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火災旋風こと、炎竜を突き破って飛び込んで来た攻撃の正体は、飛ぶ斬撃。
本来ならば人体どころか鉄の鎧ごとそれを切り裂く威力を秘めたであろう斬撃も、流石に炎の竜巻を突き破ったとなると大きく威力を減じてる。
故に咄嗟には回避も出来ずに身で受けたが、その結果は道士服を切り裂いて、僕の胸を浅く傷付けたのみ。
まぁ僕の道士服は下手な鉄の鎧なんぞよりもずっと頑丈である事を考えたなら、……少しばかり驚きだ。
切り裂かれ、尚且つ僕が維持を止めたから、霧散して行く炎の竜巻。
だがそれを生んでいた、またそれによって生み出された、火気までが霧散した訳では決してない。
―火行に命ず。吹き荒れろ! 荒れ狂え!―
僕は気合を込めて胸の傷を塞ぐと、両手を振って炎を喚ぶ。
狙うは先程の斬撃を放った、一本の剣を携えた人影。
たった一人を狙うにしては、大袈裟過ぎる炎の嵐が、巻き起こりその人影を飲み込む……かに見えた。
けれどもその瞬間に人影が、剣士が行ったのは縦、横に交互に三回ずつ、手にした剣を振ったのみ。
だがそれだけで炎の嵐は一部が切られ、千切られ、掻き消える。
完全に達人の剣技だった。
僕も武には高い比重を置き、仙人だからこそ捻出が可能な莫大な時間をかけて鍛えているが、同じ真似はとても出来ない。
無論破山を振えばその質量で炎の嵐位は吹き飛ばせるが、そう言うのとは質が違うのだ。
そしてその剣士は、滑らかに動いてはいるし、こちらの世界の服を身に付けてはいるが、紛れもなく僵尸だった。
もしかすれば飛僵にまで達してるのかも知れないが、いやいや、そう言う問題ではなく厄介なのはあの技量で、それは生前に身に付けた物だろう。
どこで見付けたんだこんな技を持った遺体。
思わず内心で、そうぼやく。
まあそうそう転がってる代物じゃないだろうから、想像は難しくないのだけれども。
兎に角、間違いなく緑青仙の弟子が持つ切り札はこの僵尸だ。
どろりと剣を持つ僵尸の影から闇が浸み出して、それが二つの人の形を取る。
その一つはローブを纏った骸骨で、もう一つは僕と似た様な道士服を身に纏う、足元にも届く真っ黒な長い髪の女。
漸く姿を見せた、死の王とやらと、緑青仙の弟子だった。
「五悪仙の弟子の一人とお見受けするわ。如何かしら?」
女が問う。
顔見知りの仙人ではなかったし、あちら程に一目で門派がわかる程に特徴的な戦い方もしていないから、僕に名乗って欲しいのだろう。
確かに五行を得意とするのは僕の師である瑛花仙だが、孔狼仙の門派だって良く使う。
「是なり、僕は瑛花仙が唯一人の弟子、久陽・明」
僕は緑青仙の弟子に対して名乗りを行う。
呪法の使い手に、名を知られるのはあまり良く無い事であるのは、割と知られた話である。
しかしだからこそ、僕等は割と気軽に名乗るのだ。
何故なら当たり前の様に名を知って類の使う呪法に対する備えはしているし、寧ろ迂闊に手を出してくれるなら相手をするまでもなく自滅してくれるから。
「……そう、私は緑青仙の弟子、白黒仙。退いては、戴けないのかしら?」
女、白黒仙の言葉に、一歩剣を持った僵尸が前に出る。
でもそれに待ったを掛けたのは、驚いた事に傍らの死の王だ。
「待たれよ友よ。汝と同じ異邦の者に、少し問いたい事がある。何故、邪魔をする? 汝等の目的は我と同じ魔王であろう。何故異邦の者までが、我を拒み、邪魔をするのだ?」
その声はとても虚ろだけれど、何処か悲痛な響きを含んでた。
何故、との問い掛けに、僕はほんの少しだけ考える。
さて、一体何故だろうか。
割と答えは直ぐに出た。
あぁ、うん、そりゃあそうだって、答えだ。
「何故って、それは勿論気に食わないから。それがわからないから、貴方は拒まれ、排斥され、挙句の果てに封印されたんだよ。ラーデント・バルネット」
恐らくきっと、死の王、ラーデント・バルネットは賢過ぎたのだろう。
だから効率の良さを考えて、それが正しいと思って行動して、否定されるなんて思わなくて躍起になって、そんな風になってしまった。
傍らの白黒仙が睨んで来るが、僕は意に介さない。
だって問答をしたいと言ったのは、死の王からなのだから。
「知人が死ぬのも、知人がアンデッドになってうろつくのも、当たり前だけど嫌なんだよ。魔王が滅んでも皆がアンデッドで、この世界の何を楽しめって言うのさ」
そりゃあ凄腕の死霊魔法使いで、自分が死んだ際にアンデッドとして蘇るほどのラーデントなら、寧ろわからなくて当然かも知れない。
アンデッドを怖がる理由がないし、アンデッドへの忌避感もないだろう。
緑青仙の弟子である白黒仙もそれは同じで、だからこそ二人の間には確かな友誼がある風に見えた。
でも普通は死にたくないし、知人に死んでほしくないし、死んだ姿で出歩きたくないし、死んだ姿で出歩いて欲しくないのだ。
後はまぁ、
「そもそも南の魔王は僕が倒す心算だから、こんな風に邪魔をされると迷惑でしかないよ」
単純に魔王討伐の手柄を譲りたくないってのも小さくはなかった。
因みに別に北の魔王を倒すであろう双覇仙の弟子に比べて、緑青仙の弟子を低く見てる訳ではない。
行動だけ見れば双覇仙の弟子には魔王を譲り、白黒仙とは戦う事を選ぶのだからそう思われるかも知れないが、基本的に今回送り込まれた五悪仙の弟子は全員が同格だろうと思ってる。
例え今は敵であってもその辺りの誤解はされたくないので、決して緑青仙の門派を甘く見てる訳では無い事だけはちゃんと伝えておく。
では何故双覇仙の弟子とだけは敵対を避けるのかと言えば、
「だって双覇仙の門派は、例え僕が勝っても、向こうが勝つまで何十回でも挑まれるだろうし……」
多分性格的に面倒臭いからだ。
勿論周辺被害が皆無であろう事も決して小さくはないのだが。
双覇仙の弟子の相手が面倒臭いであろう事に、白黒仙も同意の表情を浮かべた所で、そろそろ戦いを再開しよう。
死の王は僕の言葉に付いて考え込んでるが、どうせ彼や白黒仙が真正面に出て戦う訳ではない。
ひょっとしたら魔法や仙術での援護位は行うかも知れないが、主に戦うのは眼前の、剣を持った僵尸だろう。
炎が吹き荒れた影響か、今この地には良い風が吹いている。
「だからその僵尸は壊すよ。残念ながら加減出来る相手じゃないから、もしそれが大事なら引っ込めてね」
僕は久しぶりに破山、己が身の内に封じていた宝貝を抜き放ち、彼等に対してそう告げた。
この僵尸は、白黒仙にとっては得難い一体だろう。
彼女が師である緑青仙と同じ気質であるならば、芸術家でありコレクターでもあるから、貴重な素体を使った己が作品を失いたくはない筈だ。
そしてもしかすれば、それにも増してラーデント・バルネットはこの剣士を失いたくないと思ってるかも知れなかった。
何故なら恐らく、この剣士の正体は、己ごと死の王を封印した神聖騎士の成れの果てだから。
自らを封印した憎い敵であり、長い時間を封印の中で共に過ごした相手にラーデントが抱く感情は、僕には少しも想像出来ない。




