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第101話 綾乃の確保(2)

 ドラッグストアの駐車場に車を停めると、急いでバックヤードに向かう。近くにいた店員に話しかけて事情を説明すると、すぐに店長のところへ案内してくれた。


「おぉ、これはまた随分と早いですね」


 AIFRSの通知から数分で駆けつけた僕達を見て、店長は不思議そうな顔をしていた。まさか近くで待機していたとは思わないのだろう。


「お世話になっております。……それで、駒崎綾乃はいま、どこにいるのでしょうか?」


 僕が聞くと、店長は「こちらへ」と言って事務室に案内してくれた。そこには二枚のモニターが置かれており、店内の様子が映し出されていた。まだS.G.Gのセキュリティコンサルが介入してないから設備は旧式のようだけど、店内の様子は問題なく確認できた。


「ついさっきやってきて、ずっと店内をぐるぐる歩き回っています。まだ何かを盗んではいないようですが」


 店長がモニターのある場所を指差す。監視カメラが旧式なようで画質は悪いけど、そこに映っているのは綾乃に見えた。


「それにしても、本当なんですか? その女の子が、近頃万引きを繰り返してる不良かもしれないっていうのは」


 店長が首を傾げる。「こんな真面目そうな子が万引きをしているなんて」とでも言いたそうだった。


 AIFRSに綾乃のデータを登録している店舗の担当者には、デモニッシュのことは伝えていない。実際に綾乃がデモニッシュかは不明だし、何より変な噂を広めたくないからだ。


 そのためこの店長を含め、担当者には「この近辺で万引きを繰り返している学生がいるようなので、念のためAIFRSに登録しておく」とだけ話していた。


「えぇ、そう聞いています」


 店長にはボカして伝える。この人には正確な情報を教えておく必要がないからだ。詳細を話すと絶対に長くなるし。


「ははあ、なるほど。それにしても、便利なシステムですなぁ。これがあれば、確かに万引きは減りそうです」


 店長は満足そうに頷いていた。さっきの電話と違って焦った様子がないから、どうやら僕たちが来て安心したらしい。


「さて、片瀬さん。これからどうします?」


 片瀬さんに向き直って、意見を求める。片瀬さんは腕を組みながら、何やら思案しているようだった。


「まずは出入り口を固めよっか。応援を呼ぶのは難しいから、ここの店員さんの力を借りよう。……すみません、いま手の空いている方っていますか? できれば、男性の方で」


 片瀬さんが店長に問いかける。店長は「確認します」と頷くと、近くにいる店員に指示を出していた。


「私たちは綾乃ちゃんが外に出たら声をかけようか。店内で声をかけると、逃げられた時に騒動になるから」


 その片瀬さんの意見には賛成だった。もし店内で大捕物になったら、多くの人の迷惑になってしまう。綾乃だって、周囲の人に顔を覚えられるかもしれないし。


「確認が取れました。短時間であれば、三人ぐらいならお力を貸せそうです。いま、こっちに向かってもらってます」


 店長が僕と片瀬さんに話す。三人もいれば、問題なく出入り口を固められる。もし綾乃が逃げ出そうとしても、ほぼ確実に捕まえられるだろう。


「ありがとうございます。ではその方々がいらっしゃったら、行動を開始します」


 片瀬さんが店長に頭を下げる。そうしてから、僕に向き直った。


「というワケで、お店の方が来たら動こうか。……心の準備はいい?」


「……はい。大丈夫です」


 本当は心の準備なんてできていないけど、僕は頷いた。僕の心の準備に関わらず、事態は動いていく。それならばとにかく前に向かって行動するしかない。


 僕は軽く深呼吸をすると、再度監視カメラのモニターに視線を移した。なおも綾乃の姿は画面に映っている。どうやら監視カメラの位置を確認しているらしい。


 そんな綾乃を見て、やっぱりここで万引きをするつもりなのか、と思う。そう考えると、心に黒いものが落ちてくる。あの真面目な綾乃に、万引きはしてほしくない。もし万引きをしていても、もうこれっきりにしてほしい。


「……あのっ。綾乃のことなんですけど、声かけは僕だけに任せてもらえませんか?」


「えっ? そりゃあ別にいいけど……」


 僕のお願いを聞いた片瀬さんは、不思議そうに首を傾げている。そんな片瀬さんを見つつ、僕は続ける。


「綾乃が本当に万引きをするのか、確かめたいんです。もし万引きをするのであれば、しっかりと現場を押さえて捕まえてあげたいんです。そしてもう万引きはしちゃいけないって、その力はS.G.Gで別のことに活かしてほしいって、そう伝えたくて」


 片瀬さんに僕の想いを伝える。気持ちだけが先行して、上手く伝えられたか心配になる。しかし片瀬さんはそんな僕を見て、ゆっくりと頷いてくれた。


「……わかった。月之下くんがそう言うなら、そうしよっか。じゃあ、わたしは出口で待機するね」


 片瀬さんとの話し合いが終わったところで、三人の店員が事務室に到着する。そのうちの二人はスポーツをやっているのか、随分と体格がいい。


 片瀬さんの指示で、体格のいい二人を出入り口に配置する。もう一人は片瀬さんと一緒に裏口を固めることになった。


 外に繋がる道をすべて押さえているから、これで完全な包囲網が完成する。


「それじゃあ、何かあったらすぐに連絡しますね」


 インカム越しに片瀬さんに話しかける。片瀬さんの「うんっ」という返事が、耳につけたイヤホンから聞こえた。


 僕は店内に入ると、すぐに医薬品のコーナーに向かった。さっき監視カメラで確認したとき、綾乃がこの付近にいたからだ。


 医薬品のコーナーに着くと、綾乃の姿が確認できた。失踪する前より少しやつれたような表情で、医薬品の棚を眺めている。


「綾乃の姿が確認できました。医薬品コーナーにいます」


 状況は逐一片瀬さんにインカムで伝える。僕は少し遠くの棚から綾乃の様子を注視していた。綾乃は僕に気付けばすぐに逃げ出すハズだから、不用意に姿は見せられない。いつものGメンより遥かに難易度が高いだろう。


 綾乃は医薬品の棚の前で、商品を探すフリをしていた。医薬品の棚はレジの近くにあるから、きっと店員が離れるまで時間を稼いでいるのだろう。


 しばらく綾乃のことを見つめていると、レジの前から店員が離れた。周りには僕以外の人はいないから、今が絶好の万引きのチャンスだ。


 盗むのか? 盗まないのか? 僕は綾乃の一挙一動を見守る。頼む、盗まないでくれ。そうしたら綾乃を万引き犯としてではなく、デモニッシュの参考人として捕まえられる。


 そんなことを祈っていた時だった。綾乃の視線がレジを向いた瞬間……悲しそうな横顔が目に映った。


 目尻を下げて、伏し目がちで。まるで大切な人の葬式にでも参列するかのような、重苦しい表情。


 今まで何百にも届く万引き犯を捕まえてきたけど、そんな顔をして万引きしている人は一人もいなかった。だいたいみんな緊迫した表情はしているけれど、そんな今にも泣き出しそうな顔はしていなくて。


 ――何をそんな悲しい表情をしてまで、万引きをする必要がある。


 いや、あるんだ。綾乃には。そんな表情をしてでも、万引きをしなければいけない事情が。


 そして綾乃はそんな表情のまま、棚にある医薬品を手に取ってカバンに入れた。まるで普通に買い物をしている客のように自然な手つきで、目にも止まらぬ速さだった。


 きっと普通のGメンなら、万引きをしているとは思わないだろう。監視カメラの死角になるように位置どりしているから、きっとカメラにも映っていまい。しかし僕の目は見逃さなかった。見逃してくれなかった。


「片瀬さん、綾乃が万引きしました。これから捕まえます」


 片瀬さんに連絡しつつ、店外に出ようとする綾乃を追う。


 精一杯、存在感を消して。綾乃が言い逃れできないように――もうこれで終われるように、しっかりと店外から十メートル離れた地点で。


 僕は、綾乃の肩を優しく叩いた。


「……こんにちは。レジを通していない商品……ありますよね」


 それは自分でも上ずっていることが分かるぐらい、掠れた声だった。


 僕に声をかけられた綾乃は、すぐに振り返った。


 最初は驚いたように、大きく目を見開いて。でも目の前にいるのが僕だと分かったのか、少しずつ瞳に涙を浮かべて。そして悲しんだか嬉しいんだか、分からない表情で「アキラくん……」と呟いた。


 気づいたら綾乃は、その場に座り込んで、人目もはばからず泣いていた。


 そんな綾乃を連行した僕自身も泣いていることに気付いたのは、事務室に戻って、片瀬さんに指摘されてからだった。

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