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 とは言え僕に残された時間は、然程多い物じゃない。

 魔族の殲滅にも幾許かの時間と、そして多くの気を使ったし、魔王が質量を減じて弱体化してるとは言え防御に徹されたならば……、恐らく僕が力尽きる方が早いだろう。

 故に僕は決着を急ぎ、賭けに出る。

 先程、決着を急いで窮地に陥ったばかりだけれど、こればかりはもうしょうがないのだ。


 ゴホッと一度体内の血を吐き出してから、僕は魔王に目掛けて、ダメージを負いながらも手放さなかった破山に気を込めてから投げつけた。

 それは一見、非常に無謀な行いだろう。

 魔王の質量が減じたとは言え、破山を用いねばダメージを与える事は愚か、攻撃を防ぐ事も出来ない前提は一つも変わってない。

 にも拘らず生命線である破山を手放す事は、

「愚かな、窮したか」

 足が動かなくなった末にそれしか攻撃手段がなくなったか、或いは術を用いた攻撃に切り替える為に武器が邪魔になった風にも見える。

 そう判断したらしい魔王も、僕から生命線である破山を奪おうと、飛来するそれに向かって手を伸ばす。


 けれど、それが致命的だ。


 勿論術は使う。

 でもそれは五行の仙術ではないし、多分攻撃に分類される術でもない。

 僕が破山を投げてすぐに印を結んで発動するは、

『我、力みを禁じれば、即ち動くこと能わず』

 かなり強力な、いっそ呪術にも近しい禁術だった。


 効果はほんの十秒ほどだが、発生する強烈な反動を逸らす事も出来ずに、僕はまともに代償を支払う。

 即ち、魔王に対して掛けた禁術の効果を、僕もまともに受けたのだ。


 力み、全ての力の発揮を禁じたから、動けない。

 立ってる事すら力を使ってるから、転げてしまう。

 それどころか呼吸ですら力を使ってるし、心臓の鼓動すら止まる。

 もはやそれは呪いに等しい。

 僕の場合はそれに加え、筋収縮と気の作用で抑えていた出血が、胸の穴から溢れ出た。

 

 僕の身体はくたりと崩れてゆっくりと倒れて行く。

 しかしもっと大きな影響を受けたのは、術を予想していなかった魔王の方だ。

 全く予期せぬ脱力に、防御の為に身体に力を入れる事すら出来なくて、投げられた破山の切っ先は魔王に届き、その身体に大穴を開けて貫き通す。

 例え魔王が無数の魔族の集合体であっても、意味はない。

 破損は大きく、そして禁術の効果は魔王を構成する全ての魔族に及んでる。


 実際に魔王が肺を使って呼吸していたり、心臓を鼓動させて生命活動を行っているのかどうかは知らないが、似た様な何かが停止して一時的に機能を失った事は間違いないだろう。

 そんな無防備な状態で破山の一撃を受けたのだから、魔王を構成する魔族の多くは滅びただろうし、集合体を成す為の核となる何かにも致命的なダメージが入った筈だ。

 倒れ伏した僕にそれを肉眼で確認する術はないが、だからこそ鋭敏に感じ取れる気が、今の魔王の状態を詳細に教えてくれた。


 因みに僕が禁術を習得してるのは、本来こう言った使い方をする為でなく、この様な術を掛けられた時に適切に対処する為に他ならない。

 魔王は術者でなく、また仙人でもない為、禁術を避ける為の術や知識がないからこそまともに受けてくれたが、これが例えば幸歌仙や白黒仙が相手なら、間違いなく身代わりの符に術の効果を肩代わりさせる。

 すると結局後に残るのは、自身の術の反動で動けなくなった僕だけと言う間抜けな状況になってしまう。

 禁術は確かに絶大な効果を持つ仙術だが、使用に関してはリスクも大き過ぎて気軽に使える術ではないのだ。

 何せ使用の代償を逸らして軽減するよりも、他者に掛けられた術を避ける方が余程簡単なのだから。


 まぁ要するに、狡い術の一発で魔王を嵌めて見せた様な形になったが、僕にとってもそれなりにリスクのある賭けだったと言う話である。



 さて、十秒。

 完全に脱力しながら倒れた為、地面にぶつけた顔が痛い。

 そしてそれ以上に、胸に穴が開く程の損傷を負っているのに心臓なんて止めたから、身体に残るダメージが結構深刻だ。

 それでも、僕は立ち上がる。

 最後の決着を付けなきゃいけない。


「ねぇ魔王、まだ生きてるだろう。何か言い残す事はある?」

 僕の声に、己の身体に力を込めれる事に気付いたか、魔王は起き上がろうともがく。

 けれどもやはり、あぁ、胸と腹のど真ん中を貫いた破山から受けたダメージは致命傷なのだろう。

「な……に……を、……し……た?」

 必死に声を絞り出すも、起き上がる事は叶わない。


 それにしても『何をした』か。

 疑問に思うのは当然だ。

 何せいきなり全ての動きを封じられたのだから。

 でも……、その質問に意味はない。

「それを聞いても無意味だよ。同じ相手に何度も使おうと思う術じゃないし、その必要もない。それよりも言い残したい事はない? それとも、降伏する心算があるなら最低限死なない程度の治癒はするよ」

 魔王が同じ手で僕への奇襲を二回も狙わない様に、僕だって禁術を二度も魔王に掛ける気はなかった。


 降伏するかを問うたのは、先に降伏勧告を行ってくれた魔王の慈悲への礼であり、意趣返しでもある。

 不利な状況で降伏を勧められるのは、有り難い話ではあっても、同時に腹の立つ事でもあるのだ。


「は、はははは、……今更だよ」

 しかし魔王がそう言うであろう事は、僕だって予想していた。

 勿論心情への共感は出来ない。

 何せ僕の生きた年月よりもずっと長く戦争をし続けてる人の心情なんて、実感して理解出来る筈がないから。

 ただそれでも、想像して察する事は出来る。


 そりゃあ今更止まれない。

 相手が偶々戦いに絡んで来ただけの余所者であっても、同じ事だ。

 一度でも膝を折ってしまえば、背負った荷の重さに再び立ち上がるなんて出来なくなってしまう。


「そうだろうね。僕は君の事を良く知る訳じゃないけれど、でもそう言うだろうって気はしてた。ならお別れだ。強く気高い魔王、いや、マガラの王」

 多分魔族と言うのは、彼等の名乗ったマガラの一族だか、マガラの民だかが少し歪んで伝わり、そう呼ばれる様になったのだろう。

 どう呼ぶのが正解なのかはわからないけれども、間違いなく強敵だった魔王を、僕は少しでも意に沿う形で呼びたかった。


 魔王、否、マガラの王は言葉を返さず、猛烈な気を発して、胸を破山に貫かれたままに起き上がる。

 だがそれはもう、燃え尽きる寸前の蝋燭が、最後に激しく燃え盛るのと何ら変わらないだろう。

 その動きこそが傷口を広げ、彼の命を損ねて行く。

 でも溢れ出る血は炎を発し、最後まで戦い抜くと言う彼の決意をハッキリと示す。


 だから僕は残る間合いを縮地で踏み潰し、繰り出す拳を通じて、マガラの王に刺さったままになってる破山の柄に、全力の気を叩き込む。

 打撃の衝撃と送り込まれた気に、神珍鉄で出来た破山は高速で震えて、死に体だった彼の身体を真っ二つに引き裂いた。 





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