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第1話 万引きGメン 月之下アキラ

「片瀬さん見つけましたよ、万引き犯です。今は青果コーナーにいます」


 耳につけているインカムに向かって、僕は話しかける。


「ん、ありがとう。現場は見てるんだよね?」


「はい、バッチリと」


「さすが月之下くんだね。ん、わたしも見つけた。それじゃあスーパーを出たところで捕まえるから、先にバックルームで待っててもらえるかな?」


 インカムに向かって「はい」と答えると、そのままバックルームへと向かう。これで今月に入って十五人目の現行犯逮捕だ。今月は幸先がいい。


 僕は誇らしげになりながら、少し微笑む。こんなに充実した毎日を送れるとは、高校に入ったときには想像もしていなかった。



「月之下くん、今日もお手柄だったね! お店の人もすっごい喜んでたよ」

 仕事終わり、スーパーから出るなり、片瀬さんは結んでいた黒髪を下ろしながらそう言った。


「いやいや、とんでもないですよ。片瀬さんが犯人の目星をつけてくれたおかげなので」


「もう、いっつも謙遜するんだから」


 片瀬さんはそう言うと、ふふっと笑った。


 ――片瀬さんはこの仕事……万引きGメンにおける、僕の上司だ。でも人当たりがいい人だから、仕事中でも気を遣ったりせず気楽に話せる。


 出会った当初は「さすがに美人すぎて緊張するな」と思ったけど。案外接していくうちに慣れていくもんである。


「それにしても、今月で十五人も捕まえましたね。最高記録、更新してますよね?」


「うん、そうだね! わたしがひとりでやってた時は、最高で月五人ぐらいだったからね。まだ二週間しか経ってないのに十五人捕まえてるのはすごいと思う!」


 片瀬さんはまたも「月之下くんのおかげかなぁ」と小さく呟く。そしてまたも僕は「いやいや」と謙遜するのだった。


 ――こんな些細な中身のない会話でも、片瀬さんと一緒だと楽しい。何を隠そう、僕が「万引きGメン」なんていう仕事を三ヶ月も続けられているのは、片瀬さんがいるおかげに他ならないのだから。


「あ、もう駅につきますね。僕はバスなので、今日もお疲れ様でした」


  スーパーの最寄り駅につく。本当はもう少し片瀬さんと談笑したいけど、今日の現場だと僕はバス、片瀬さんは電車だからあんまり話せないのだった。


「ん、そうだね。……そっか、月之下くんバスなんだ」


 駅の前で、片瀬さんは立ち止まってウェーブのかかった黒髪をクルクルといじり始めた。そして目を少し伏せながら何やら考え込んでいる。


「……片瀬さん?」


 その身動きが気になった僕は片瀬さんに問いかける。片瀬さんはなおも何やら考え込んでいる様子だったが、少ししてから顔を上げた。


「……ねぇ。今日はせっかく最高記録を達成したんだし、せっかくだからご飯でもいかない?」


「えっ、ご飯……ですか?」


  突然の誘いに驚いた僕は、思わず聞き返してしまう。僕の反応がまずかったのか、片瀬さんは「やっぱり……迷惑だよね?」と目をそらしながら言った。


「いえっ! 迷惑だなんて、そんな! ただ片瀬さんから誘ってくれること、はじめてだったんで……」

 しどろもどろになりながら、僕は言い訳をする。実を言うと、僕もずっと片瀬さんとご飯……というか、プライベートな付き合いをしてみたかった。


 片瀬さん、いつも仕事が終わるとそそくさと帰っちゃうからなぁ。


「ほんと!? ありがとう! じゃあ、このあたりにオススメのカフェがあるから、そこに行かない? ご飯もあるから、男の子も満足できると思う!」


 目をキラキラさせながら嬉しそうにまくし立ててくる片瀬さん。断る理由のない僕は、そのまま二つ返事で片瀬さんオススメのカフェに向かった。



「あっ、昨日の夜に二人で予約した片瀬です」


 カフェに着くなり店員さんにそう言った片瀬さんを見て、僕はギョッとする。席に案内されてから、僕は片瀬さんに聞いた。


「……片瀬さん、今日お店予約してたんですね」


 僕の問いかけに「うん、ここのお店混むからね」と返事をしてから、アッと声を漏らす片瀬さん。そう、つまり片瀬さんは最初から今日、このカフェに僕を誘う予定だったのだ。


「ちっ、違うの! 本当は友達と行く予定だったんだけど、今日は用事があるって……。だから、今日月之下くんを誘ったのは偶然だから!」


 必死になって言い訳をする片瀬さん。七つぐらい歳上の大人の女性に対して、思わず「かわいいな」と思って笑みをこぼす。


 まぁ、別に片瀬さんがもともと僕をお店に誘う予定だったかは、どうでもいい。いまこうして、片瀬さんと二人でご飯に行けていることがすべてだ。


 ――ようし、今日は片瀬さんと仲良くなるぞ。


 僕は心の中でそう意気込む。前々から片瀬さんとはもっと仲良くなりたいと思っていたんだ。上司である以前に、同じチームの仲間なのだから。


「それにしても、今日で最高記録ってことは、多分月内には四十人ぐらい捕まえられますよね。そろそろランク、上がるんじゃないですか?」


「うん、そろそろランク上がるんじゃないかなぁ。Gランクだと飛び級もあるかもしれないし」

 片瀬さんと僕は万引きGメンの組織「S.G.G(Shoplift Government Group)」に所属している。S.G.Gには「ランク制度」があり、ランクが上がれば色々な待遇がよくなる。


 僕らのチーム『スパークル』は最下位の「Gランク」だったが、僕が加入してから逮捕人数が増えているようで、個人的にはひっそりと「そろそろFランクに上がれるのでは……?」と思っていたのだ。


 ランクがひとつ上がるだけでも、けっこう給料が変わる。高校生で常に金欠の僕としては、できれば早くランクを上げたいのである。


「飛び級なんてあるんですね。ってことは、一気にEランクにいけたりも……?」


「可能性はあると思うよ! CとかDランクになるのは、さすがにまだ実績が足りないかなって思うケド」


 片瀬さんに言われて、僕は軽くガッツポーズを取る。給料が上がるのはもちろん、何より「最下位ランクからの脱却」が嬉しかった。


 このS.G.G内のランクは、組織全体に公開される。やはり男としては、こういうランク制度を目にすると「上にいきたい」と感じるのだった。


「ふふっ、嬉しそうだね。やっぱり月之下くん的には、ランクは上げていきたいの?」


「そりゃあそうですよ! 待遇もよくなりますし、やっぱり上のランクに行けば行くほど、自信につながりますから。片瀬さんは、あんまりランクに興味ないんですか?」


「わたしはそうだねぇ。もともと上のランクにいきたいとか、そういう気持ちはなかったから」


 片瀬さんの話を聞いて、僕は「へぇ」と相づちを打つ。たしかに片瀬さんは、僕が加入する前は細々と月に数人を逮捕するぐらいだった。これだけの力を持っているのに。


 そこでふと、ひとつのシンプルな疑問が思い浮かぶ。


「ってことは片瀬さんって、どうしてS.G.Gに入ったんですか?」


 今まで、片瀬さんからそういう話を聞いたことがない。仕事中に上司に「どうしてこの仕事をしているんですか」と聞くのも、なんだか失礼な気がして。でも今は仕事外の『プライベートな時間』だから、きっと許されるだろう。多分。


「S.G.Gに入った理由かぁ……。うーん……」


 僕の質問に対して、髪をクルクルといじりながら考え込む片瀬さん。少し時間が経ってから「万引き犯が許せないから、かな」と答えた。


 なるほど、と頷いてから、僕が続ける。


「たしかに万引き犯は許せないですよね。僕、この仕事をしてから、こんなに万引きしてる人が多いんだなって驚きましたもん」


「万引きの被害総額は一日で十億円以上って言うもんね。わたしが気づかなかっただけで、今日もスーパーにももっといたかも。それぐらい身近だもんね」


「えっ、万引きの被害額ってそんな多いんですか!?」


 初耳の情報だった。そういえば万引きGメンの仕事をしているのに、万引きの業界というか、そういったことについてはあんまり知らない。


「うん、そうなの。しかも検挙されていない万引きの方が多いから、この十倍は被害があるって言われていて――」


 そこから、片瀬さんの「万引き被害に関する講義」が始まった。話を聞いて「興味深いな」と思う反面、僕は大いに反省していた。


 ――今日は本当は、プライベートな話をして仲を深めたかったんだけど。


 でも熱心に講義をしてくれる片瀬さんに対して「他の話をしましょう」とは言えないのだった。



 カフェでの食事が終わって、今度こそ本当に帰路につく。


「明日はわたしが面接の仕事があるんだけど、月之下くんはどうするの?」


 歩きながら、片瀬さんが聞いてきた。僕はスマホで明日の予定がないことを確認すると「そうですねぇ」と考え込む。


 明日片瀬さんに面接の仕事があるのであれば、事務所に行くはずだ。そして他に仕事入ってなければ、面接のあとにまた話せる時間があるかもしれない。


「明日は事務所で勉強しようかなって思います。今日の話を聞いて、僕もまだまだだなって思ったので」


「あ、事務所に行くんだね。何時頃に行くのかな? 面接はお昼だから、それより早ければ事務所の鍵を預けようかなって」


「午前中には事務所に行くと思うので、鍵預かりますよ」


 そう言って、僕は片瀬さんから鍵を受け取る。片瀬さんに会うのが目的なだけだったら、午前中に行く必要はないけど。でも僕自身、もっとこの業界のことを勉強したいという気持ちは本当だった。


 なにも取り柄のなかった自分が、唯一輝ける業界なのだから。

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