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 城を飛び出して僕を追って来た魔王が、スゥと息を吸い込んで、吐き出すは巨大な炎の塊。 

 しかし僕は慌てずに、先ずは破山を地に突き刺してから左手を振りかざす。


―水行を以って水壁を成す。水よ集え―


 周囲を海に囲まれた島だけに、水気は充分に満ちている。

 僕の翳した手の先に、水壁が出現して炎を遮った。

 でもこれでは足りない。


―水行に命じて水壁よ凍れ。氷壁と化せ―


 だから僕は炎がぶつかる直前の水壁に右手で触れて、その熱を奪う。

 その結果、出現した氷壁の一部を融かされはしたものの、魔王の放った炎は僕を傷付ける事なく消え去ってしまう。

 熱や炎、火行に対して、先程使用した水行は相克関係、まぁ要するに優位な関係にあった。

 そしてその関係は、そのまま今の魔王と僕の関係にも成り得る。


 勿論魔王が五行の理に従う理由はない。

 例えば西洋魔術の、或いはこの世界の精霊魔法の様に四大元素の理でなら、火と水は相反する関係ではあっても優劣関係にはなかった筈だ。

 仮に魔王が凄腕の術者であったならば、僕が当て嵌めようとする五行の理を否定し、自分の有利な理でこの場を支配しようとしただろう。

 でも魔王は、炎熱の支配者であり、魔族の王であり、実力の高い戦士ではあっても、術者ではなかった。

 故に魔王の炎と熱は、僕が行使する水行の仙術に対して、不利となる事を否定出来ない。


 尤も彼の保有する熱量は、質量と同じく尋常ならざる量だから、例え優位関係にあっても決して油断は出来ないのだけれども。



 自らの炎を氷壁に受け止められた魔王は少し訝し気に、やや不快気に眉を顰める。

 恐らくこの程度の規模の氷壁を、自分の炎で消し飛ばせなかった事が意外だったのだろう。

 まぁだからと言って僕に五行の理、火と水の相克関係を、魔王に説明する義理はない。

 氷壁ごと纏めて打ち砕かんと拳を固めた魔王が突っ込んで来るその前に、僕は氷壁を軽く三度打つ。

 一度目の打撃で氷壁は震え、二度目の打撃で氷壁には細かい罅が無数に入り、三度目の打撃で氷壁は爆砕する。

 その結果、突っ込んで来た魔王を襲うは無数の氷の飛礫。


 咄嗟に魔王が自らの身体を炎で包んだ為、細かくなった氷の飛礫では手傷を負わせる事は叶わないが、それでも距離を詰めんとする足は止まった。

 ならば生まれたその隙に、もう一つ術を重ねよう。


―水行を以って深く重き霧を成す。溺れよ―


 周囲に満ちた水気をそのまま術に使用する為、変換の手間が無い分だけ術の出は早い。

 そして僕と魔王の周囲に発生し、取り込み包むは、濃く深き濃霧。

 以前に世界樹で使用した惑わしの霧と似た様な仙術だが、今回の方が霧の濃度と規模は圧倒的に上だった。

 身体に纏わり付く霧は冷たく、視界のみならず体温を奪い、重たく纏わり付いて動きを鈍らせ、口鼻から吸えば嗅覚を封じるのみならず、肺を水で満たして溺れさせる。

 まぁ魔王の身体に肺があるのかどうかは知らないが、口鼻が顔に付いて声を発して喋っているのだから、似た様な物はあるだろう。


 魔王も一目で霧の危険性に気付いたらしく、発する熱を高めて周囲に霧を近付けんとしているが、残念ながら無駄な努力だ。

 あぁやっていれば確かに霧を吸う事はないが、奪われる熱量は寧ろ増えてしまう。

 幾ら魔王が尋常ならざる熱量をその身に秘めると言っても、決して無限ではないのだから奪われ続ければいずれは尽きる。

 一時的に霧を吹き飛ばす規模の熱を発して難を逃れようとしても、周囲を海に囲まれたこの場所なら、同じ仙術の再展開も容易い。

 海を煮え立たせる程の炎熱の使い手と言われる魔王だが、例えそれ程の熱量を以てしても、近海の全てを干上がらせる事は出来ないだろう。



 霧の範囲外に逃れようと飛び退る魔王を、縮地で回り込んだ僕が破山で叩く。

 警戒した魔王が防御を固めた上からの攻撃だから、大したダメージはないだろうが、ダメージを与えるよりも大事なのは逃がさずに混乱を煽る事だ。

 反撃とばかりに炎を撒き散らす魔王だが、けれども分厚い霧の壁がその炎を阻む。

 彼の苛立ちが霧を通して手に取る様にわかる。

 方向を変えて接近し、破山を振う。

 流石に近付けば気配を感じるのか、二度、三度と攻撃してもそれを何とか防ぐ魔王だが、しかしその動きと反応は城で戦った時に比べれば格段に鈍い。


「凝」

 右手で破山を振いながら、左手で魔王の右足を示す。

 すると周囲の霧が導かれる様に魔王の放つ熱気を塗り潰して、その足に絡み付く。

「氷」

 更に言葉を唱えれば、絡み付いた霧は凍り付き、魔王の足と動きを封じる。

 流石の魔王も片足を完全に封じられればその防御にも穴が出来、破山の一撃をまともに受けて吹き飛ぶ。


 城外に出てから、水行の仙術を攻撃に混ぜ出してから、僕は着実に魔王を追い詰めつつある。

 一つ術を使う度に、確実に一歩魔王を、手強い強敵を追い詰めて行く感覚は、実に甘美な物だ。

 だからこそ本当は、僕はそこで一度慎重になるべきだった。

 でも僕は強敵を追い詰めて行く稀有な経験に著しく興奮し、その決着を急いでしまう。


 吹き飛んだ魔王に、僕は大きく跳び上がって、大上段に構えた破山を振り下ろす。

 それはきっと、決着の一撃となる筈だった。

 例え魔王が大きな質量を持っていたとしても、そびえ立つ山程ではない。

 所有者である仙人が気を注ぎ、全力で振るう破山は文字通りに山をも破る。

 幾ら魔王であっても、最大の威力を発揮した破山を受ければ、間違いなく真っ二つに、或いは粉々になるだろう。


 …………けれども。





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