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 己よりも技量が上の相手に勝つにはどうすれば良いか。

 その答えは無数に、とまでは行かずともそれなりの数が存在するだろう。


 例えば、別の分野で勝負する。

 一流の剣士が相手だとすれば、軍隊規模の数を揃えて挑めば良い。

 相手が例え同数の兵を掻き集めたとしても、既に戦いの分野は剣での勝負ではなくなっている筈だ。


 例えば、搦め手を使う。

 実に古典的だが、食事に毒を仕込んで殺してしまえば不戦勝である。

 相手を毒で弱らせて剣で勝とう等と考えれば万一の不覚を取る事もあるだろうから、そう言った搦め手を使うならば徹底的に容赦なくサックリと毒殺するの覚悟が肝心だ。


 そう言った技量に勝る相手への対処法の一つに、相手が対応出来ない力をぶつけると言うのがあった。

 車と正面衝突したとしても掠り傷一つ負わない体術の使い手が居たとして、だったら10トントラックをぶつければ良い。

 それでも駄目なら新幹線で、それすら子犬の為に受け止めるアメリカンな超人なら、隕石でもぶつけてやればどうだろうか?

 どんなに優れた技量を持つ剣豪であっても、口から光線を吐く怪獣王に勝てはしない。

 何故なら勝負する土俵が違うからだ。


 荒唐無稽な話をしているが、それ位に次元の違う力があれば、技量の差は大抵無意味に出来てしまうと言う話である。

 そして今僕の手の中には、そんな技量の差を無意味にしてしまえる力、絶大な破壊力を発揮する宝貝、破山があった。

 僕がこれを思い切り振れば、剣を持った僵尸、かつての神聖騎士がどれ程に優れた技量でそれを受け流そうとしても、相手は確実に消し飛ぶ。

 故にこの武器、破山を手にした時点で武人としての僕は、目の前の僵尸に既に敗れてる。

 だから後は、多少屈辱を感じなくはないけれど、試合には既に負けてるのだから、勝負だけでも勝つより他にない。


 もしも僵尸が神聖騎士としての証、神の遺物を持っていたなら、この前提は覆った可能性があるだろう。

 でも死の王、ラーデント・バルネットが封印された際、かの神聖騎士が使用していた神の遺物は回収されて東方に運ばれたと言う。

 神の遺物以外の、普通の剣を使ってでは、破山の一撃を防ぐのは不可能である。


 勿論それも、この破山が当たったり、僵尸が剣で受ければの話だった。

 仙人である白黒仙は、破山が宝貝である事位は一目で見抜く。

 なので決して僵尸に破山を受けさせず、回避に徹する様に命じるだろう。

 それ故僕は、そう、破山を抜いたのと同じく、もう一つ相手が対応出来ない次元の、仙人としての力を使うのだ。




 心地良く吹く風は、火照った身体を冷ますだけじゃなく、僕に木気を届けてくれた。

 西洋の四大を扱う魔術師や、精霊魔法を使うエルフには奇妙に思われるだろうが、五行の思想において風は木行に属する。

 しかしもう一つ、風以上に特異で理解しがたいだろう代物が、五行では木行に属していた。


―木行を以って雷旡を呼ぶ。降れ―


 僕はそう唱えると共に、破山を握った右手を掲げる。

 すると同時に、空は晴れ渡り陽光が差しているにも拘らず、バチリと天より雷が、掲げた破山の先に落ちた。

 常人ならば雷を受ければ、確実にとは言わぬでも九割九分死ぬだろう。

 仙人であっても僕位の格では大怪我だ。


 しかし僕は破山を掲げる時に同時に、左手の親指で、左手の中指の先から順番に決められた部位を、掌訣を押し、

「雷威雷動便驚人!」

 その文言を唱えていた。


 それは雷法。

 天雷の力を身に宿し、悪霊を祓う道教の魔除け。

 僕はその法を使って強引に、自分の仙術で呼んだ雷旡を丸ごと身体に取り込んだ。


 雷を見て、剣を持った僵尸が怯んでる。

 あぁ、そう言えば、僵尸は雷が苦手だったか。

 けれどそれも関係がない。

 既に戦いの結末は見えていた。

 僕は呆気にとられた様子の白黒仙と死の王に一度ずつ視線を送り、動き出そうとした瞬間にその声は発せられた。

「ま、待って! 負けたわ!」



 次の瞬間、僕は間合いを詰めて破山を振り被った状態で、その動きを停止する。

 強引に動きを止めたから、滅茶苦茶身体が痛かった。

 雷法で天雷の力を宿した僕は、普通に地を蹴っただけにも拘わらず、縮地を使うよりも早くに間合いを詰めた。

 そう、相手に技量で負けて攻撃が当たらないなら、相手が反応出来ない位に、相手と次元が違う程に早く動けば良い。

 天雷の力を取り込めば肉体の性能も、反射の速度も普段よりも大幅に引き上げる。

 自身が一個の雷となるのだ。


 武人としての敗北を認めた上、宝貝と、絶招とは呼べないまでも僕が持つ最大の術の、二枚の切り札を切った上で引き出した相手の降伏。

 もし仮に、これで相手が、やっぱりさっきのは無しで戦闘続行等と言い出したなら、僕は成す術もなく命を奪われてしまうだろう。

 でもそれでも、僕は相手の降伏を受けて武器を止めた。

 それは同じ五悪仙の弟子としての白黒仙に対しての信頼であり、また僕自身もこの僵尸を破壊するのは、あまりに惜しいと感じていたから。

 だから止めてくれて助かった。

 後一瞬でも制止が、降伏が遅ければ、剣で僕の破山を受けざる得なかった僵尸は粉々に吹き飛んでいただろう。


 何せ破山と雷を取り込む術を組み合わせた一撃は、五悪仙の一人、双覇仙ですら『まともに受けたら腕が折れるな』と称したのだから。

 ……いやまぁ、何で素手で受け止める前提で腕の骨折だけで済むのか本当に良くわからないけれど、五悪仙を傷付けられると言うのは相当の事なのだ。



「おぉ、おぉ、カイロード。我が宿敵よ。お前程の強者が死者となっても、秘術の限りを尽くしても、それでも敗れてしまうのか。それ程に私は間違っていたのか」

 勝敗の決した戦場で、嘆くは死の王、ラーデント・バルネット。

 カイロードは調べた昔話にもあった、死の王を封印した神聖騎士の名前である。


 しかし、うん、ラーデントは一体何を言ってるんだろうか。

 僵尸となったカイロードが敗れた事と、ラーデントが間違ってるかどうかは全く別の話なのだが……。

 そしてそんなラーデントに対し、白黒仙は何か言いたそうにしているが、言葉選びに迷って声を出せないままに居る。

 別にコミュニケーションが独特と言うか、苦手な所まで師である緑青仙に似る必要は全くないのに。

 全く以って仕方ない。

「別のその二つは関係ないよ。ラーデント・バルネットが間違っていたとしたら、他人の感情を考えなかった事と、その正しいかどうかに無意味に拘る事だ」

 全力の術を行使した結果、身体の痛みと疲労に一刻も早く終戦合意を纏めたい僕は、やむなく死の王、ラーデントを宥め始めた。


 そもそも邪仙としての視点から見て、ラーデントの行動は別に然程間違っていない。

 魔王を倒すと言う目的に対して、現実的にそれが可能そうな案を持って来ただけの事。

 但し間違ってる間違ってないと、人がそれを受け入れるかどうかは全く別物なのだ。

 ラーデントが他人がそれを受け入れ難いと始めから知り、慎重に隠蔽に気を遣って徹底的に秘して研究を進めて居れば、最終的に魔王を倒せたなら彼は自分の理論は正しかったと誇って良い。

 だがラーデントは無駄に自分が正しい事に拘り、杜撰な隠蔽しか行わなかった。

 知られてしまっても良いとか、いっそ知られてしまって自分の正しさを認められたいとか、そんな風に心のどこかで考えていたからだろう。


 自分が正しいかどうかよりも、目的を果たしたいならそれに集中すれば良かったし、認められたいならもっと認められる為の方法を考えるべきだった。

 中途半端な事をしてるから、失敗するし否定もされる。

 まぁその辺りは、白黒仙からゆっくり学べばいいだろう

 何せ緑青仙とその一門は、他人からどう思われようともマイペースに自分の好きな事をしてると言う点においては、他の五悪仙を大きく上回ってるのだから。


 正直僕の知った事じゃないです。


 それにもう一つ。

「カイロードは僕がこの世界に来て戦った誰よりも強かった。僕が勝ち方を選べない位に。そう、世界樹の守護獣、エルダーグリーンドラゴンよりも」

 ラーデントがカイロードにどんな感情を抱いているのかは知らないが、取り敢えずもっと誇るべきだ。

 何せカイロードは、僕に武人としての負けを認めさせた。

 切り札を切らずに同じ土俵で戦えば、数合、或いは数十合粘れたとしても、決して及ばずに斬られただろう相手なのだから。


 と言うよりも、不本意な勝ちの拾い方をしてまで、漸く戦いを終わらせた僕が何故こんなに気遣わねばならぬのか。

「あんまり下らないこと言ってると、そろそろ怒るよ。必死になって戦って勝ちを拾ったのに『自分が間違ってたから負けたのか』とか横でグダグダ言われる僕の気持ち考えた? 他人の感情考えてないってそう言うとこだよ!」

 割と腹が立って来た。

 怒り出した僕にラーデントは目を丸くして、と言っても元から丸い眼窩だけれど、大慌てでワタワタと何かを考えて、そして最終的には平身低頭、誠心誠意の謝罪を行う。



 これがヒルブルクを襲った死人の群れ襲来の、何万、何十万の犠牲を出した大事件の結末だ。

 締まらないにも程がある。





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