない。だからきっと喜びもひとしおなんだろう。


「綾乃ちゃん、久しぶりっ。元気そうでよかったよ!


 綾乃に抱き着いている有城さんをしり目に、サツキが笑顔で言った。


「……ありがとうね、サツキちゃん」


 綾乃はまたしても笑顔でそう言った。


「美砂ちゃんっ、そろそろ離れようよっ」


 なおも綾乃に抱き着いたままの有城さんを、片瀬さんが引き離そうとする。


「嫌です~っ。最近頑張っているんですから、今日は思い存分モフモフさせてもらいますよっ」


 そう言って、有城さんは引き離されまいと、一層強く綾乃に抱き着いた。その光景を見て、僕はようやく「いつもの日常が戻ってきたな」と安堵した。


 その日のお祝いは大いに盛り上がった。あっという間に時間が過ぎ、午後七時から始めたのに、もう時刻は十二時近くになっていた。


「そろそろ終電の時間ですね。みんなは大丈夫ですか?」


 コーラの入ったコップを持ちながら、みんなに尋ねる。有城さんとサツキがスマホを取り出して、終電の時間を調べ始める。


「うちはもうそろそろ終電かなぁ」


 サツキがスマホを見ながら言う。有城さんが「あたしも~」と間の抜けた声を出した。


「それじゃあ、そろそろお開きかな? みんな、今日は集まってくれてありがとうね」


 片瀬さんが僕たちに頭を下げる。有城さんが「いえいえ」と大きく右手を振った。


「とんでもないですよ! こちらこそ企画ありがとうございます! おかげ様でいい一年になりそうです!」


 有城さんは隣に座る綾乃を見て「あやのんも戻ってきたしねっ」と満面の笑みをこぼした。


「ほんっと、綾乃ちゃんが戻ってきてくれてよかったですよっ」


 綾乃の正面に座るサツキは、スマホを床に置いて少し眠そうに言った。船を漕ぎそうになっているサツキを見て、片瀬さんがクスクスと笑う。


 それから十五分後、会がお開きになった。すぐに終電の有城さんとサツキが先に帰って、時間に余裕のある残りのメンバーが後片付けをする。


「綾乃って、しばらくはここに住むんでしたっけ?」


 空になったオードブルの容器をゴミ袋に詰めながら、片瀬さんに問いかける。


「うん。さすがに元の家には戻れないしね。家が見つかるまでの間、少しだけね」


 片瀬さんは余った飲み物のペットボトルを冷蔵庫に仕舞いながら言った。それを聞いて「なるほど」と頷く。


 綾乃は元の家に戻ることはできなかった。すでに警察の捜査が終わっていて、住もうと思ったら住める。しかし小畑さんも含めて話をした結果「いつ他のデモニッシュのメンバーがやってくるか分からないから危険だ」という結論になり、元の家には戻らないことになったのだ。


 そのため家がなくなった綾乃は、しばらくスパークルの事務所に住むことになった。ひとり暮らしの片瀬さんと有城さんが「うちに泊まればいいよ」と提案したけど、綾乃が遠慮したのだ。そのため事務所に住みながら、新しい家を見つけることになっている。


 事務所にはお風呂場がないけど、幸い近くに昔ながらの銭湯がある。ベッドもないけど大きなソファーがあるから、毛布さえあれば冬も越せそうだった。新しい家に関しても片瀬さんの伝手で、未成年でも借りられるところがすぐに見つかりそうらしい。


 少しして、綾乃がお手洗いから戻ってくる。僕は綾乃に「狭いところだけど、自由に使ってね」と言った。片瀬さんに「ここ、月之下くんだけのものじゃないよ?」と笑いながら突っ込まれてしまった。


 綾乃がいなくなる前と同じような日々が、また戻ってきた。変わったところと言えば、僕たちS.G.Gが、警察の捜査の協力をすることになったぐらいだ。

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