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帰り道にて

 ある程度食べ終わると、再び詩織が寝てしまう。


 なので、おんぶをして帰ることにした。


 暗くなった夜道を春香と並んで歩く。


「……いつもこんな感じか?」


 俺は詩織が生まれてからは、あまり兄貴の家には行ってないからな。

 自分の店を出したばかりで忙しかったし。

 それに……勝手に疎外感を感じていたんだよな。

 もうあの家には、俺の居場所はないって。


「ううん、やっぱり疲れてるんだと思う。環境の変化って大変だから」


「まあ、そうかもな。俺も、最初家を出た時は大変だったし」


 五歳児では尚更のことだろう。

 寂しくさせないように努力しないと。


「そっかぁ〜あの時は寂しかったな……」


「わんわん泣いてたな?」


「むぅ……だってあの時はわかんないもん」


「高校卒業したから、まあ独り立ちってやつだ」


「そっから、就職したんだよね?」


「まあな……三年で辞めたけど」


「それは聞いても良いの?」


「ああ、別に構わん。上司の考えと合わなかったんだよ。従業員に対して殴る蹴るが普通だったし、言葉遣いも高圧的だった。料理の腕も大したことないのにな」


「やっぱり、そういう世界なんだね……」


「最近ではマシになってるけど、未だに根強いものがあるな」


 それでも三年は耐えた。

 じゃないと次に響くし、負けた気がして我慢ならなかった。

 結局最後には、同期の中では俺ともう一人しか残っていなかったけど。


「えっと、そっから……お店を開くまではどうしたの?」


「なんだ、急に。今まで、そんなこと聞いてこなかっただろう」


「べ、別に良いでしょ!」


 まあ、あの頃は春香も少し様子が変だったし。


「まあ、良いが……そうだな、まずは三年くらいあちこちの飲食店で働きつつ、物件を探して……幸い使う暇がないほど忙しかったから、お金は貯まっていたし。それで、一年前くらいに今の場所を確保したんだよ」


「どうして自分のお店だったの? お兄ちゃん、まだ二十五歳くらいだよね?」


「おそらく、若い部類に入るだろうな。まあ、色々な飲食店で働いて思ったんだよ。これは、どこに行っても合わないってな」


「えっと……?」


「飲食店業界は割と腐っててな。パワハラセクハラは当たり前、残業に次ぐ残業、休みは少ないし安い給料、儲かるのはオーナーくらいだ」


「そ、そうなんだ」


「言っておくが、おススメしないからな。アルバイトくらいなら良いけど」


「アルバイト……」


「まあ、お前も高校生だからな。話がずれたな……何より嫌だったのは、お客様は神様状態だったからだ。とにかく威張り散らしたり、クレームをいう客がどこにでもいてな」


「それ、よくテレビで聞くね」


「言った人にはそのつもりはなかったんだろうが、間違って広がってしまったんだ」


「ごめんね、お兄ちゃん。元はどういう意味なの?」


「確か『私にとってお客様は神様です』かな。観客と歌手としての話をしたらしい。それが歪んでしまって、いつからかサービス業界全般と、お客さんという形になっていた」


「そうなんだ、わたし知らなかった……」


「俺も最初に知った時は驚いたよ。お客さんが有難い存在なのは否定しない。いなければ成り立たないのもわかる。しかし、それでもお客様だからって偉そうにして良いわけではない。俺たちは時間と手間をかけて料理を提供する、お客さんはその対価としてお金を払う。その関係は、本来なら対等なはずなんだ。俺たちがお客様というのは良い……しかし、間違っても《《お客さん側が言うことではない》》」


「うん、わかる。たまにいるよね、こっちは客なんだぞ!って言ってる人」


「それな。ああいうのがいるから困る。こっちが逆らえないことをいいことに、客だったら何をしても良いと思ってる」


「だから、お兄ちゃんは自分の店を?」


「まあ、そうだな。それが大きな理由かな。自分が客を選ぶなんて偉そうなことを言うつもりはない。でも、《《嫌な客》》は追い出しても良いと思ってる。だって、他の《《善良なお客様》》に迷惑だからな」


「えへへー、お兄ちゃんが話してくれた」


「あん?」


「今までは、そういう難しい話してくれなかったもん」


「まあ、お前も高校生になるし……つまらん話をしたな」


「そんなことないよっ! 嬉しいもん!」


 ……何が嬉しかったんだろうか?




 そして、家に帰宅すると……。


「むにゃ……」


「起きたか?」


「おしっこ」


「はっ?」


「もれちゃう」


「へっ?」


「詩織! 我慢して!」


「は、春香! どうすれば良い!?」


「貸して! ほら! 行くよ!」


 俺から詩織を引っぺがし、トイレへと駆け込んだ。


 ……大人になったもんだな。

 そうか、あいつもお姉さんだもんな。

 そんな当たり前のことを、今更ながらに思うのだった。




 その後はテレビを見つつ……。


「おい、風呂は沸いてるからな」


「お、お兄ちゃんは?」


「あん?」


「入るんだよね?」


「当たり前だろ、飲食店の人だぞ」


「あぅぅ……」


「おねえたん?」


「どうしよ、先に入る? でも、そうすると……後のが良い? でも……」


 ……これはアレだな。

 俺がおっさんだから嫌なんだな。

 いや、これは俺が悪い。

 しかし……ショックなことに変わりはない。

 高校生の女の子か……無理もないよなぁ。


「すまん、春香」


「ふえっ?」


「俺は朝一で銭湯行くから好きに入ると良い」


「ど、どうして!?」


「いや、俺と一緒の湯船は嫌だろうなと思ってな」


「ち、違うもん! そういう意味じゃないもん!」


「あん? じゃあ、何をぶつぶつと……」


「お兄ちゃんのばかぁぁ——!」


「ゴハッ!?」


 ソファーの枕が顔面に直撃する!


「きゃはは!」


「詩織! お風呂行くわよっ!」


「あーい!」


 詩織を連れ、春香は風呂場に入っていった。


 ……女の子って難しい。


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