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第105話 綾乃の確保(6)

 数十分後、片瀬さんと綾乃が戻ってくる。どうやら無事に診察を受けられたようだった。


「お疲れさん。それじゃあ今日はこれでお開きにしようか」


 小畑さんがイスに座りながら、片瀬さんと綾乃を見上げる。二人は驚いたように「えっ」と声を漏らし、お互いの顔を見合わせていた。


「えっと……いいんでしょうか?」


 綾乃が戸惑った表情で問いかける。小畑さんは元気よく「問題ないよ」と頷いてみせた。


「今日は疲れただろうし、どうせここのところ休めてなかったんだろ? 今日ぐらいゆっくり休むといい」


 小畑さんが話し終えてから、僕も「そうだよ」と同調する。


「皮膚の調子も良くないだろうし、今日は休みなよ」


 綾乃に優しく語りかける。


 綾乃をゆっくりと休養させるのは、さっき小畑さんと決めたことだ。


 綾乃は警察に行ったら色々な取り調べを受ける。失踪中の万引きのこと、デモニッシュのこと。さらに学校から捜索願が出ているらしいから、学校の人も来て話をするかもしれない。今の疲れ切っている綾乃に、そんな重労働をさせるのら酷だろう――と二人で判断したのだ。


 そのため警察にはニ〜三日してから連絡するつもりだった。本来はすぐに警察に届け出るべきだから僕たちが怒られるかもしれないけど、小畑さんは「役所仕事の連中の言うことなんて気にするな」と、どこ吹く風だった。


「で、でも……」


 僕と小畑さんのススメを受けても、まだ綾乃は迷っているようだった。そこで僕は片瀬さんに目配せをする。すぐに僕の意図に気づいた片瀬さんは、小さく頷いてくれた。


「二人もこう言ってるし、今日はのんびりしようよ。好きなテレビ見たり、ゆっくりお風呂に浸かったりしてさ。ね?」


 片瀬さんが綾乃の両肩に手をポンっと置く。片瀬さんに言われてようやく観念したのか、綾乃は「わかりました」と言ってくれた。


「それじゃあ駒崎は家に帰るか。……というより、失礼なことを聞くが……その、帰れる家はあるのか?」


 デリケートな部分だからか、小畑さんが言葉を選ぶようにゆっくりと綾乃に尋ねる。


「一応、お家はあります。ここからはちょっと遠いんですけど……」


 綾乃が家の最寄り駅を教えてくれる。そこはここから二時間以上離れたところだった。


 とはいえスパークルの事務所や高校からはそんなに離れてないから、普段は不便しないんだろう。


「そうか、じゃあこれからその家に――いや、ちょっと待った。そこの家には、黒木……キミのお父さんも、よく出入りしてたんだっけかな?」


「はい。月に数回ですけど」


 綾乃の説明に、小畑さんは「なるほど」と相槌を打ってから少し考え込む。


「それなら、今日は別のところに泊まった方がいいか。誰か、駒崎を泊められる人はいないか?」


 小畑さんが僕と片瀬さんを交互に見る。綾乃を家に泊める。それが可能か考えてみて、すぐに首を振った。家には両親がいるから、女子高生の綾乃を連れて行くのはまずい。色々と面倒な話になって、綾乃を休ませられない。


 すみません、僕は厳しいです――という意図を込めて、片瀬さんを見る。片瀬さんは「そうだよね」とでも言うように、少し微笑んでいた。


「それなら、わたしの家はどうかな。ひとり暮らしの家だけど、綾乃ちゃんも入れると思う」


「片瀬か、それなら頼もうかな。駒崎が寝泊まりするにあたって、何か必要なものがあれば自由に買ってくれ。経費で落とせるように俺が代表に言っておく」


「……ありがとう」


 片瀬さんが小畑さんに笑みを向ける。二人がこうして普通に会話している姿を、随分と久しぶりに見た気がする。


「それじゃあ行こっか。……あっ、それよりも先にお薬塗っちゃう?」


 片瀬さんの質問に、綾乃は「塗りたいです」と答えた。どうやら皮膚の調子はかなり悪いらしい。


「そうしよっか。……二人とも、一旦外に出てもらえる? 背中とか、わたしが塗ってあげたい場所もあるから」


 片瀬さんに言われて、上着を着てから小畑さんと事務所を出る。スパークルの事務所は狭いから、個室になれる場所と言えばトイレぐらいしかない。デリケートな部分に薬を塗るのであれば、僕たちが退散するしかなかった。


「片瀬に伝えておいてくれ。駒崎が逃げないように、しっかりと監視してくれって」


 事務所の外に出るなり、小畑さんは壁にもたれかかって言った。


「……それは綾乃が逃げる可能性があるってことですか?」


「それは分からない。ここまでネタが割れている以上、逃げたって仕方ないとは思う。ただ今の駒崎は冷静な判断ができない。突発的な行動をしないか、しっかり監視してくれ。さすがに俺が一緒に寝泊まりするのは、アイツが嫌がるだろうからアイツに頼むしかない」


 小畑さんに言われて「たしかに」と頷く。さすがに綾乃がこれから逃げるとは思わないけど、用心するに越したことはない。


「伝えておきます。……小畑さんはこれからどうするんですか?」


 僕が聞くと、小畑さんは右手を見つめながら指を一本一本曲げ始めた。


「いくつもやることが残ってるな。まずは代表に状況を報告して今後の方針の相談をするだろ? あとは駒崎の学校への連絡だ。捜索願を出しても、学校へしばらく休む連絡があったから事件性がないってんで警察が捜査しなくて、担任の先生が泣いてたんだよ。それを慰めるだろ? あとは警察に情報提供を求められたとき用に、デモニッシュの捜査資料を正式にまとめ直すだろ? それから――」


 あまりの多さに、僕は「もっ、もう良いです」と止める。小畑さんは多忙だと思っていたけど、まさかここまでとは。明らかに負担が大きい気がする。


「驚いたか? まぁ現場に立つことができなくって、かなり時間を持て余してたところだからな。これぐらいがちょうど良いんだよ」


 小畑さんがハハハ、と笑う。この人の真似は絶対にできないな、とその余裕そうな表情を見て確信した。


「あっ、あと。駒崎が家に立ち寄りたいって言っても阻止してくれ。今回の失踪は突発的だったから、デモニッシュに関する証拠が消されずに残っているかもしれない。なるべくそのままの状態で警察に見せたいんだ。もしどうしても家に入りたがる場合は、片瀬も同行するように伝えてくれ。その際、片瀬はなるべく物に触れないように。余計な指紋が増えたら、俺が警察から言われる小言が増えちまう」


 わかりました、と頷きながらスマホでメモを取る。話が複雑になってきて、メモをしておかないと内容を忘れそうだった。


「あとは家の正確な住所も聞いておいてくれ。ないとは思うが、デモニッシュのメンバーが立ち入る可能性もあるから監視しておきたい」


 そこまで小畑さんが話したところで、事務所の玄関ドアがガチャリと開いた。振り向くと、片瀬さんが立っていた。


「綾乃ちゃん、薬塗り終わったよ」


 片瀬さんが教えてくれると、小畑さんは壁にもたれかかった姿勢を正して僕を見た。


「それじゃあ、俺たちは失礼しようか。アキラくんも今日は帰るだろ? 家まで送ってくぜ」


 小畑さんの提案に「悪いですよ」と言おうとしたとき、片瀬さんが「あっ」と声を漏らした。


「どうしました?」


 片瀬さんに尋ねる。片瀬さんは言葉に詰まったように、右頬を人差し指で掻いていた。


「えーっと……さっき綾乃ちゃんと話したんだけどね。綾乃ちゃん、今日は月之下くんとも一緒にいたいって……」


「えっ? 僕とですか?」


 思わず聞き返してしまう。それは考えてもいない提案だった。事務所の室内に目を向けると、綾乃が片瀬さんの背中に隠れて僕の方を見ている。


「僕は全然いいですけど……えっ、大丈夫なんですか?」


 正直僕はまったく困らない。家に連絡しておけば、数日ぐらい外泊しても咎められないからだ。しかし片瀬さんは話が別だ。女性のひとり暮らしだし、そんなところに男の僕がお邪魔するのは、色々とまずい気がする。とても。


「わたしは大丈夫だよ。だから月之下くんが良ければ、なんだけど……」


 そう言う片瀬さんの顔色を伺ってみる。表情がこわばったりはしていないし、どうやら本当に大丈夫みたいだった。……うーん、とはいえ片瀬さんの家に泊まるのも――。


 色々と考えを巡らせていたとき、後ろから肩を叩かれた。その主は小畑さんだった。


「二人ともいいって言ってるんだ、ここは甘えておけよ」


 そう言って小畑さんは左目を閉じてウインクした。


「……たしかに、そうですね」


 小畑さんも賛同しているし、この状況で無理に断るような理由もない。結局僕は片瀬さんの家に泊まることにした。


 それに僕も同行しておいた方が、小畑さんとの連携も取りやすくなってスムーズだろう。


「それじゃあ、後のことは頼んだぜ」


 小畑さんはそれだけ言うと、ビルの廊下を颯爽と歩いて行った。

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