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 師である瑛花仙が、僕に実戦経験を積ませる場を用意すると言ってから半年後の事。

 僕は八角形に描かれた陣の前に立っていた。

 界境隧道開孔陣。

 そんな名前を聞かされたけれど、陣の構成が複雑すぎて、今の僕には読み解けない。

 ただ一つ分かった事は、この陣だけでなく、設置された部屋全体に仕掛けが施され、一種の宝貝と化してる事位だ。

 あぁ、他にもうっかり陣に踏み入れば只では済まないのもわかる。

 特に死門の方向から入るのは、自殺と何も変わらないだろう。


 説明を求めて視線を向ければ、師匠は実に得意気に、

「これはね、ミン。世界の壁に穴をあけて別の世界に行く為の宝貝だよ。まぁ奴一人で完成させた訳じゃないけれどね」

 そんな怖い事を言った。

 別の世界へ行く、これは百歩譲ってまあ良い。

 俄かには信じ難いが、それでも師匠が言う事なのだから実際にそうなのだろう。

 何の為に異世界に行くのか、それは以前に師匠が言ってた通り、僕に実戦経験を積ませる為。

 或いは師匠自身が異世界を見てみたかったのかも知れない。

 勿論これも、まあ問題はないのだ。


 なので問題は、師匠が最後に言った『まぁ奴一人で完成させた訳じゃないけれどね』の部分である。

 師匠と共に宝貝を開発出来る信頼と実力を持つ誰かなんて、この世界には数名しか居ない。

 そう、五悪仙の面々だ。

 師匠が五悪仙の誰と共同開発したのかにもよるが、……否、最悪の場合、全員が関わってる可能性も、ある?


 だが師匠は僕の表情の変化をどう判断したのか、

「まぁ確かに元の案はその手の小説から貰ったから不安になるのもわかるよ。でもね、ミン。異なる世界って考え方はずっと昔からある物なんだ。例えば三千世界って言葉、聞いた事はあるだろう?」

 なんて風に異世界の存在を説き出した。


 三千世界とは、確か仏教の用語だっただろうか。

 けれどもその意味は、三千個の世界って意味ではない。

 三千世界は略称で、正確には三千大千世界。

 一つの世界を千個集めて、小千世界と呼び、更にそれを千個集めれば中千世界。

 まあもう既に言うまでも無いだろうけれど、中千世界を千個集めれば大千世界だ。

 小、中、大と言った構成から成り立つので、三千大千世界と言う。

 つまり異なる世界は十億あるよって話なのだけれど、スケールが大き過ぎて意味不明である。


「そりゃあ本当に異世界を見付けるのは苦労したけどね。あると仮定して探せば、見付からない物でもないのさ」

 元が樹木なだけに、師匠である瑛花仙はコツコツと積み重ねる作業が実は嫌いじゃない。

 身内が傷付く事態に対する怒りの沸点は物凄く低いが、本来の気質は割と気長なのだ。

 異世界があると仮定し、それを見付ける為に何千、何万、何億の術を編んでは試す。

 そして実際に異世界を見付けたならば、次はその異世界を観測する為の術を試行錯誤し、最後に移動と帰還の術を編む。

 言葉にするのは簡単だけれど、実際に成功したと言われれば、もう圧倒されるしかない規模の話である。



 でも問題は、

「孔狼も双覇も弟子に実戦経験を積ませたいって悩みは同じだったし、緑青は面白がったし、凜香はまぁ、あの子は奴の言う事は何でも聞いてくれるからね」

 やはり異世界転移の術理の開発には、五悪仙の全員が関わって居た事だろうか。


 五悪仙と言うのは下界でTOPクラスの実力を持つ五人の邪仙の事だが、その関係はライバルと言うよりは友人であり、協力関係を持つグループでもあった。

 孔狼仙は五悪仙の筆頭格にあたる邪仙で、長い年月を生きた狼の妖物から昇仙した方だ。

 その気質はまさに群れのリーダーで、五悪仙の中では最も多くの弟子を抱え、面倒見の良い性格をしている。

 身内に優しく外敵に厳しいその性格は、僕の師匠である瑛花仙に通じる所もあるだろう。

 同じ五悪仙である師匠の弟子と言う事もあって、僕も身内扱いをして貰っていた。


 双覇仙は五悪仙の中では唯一人間から、普通に昇仙した方である。

 ただその本質は仙人であるよりも武人で、武を磨く為に深山幽谷に籠って、その末に昇仙した豪傑だ。

 僕にとっては師匠を除けば五悪仙の中で一番親しい人物で、感覚的に言うならば気の良い親戚の叔父さんに近いだろう。

 時折この国にも遊びに来るが、その際には師匠に内緒で色々な場所へ連れ出してもくれる。

 けれど、そう、『実力が付いたら勝負をしような』等と約束を交わそうとして来たりする辺りが、将来的には少し怖い。


 緑青仙は掴み処のない方だ。

 尸解仙と言う、一度死んだ後に肉体を脱ぎ捨てて仙人に至った方だが、尸解仙は天仙、地仙に比べて一段格が落ちるとされる。

 だが緑青仙にそれを気にしてる風は全くない。

 何故なら緑青仙は死体を愛する人物だからだ。

 僵尸と言う、腐らずに動き回る死体の妖物が居るけれど、緑青仙は僵尸使役の達人である。

 緑青仙が使役する僵尸は万軍に匹敵するとも言われ、僕も、『もし死んだら、その身体は私が使ってあげよう』なんて風に言われた。

 師匠曰く、あれは緑青仙の精一杯の好意的な言葉らしい。


 最後の凜香仙は、人が造り出した器物が年月を経て妖物となり、更に月の光を蓄えて昇仙した仙人だ。

 実は師匠である瑛花仙や、孔狼仙、凜香仙の様に、妖物から昇仙した仙人を、人の仙人の中には『妖怪仙人』と呼んで見下す者も居ると言う。

 だからだろうか?

 凜香仙は同じ五悪仙にして妖怪仙人になる、僕の師匠、瑛花仙を御姉様と呼んで慕う。

 そしてその分だけ、師匠に愛情を注がれている僕を嫌っていた。


 まあ、うん、だから僕も凜香仙は苦手だが、でも良い所があるのも知っている。

 彼女は人間嫌いだが、その分自分の同類に優しいのだ。

 長い年月を存在し、妖物と化した器物は、人の世界に在れば災いとなってしまう。

 人に使われる為に生み出されたのに、最後は人に忌み嫌われ捨てられる。

 そんな思いをさせる前にと、凜香仙は妖物に成りかかった器物を回収し、実際に妖物に成った後は自らの弟子として保護していた。

 僕も師匠を通じてだけれど、凜香仙の依頼を受けて、博物館から妖物に成りかかった山水画を盗み出した事がある。

 あの時、凜香仙は決して好きではない僕に、キチンとお礼を言ってくれたから、彼女の事は苦手だが、それでも決して嫌いではないのだ。



 ……話は逸れたが、五悪仙の全員が異世界に関わって何が問題かと言えば、勿論それは五悪仙の全員が異世界に弟子を送る事に他ならない。

「それでね、折角異世界に弟子を送るなら、誰の弟子が一番面白い事を成したか競おうって話になったのさ」

 ほら、やっぱりそう来た。



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