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 大気から感じる力が驚くほどに濃密だ。

 眼下に一望出来る範囲には何処までも木々が広がっていて、更に軽く小山程はありそうな大樹が七本程、円を描く様に点在する。

 いやそれよりも目立つのがその七本の中央に生えた、実際に軽く雲に届いている山の様な巨大樹だろう。

 それはあまりに雄大で、仙道の端くれである僕だって、普通にそれを目の当たりにすれば感動に身を震わせたかもしれない。

 何せ僕の生まれ育った世界では、ここまで大きく力強い樹木は、決してお目に掛かれなかったから。


 しかし残念ながら、今の僕の身を震わせるのは感動ではなく、放り出された超高空の冷たい空気と、落下による空気抵抗の強風だ。

 そう、今の僕は眼下の大樹海に対して落下している真っ最中だったのだ。

「あ゛ぁ゛っ、もうっ、師匠! どうせ飛ばすならちゃんと地面に飛ばしてよっ! 折角の異世界だったのに!」

 風の抵抗に負けない様に大声で怒鳴るが、徒労だ。

 どうせ元の世界に残った師匠に僕の声は届かない。


 ああ、今行われたのは紛う事なき異世界転移である。

『今から異世界に送るね』

 そう言われた時は耳を疑ったが、師匠の言う事だからと信じ、そしてその響きにワクワクとした。

 そんな単純な半刻前の僕を殴りたい。

 これは『修行』だとも師匠は言って居たのだから、こうなる事位は考えて予測するべき……、否、やっぱり無理かな。


 しかも僕の危機は単なる高所からの落下だけに留まらなかった。

 何やら巨大樹の天辺から、怪獣映画にでも出て来そうなサイズの、翼の生えた蜥蜴が大口を開いてこちらに向かって飛んで来てる。

 もしかしなくてもあれは西洋竜、所謂ドラゴンと言う奴じゃないだろうか?

 あの大きく開いた口は、多分僕をごくりと飲み込む心算なんだと思う。


 重なる危機、放り込まれたハードな状況に、最早溜息すら出ない。

 けれどもこれは、良く考えればチャンスでもあった。

 マイナスにマイナスを掛け算するとプラスに転じると言った、半ば無理矢理なチャンスではあるけれど、死中に活路が確かに見えるのだ。

 右手で刀印を作って振るい、仙術を一つ発動させる。


―木行を以って強き風を為す。吹け―


 以前にも女道士に対して使った、五行のうちの木行を用いた基本的な仙術。

 あの時は彼女をビルの屋上から放り出したが、今回風が運ぶのは僕自身の身体だ。

 軽身功で重さを極限まで減らした僕の身は、風を受けて落下速度が急速に減じた。


 バクンと、眼前で竜の顎門が閉じる。

 僕が急速に落下速度を緩めた為、竜が目測を見誤ったのだ。

 一体何故、竜が僕を食べようとしたのかはわからない。

 単に食べようとしただけなのか、或いは僕がこの竜の領域を侵してしまっているのか、それとも他に理由があるのか。

 でもそれを知る術はないし、どんな理由があったとしても先に言葉でなく殺意を向けられた以上、この竜は僕の敵となった。

 もしも僕が竜に食べられて死んだなら、師匠は怒り、嘆き悲しむ。

 そしてその怒りは不甲斐無い僕じゃなく、僕の実力を見誤った師匠自身に向くだろう。

 そんな思いを、師匠にさせる訳には勿論いかない。


 それに僕には、これからこの世界でやらねばならない事が幾つもあるのだ。



 だからこそ僕は、大きく腕を振り被り、普段は自分の中に仕舞ってある武器を抜く。

 久陽の家に伝わっていた、僕が妖物から生き残る為に使い、全てを吸われて死に掛けた、師匠と出会って仙人となる切っ掛けの宝貝。

 顕れたのは、刀身が眉の形をしているが故に、眉尖刀と呼ばれる大刀の一種だ。

 日本では薙刀の名称で知られている長柄の武器である。

 しかし宝貝と言っても、この眉尖刀『破山』には、然程に特別な異能の力は備わっていない。

 仙人の宝と言われて思い描く様な、炎や氷を巻き起こしたり、どんな物でも絶対に切断すると言った超常の力がある訳ではなかった。


 けれどもそれでも、破山はとても強力な武器だ。

 何故ならこの眉尖刀は、長い柄も刀身も、全てが神珍鉄で出来ている。

 神珍鉄と言われてもピンと来ないとは思うけれど、『西遊記』の主人公である悟空の武器、如意棒の素材と言えばその凄さがわかって貰えるかも知れない。

 その特徴は、尋常ならざる重さと頑丈さ。

 正確な重量は僕も知らないが、破山の重量は軽く数トンは、或いはそれ以上にあるだろう。

 当然ながら武器として扱うどころか、普通は人間が持てる重量ではない。

 だからこそ久陽の家でも、誰も扱えずに置物にされていたのだから。


 ただ当時十歳の子供でしかなかった僕がこれを用いて妖物を滅した事からもわかるように、破山自身が所持者と認めた者はその重量を全く問題とせずに扱える様になる。

 扱えるだけの剛力を得る訳じゃなく、ただ重さの影響を受けない。

 実に地味だが、それでも途轍もなく強力な武器だ。

 何せ所有者は重さを感じず軽々と振るうが、実際には超重量の一撃なのだから。

 更に破山には所有者の身の内に仕舞い込み、意思一つで出し入れが可能と言う、これまた便利な力が備わっていた。

 故に真の達人が破山の所有者になったなら、全く無手の状態から唐突に現れる超重量の武器の一撃が、文字通りに山を破る事すら可能な威力を発揮する。


 僕は真の達人にはまだまだ程遠い存在だけれど、それでも振るった一撃は見た目からは想像も付かない破壊力を発揮して、眼前の竜の鼻面を叩く。

 刃による斬撃でなく、柄による打撃を選んだのは、行き成りの殺生を避ける為もあったが、半ば以上は僕自身の都合だ。

 莫大な質量で顔を殴られた竜は、物凄い悲鳴を上げながら地上へと落下して行き、僕はその反動で落下の勢いを完全に止めた。

 これが斬撃だったなら、竜は真っ二つとなったかも知れないが、僕の落下も止まらなかった筈。


 仙人ならば空を飛べ、雲に乗れと言われるかも知れないが、確かにそれはそうなのだけれど、それには後何百年かは修行を積む必要があるだろう。

 師匠が熱心に教えてくれれば百年か二百年で、自力で修得するなら五百年は、僕の才能だと時間を必要とする。


 確かに命は狙われたけれど、御蔭で無傷に降りれる目処も立ったのだから、竜とはこれで手打ちにしよう。

 まあ相手は仮にも竜なのだから、墜落位じゃ死なない筈だ。

 僕は軽身功と風の仙術を二度、三度と駆使して、竜が飛び立った場所、巨大樹の天辺に降り立った。




 大地にではないけれど足場を確保し、安堵の息を吐いた僕が思い返すのは、この世界にやって来る事になった経緯である。




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