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「運か。あぁ、言い得て妙だね。本当に不運だった。あの日、攻め込んで来たこの世界の神々に、元の世界を追われて以来、我等は常に悪運に見舞われ続けたよ」

 そして構えた僕に対し、魔王も拳を向けた。

 その途端、僕の背を猛烈な怖気が走り抜けて行く。

 魔王が発した怒気じゃなく、向けられた拳その物に、僕は言い知れない恐怖を感じる。


 マズイ。

 アレは本当にマズイ。

 一体何だろうか。

 見た目のサイズは僕のそれと然して変わらない、否、僕よりも指も細く、男と思わしき外見の癖に嫋やかにすら感じる拳だった。

 でも僕がそれに受けた印象は、昔に施設の解体等に使われていた、クレーン車がぶら下げる鉄球を思わせる。

 或いはもっと凶悪な、更に硬くて大きな質量を秘める、例えようのない何かだ。


「この地に城を構えてから、君は初めての訪問者だ。以前の大陸では幾度か勇者とやらが攻めて来たが、最後の世界樹は強くて毒の範囲も広くてね。遠くに城を構えざる得なかった」

 魔王はそう言い、一歩踏み込む。

 決して縮地ではない筈だが、それでも十メートル以上あった間合いがその一歩に潰される。

 振り被られた拳を見、僕は一つだけそれに良く似た物を良く知ってる事に気付いた。

「随分と久しぶりの戦闘なんだ。せめて一撃は耐えて見せてくれ」

 そして迫り来る強烈な死の予感、掠めただけでも粉々になると確信させられてしまうその拳に、僕は半ば本能的にそれを引き抜く。



 大きな質量同士がぶつかり合った轟音に、部屋の空気がビリビリと震える。

 僕が魔王の拳にぶつけたそれは、本来ギリギリまで秘す心算だった破山。

 ……完全にやむなく使わされてしまった形だが、でもその判断は正しかった。


「まさか我が身と同じ特性の武器があるとは、ね。……でも真に恐ろしいのは、生身でそれを扱える君かな」

 なんて言葉を、驚いた表情で魔王は吐くが、恐ろしいのは完全にあちら側だ。

 先程のぶつかり合いは、互いに数メートルの距離を後退させた。

 総神珍鉄製、つまりは尋常ならざる硬度と莫大な質量を持つ破山とまともにぶつかって、しかもそれを後退させるなんて、尋常ならざる出力と質量だ。

 どう考えても人間サイズの生物が持っていて良い代物ではない。

 もし仮に僕が破山以外で先の一撃を受けていたなら、予感通りに本当に粉々にされてしまって居ただろう。


 何故それで動けるのか。

 何故それで普通に生命活動が行えるのか。

 エルドラの様な巨大生物なら兎も角、なまじ人に近しい姿をしてるだけに、あり得なさ過ぎて怖かった。


 ただ当たり前だが、既に戦闘は始まっており、戦闘中に相手の身体の特徴を長々と考察してる余裕や時間はない。

 次いで構えられた魔王の手刀は高温を発して真っ赤に染まり、振るわれれば空気を燃やして炎を発する。

 僕は破山の刃で手刀を受け止めるが、魔王の手は切り裂けなかった。

 どうやら単に硬いと言うよりも、密度が高く、更に強い力が込められているから、金属と同等にまで硬度が高められているのだろう。

 後は単なる手刀なのにやたらと重く、そして輻射熱が物凄く熱い。


 何とも俄かには信じ難い事だが、魔王はどうやら巨人サイズの生体が圧縮されて密度を高めて人の姿を保っている様な、理不尽で不可思議な存在だった。

 発する炎も魔法の類と言うよりは、巨大な質量に比して秘める、莫大な己の熱量をコントロールしていると言った印象だ。

 どうにも自分でも何を言ってるのか良くわからないけれど、だが今必要な事は納得や理解ではなく、事実をあるがままに受け入れて対応する事である。

 のんびり考え込んでたら、あっと言う間に死んでしまう。

 咄嗟に縮地で横に飛び、迫る攻撃を避けて間合いを開く。

 しかし魔王もすかさず僕を追い掛けて、僅か数歩で開いた間合いは踏み潰された。


 縮地の本来の移動距離なら、流石の魔王も一歩や二歩では追い付けないだろうが、残念ながらここは室内だ。

 謁見どころかパーティにだって使えそうな大広間ではあるけれど、僕と魔王が戦う空間としてはあまりに狭い。

 踏み込む度に、打ち合う度に、石の床は砕け散り、壁も粉砕されて行く。


「カァッ!!!」

 思い切り踏み込んで来た魔王が、その勢いのままに放ったのは足を突き出す真っ直ぐな蹴り。

 言ってしまえばヤクザキックだが、魔王の出力と質量に、更に勢いまで加わったそれは、尋常ならざる威力を秘める。

 その蹴りを破山の柄で受け止めた僕は、けれどもあまりの威力に弾丸の様な勢いで弾き飛ばされ、壁を突き破って城の外に放り出された。


 割と遠くまで蹴り飛ばされたから、着地までに体勢を立て直す時間は充分にあったが、それでも本気で身体が痛い。

 城の壁を身体で突き破らされた事もそうであるし、そもそも蹴りを受けた時に突き抜けた衝撃が芯まで響いてる。

 けれども僕は、そう、そんな状態でありながらも、この戦いの楽しさに口元が緩むのを抑えられなかった。



 本当に幸運なのは、僕の宝貝が破山だった事だろう。

 仮に他の宝貝、火を噴く槍や氷の宝剣等を使っていたら、戦いにすらならずに粉々に粉砕されていたかも知れない。

 そうならずに僕が魔王と打ち合えてるのは、破山が魔王に決して劣らぬ質量と硬度を保有するから。

 故に魔王の攻撃も破山を使えば防げるし、逆に破山を攻撃に使えば魔王にダメージを与え得る。


 但しそれは、決して魔王との戦いが僕に有利である事を意味しない。

 何故なら魔王の攻撃は繰り出される四肢の全てが、或いは頭突きや体当たりでさえも、全てが必殺の一撃だ。

 一方魔王が僕からの攻撃で注意を払わなければらならいのは、破山による一撃のみ。

 比較すればどちらが有利に戦えるかは、語るまでもないだろう。

 そう、だからこそこの戦いは楽しい。


 出し惜しみすれば負けるけど、出し惜しみを止めれば簡単に勝てるとか、相性の差で勝ち負けが決まるとか、今回の戦いはそうじゃなかった。

 全力を出し尽しても、魔王は尚も勝利が難しい強者だ。

 相手が有利ではあるけれど、力の傾向も大分と似ている。

 かと言って、これが一番大事な事だけれど、師匠を含む五悪仙達の様にどうしようもない程に隔絶もしていない。

 そんな丁度良い相手と戦って、楽しくない訳がないだろう。


 それに近接戦闘に限れば魔王に分がある事は否定しないが、近距離での殴り合いのみが戦いの全てと言う訳では決してないのだ。

 魔王が炎を操る様に、僕には仙術がある。

 限られた空間では互いに近付いて殴り合う方が手っ取り早かったが、ここから先はそうじゃない。

 蹴り出されてとは言え折角広い場所に出たのだから、気分を少し変えて第二ラウンドと行こうと思う。






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