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第100話 綾乃の確保(1)

 クリスマス・イブを前日に控えた、十二月二十三日、土曜日。その日は朝から、片瀬さんと車に乗っていた。ドライブではなく、綾乃が目撃された付近で待機するためだ。


 現在、綾乃を捕まえる策は二つある。


 一つ目は、ビジネスホテル等の宿泊施設に出入りしているところを確保すること。


 これは小畑さん主導で、大人数を割いて各施設を監視している。そのため出入りしたところを見つけられれば、その場で捕えられる。


 二つ目は、スーパーや衣服店等に出入りしているところを確保すること。


 この場合、確保までの流れに少し問題があった。


 すでに昨日の時点で小畑さんがS.G.Gの新規加盟店と連携して、AIFRSの設定をしている。そのため綾乃が来店した時点でアラートが鳴る。しかしアラートが鳴ったところで、付近に捜索隊のメンバーがいなければ意味がない。無闇に店員が綾乃を捕まえようとすれば逃げられる危険性もあるから、捜索隊以外が手を出すのも望ましくない。


 そのため結局二つ目の策で綾乃を捕まえようとした場合、付近で誰かが待機していないといけないのだ。


 さらに問題なのは「誰が待機するか」だけど……それはもちろんまだ決まっていない。そのため今日は一旦スパークルが待機して、後日の担当はこれから決めることになったのだ。


 家電量販店の大きな駐車場に停めた車の中で、僕と片瀬さんは二人でそれぞれの仕事をする。


 僕はこれから綾乃が立ち入りそうなお店のピックアップを。片瀬さんは今後の待機メンバーの割り当てを。それぞれにそれぞれの難しさがあり、作業は難航していた。


「うぅーん、つっかれたぁ〜っ」


 運転席で片瀬さんが大きく伸びをする。後部座席でノートパソコンを使って作業をしていた僕は、座席の隙間から片瀬さんの様子を伺った。


「大丈夫ですか? 随分と疲れてるみたいですけど……」


「ううん、だいじょばないかなぁ。今の人数だと、常に駅周辺に待機しているのは無理っぽいんだよねぇ。それに各チームや小畑さんとも連携して進めないといけないし……」


 言いながら、片瀬さんは髪の毛先をくるくるとイジる。見た感じ、あんまり作業には集中できていなさそうだった。


「スパイが紛れている可能性もありますし、迂闊に人は増やせないですもんねぇ……」


 昨日小畑さんが会議で言ったように、捜索隊以外にはデモニッシュのスパイが紛れている可能性がある。そのため、いきなりすぐには増員できないのだ。


「でも本部の方で身辺調査をしてくれるんですよね? じゃあ身辺調査で潔白だった人をドンドン捜索隊に引き入れて、人数増やすしかなくないですか?」


 僕の言葉に、片瀬さんは「そうなんだよねぇ」とぼやく。


「やっぱり人を増やすしかないよねぇ。ここの付近に事務所があるメンバーを引き入れられたら楽なんだけどなぁ」


 片瀬さんはボールペンのペン尻で頭を掻きながら言った。どうやら方向性は定まったらしい。それを見て、今度は僕が愚痴をこぼす。


「こっちの方も結構厳しいですよ。できるだけお店は絞りたいのに、捜索範囲が広まって対象店舗が増えちゃったから、もう頭がこんがらがってます」


「そっちも大変そうだよね〜」


 片瀬さんが座席の隙間から顔を覗かせてくる。僕を同情するかのように、少し眉毛が八の字になっていた。


「でもさ、綾乃ちゃんって昨日は駅の近くで目撃されたんでしょ? ってことは、やっぱり潜伏地域は駅周辺なんじゃないかなぁ。そこまで範囲を広げなくてもいいんじゃない?」


「あっ、言われてみれば」


 片瀬さんの助言でハッとする。既存の方針に囚われていたけど、たしかに無理して範囲を広げる必要はないかもしれない。やっぱり片瀬さんといると、色々な視点で物事を見られるから助かる。ひとりで作業していたら、しばらくはウンウンと唸っていたところだ。


「……ってことは、五キロ圏内のお店をもうちょっとリストアップすべきですかね」


「そうかも。綾乃ちゃんも一度行っているお店には行かないだろうから、ファッションショップとかもう一度洗い直してもいいんじゃないかな?」


 片瀬さんの助言に「なるほど」と頷きながらノートパソコンに視線を戻す。ようやく方針が定まった気がした。


「ただ、もうすぐお昼だし一旦休憩しない? お腹すいちゃった」


 片瀬さんに言われて、画面の右下に表示されている時計を見る。時刻は十二時半を過ぎていた。すでにこの場所で待機してから二時間近く経っている。


「そうですね。僕もお腹空いてきましたし、行きますか」


 意識し出すと、急にお腹が鳴りそうになる。お腹を押さえるようにして、車から出た。


 この家電量販店は別のテナントも入っていて、レストランフロアがある。


「片瀬さん、今日は何の気分ですか?」


「サッパリ系かなぁ〜。昨日だいぶ食べ過ぎちゃったし」


「じゃあ、うどんとかどうですか?」


「いいね、うどんにしよっか!」


 二人でチェーン店のうどん屋に向かう。僕は明太子うどんの大盛りとかしわ天を頼む。片瀬さんは昨日食べ過ぎたからか、かけうどんだけだった。


 そして、食べ終わってから今日のスケジュールについて話し合っていたとき。突然僕と片瀬さんのスマホが同時に鳴った。お互いに顔を見合わせながらスマホの画面を見る。そこには『AIFRS 駒崎綾乃 確認』という文字列が表示されていた。全身の血の気が一気に引くのを感じる。視界が揺れて、座っているのに倒れそうになっていた。


「片瀬さん、これって……」


 スマホを持ったまま片瀬さんに話しかける。片瀬さんは大きく目を見開きながら、自分のスマホ画面を凝視していた。


 片瀬さんからの返事がないので、急いでスマホのロックを解除して詳細を確認する。通知元は有城さんが開発した、AIFRSのアラート専用のアプリだった。AIFRSと連携している店舗に対象の人物が来店した場合、通知で教えてくれるものだ。まだ試作段階だけど、僕たちと小畑さんのスマホにはこのアプリが入っていた。


 アプリにはドラッグストアの有名チェーン店の名前と地図、綾乃の詳細が表示されていた。この店に綾乃が来店したらしい。来店日時はつい先ほどで、この家電量販店から二キロメートルしか離れていない。


 考えるより先に、僕は立ち上がっていた。


「片瀬さんっ。行きましょう、綾乃が近くにいます」


「……うんっ」


 ようやく事態を把握したであろう片瀬さんが、力強く頷いた。


 食器を下げると、駆け足で車に戻る。その最中に小畑さんからの着信が来た。


「おいっ、さっき通知が来たぞ」


 電話に出るなり、小畑さんが早口でまくし立てる。小畑さんにしては珍しく、少し興奮しているようだった。


「はい、僕たちの方にも通知が来ました。いま、片瀬さんとドラッグストアに向かってます」


「よぅし、今日近場で待機していたのはナイスだったな。俺もすぐにそっちに行くが、一時間以上はかかる。動きがあればすぐに電話してくれ」


 わかりました、と返事をしてから電話を切る。ちょうど車の前に着いたので、乗り込みながらドラッグストアの電話番号を調べる。


「本当に綾乃がいるのか、ドラッグストアの店員に確認を取ります。不具合の可能性もあるので」


 僕の言葉に、片瀬さんが「ありがとう、よろしく」と答えた。そのままドラッグストアに電話をかける。


 電話はすぐに繋がった。所属と目的を告げると、数分の保留音の後に店長が電話に出てくれた。


 店長も突然AIFRSの通知が来て驚いたらしい。すでに目視で確認済みで、おそらく駒崎綾乃だろう、とのことだった。


「わかりました、情報ありがとうございます。先日小畑から連絡があったと思いますが、我々が到着するまで、くれぐれも確保はお控えください。あと数分で到着する予定です」


 要件を告げて電話を切る。そして片瀬さんに「綾乃で間違いなさそうです」と伝える。


「うん、隣で聞いてた。……いよいよ、だね」


 片瀬さんが真っ直ぐと前を見すえて言う。驚きも落ち着いたのか、覚悟の決まった目をしていた。


 ――いよいよ、綾乃を捕まえられる。


 しかし綾乃に会えて嬉しい反面、綾乃のことを考えると悲しい気持ちにもなる。綾乃を捕まえた場合、確実に本部から取り調べを受けるハズだ。下手したら警察も出てくるかもしれない。それなのに、本当に捕まえていいのか。


 綾乃を捕まえると覚悟を決めていたくせに、直前になって迷いが生まれてしまう。本当はもっと、この迷いに対して明確な答えを出したい。熟考したい。


 しかし幸か不幸か、車は刻々とドラッグストアに近づいていく。到着するまであと数分。ゆっくりと考える時間は、もうなかった。

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