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ヒルブルクの各方面軍が、首都への道をこじ開ける為の戦いが始まった。
戦いはアンデッドが陽光を苦手とするので、日の出と共に開始される。
アンデッドの大量発生以来、昼間は曇りが多かったが、今日は絶対に晴天だ。
何故なら今日、この日だけはと天候への干渉を僕が必死に防いだから、本来の天候である晴天が訪れる。
各方面軍が攻め入るのは北東、北西、南からの三方向。
即ち生門、開門、景門の三方向だ。
最初の攻撃は生門、北東から行われ、次に開門、北西の攻撃が始まり、最後に景門、南側の戦力を全て集めた最も強力な軍が攻め上がる。
だが恐らく南側の軍は、最も強力に敵の抵抗を受ける事にもなるだろう。
何故なら緑青仙の弟子や死の王が身を隠してる場所が、南東か南西のどちらかの筈だから。
故に南の軍には僕が同行し、緑青仙の弟子や死の王が出て来たならばそれを討つ。
北東には幸歌仙が向かい、ある程度戦ったなら撤退する予定の北東軍が無事に退ける様に支援を行う。
そして本命は、神聖騎士の二人が首都軍と共に出撃する北西だった。
攻め入る北西軍と出迎えに向かう首都軍、更に神聖騎士の二人の力を加えて道を、文字通りに門を開く。
この世界が死者の世界になるかどうか、そんな運命が掛かった戦いなのだ。
ならばやはり、この世界に生きる者達の力で運命を切り開いて貰う方が面白い。
それを阻害する要因は、僕が引き付けて排除する。
僕は緑青仙の弟子を見ているし、同じく向こうも僕を見てるだろう。
だから多分決着は今日付く。
冒険者や各国の援軍も集まって来ているから、首都へのルートを開いて、首都の人間が丸ごとアンデッドになる事態を防げたならば、後は掃討戦に移れるのだ。
僕が負け、北西軍、首都軍、神聖騎士達も道を切り開く事に失敗し、首都の人間が全てアンデッドに成ってしまったその場合は、各国の援軍も冒険者も纏めてアンデッドの仲間入りをする羽目になるだろうけれども。
まぁ、そう、きっと何とかなるだろう。
さて、では大戦の始まりだ。
戦場に怒号は飛ぶが悲鳴は飛ばない。
何故なら現状で優勢なのは南のヒルブルク軍で、対するアンデッド軍は死者の群れゆえに悲鳴等上げないからだ。
まぁ当然の展開である。
序盤から劣勢を強いられるようなら、そもそも勝ち目がない。
生者と死者が戦うのを見ながら、僕は仙術の準備に入る。
仙術を衆目に晒すまいと隠してる余裕はないし、また隠す必要も今は特になかった。
首都であるバシュータへの出入りを幾度となく繰り返した僕は、特別な秘術を習得した魔法使いとして周囲に認識されているから、派手に術を使って見せねば寧ろ手を抜いていると思われてしまうだろう。
とは言え僕にとっての本番は緑青仙の弟子や死の王、或いは温存されてる精鋭が出て来てからだから、序盤は少しでも消耗は抑えたい。
だからまぁ、用意はしっかりとして来てる。
合図を出せば、兵士達が木材を満載した十台の馬車に油をぶちまけて火を点けた。
勿論馬は既に切り離してるし、何より馬車の配置は僕を取り囲むように円形だ。
大きく燃え盛る炎に囲まれて、僕は仙術の行使を開始した。
―火行に命ず。燃え盛れ。大火と為れ!―
まずは大きく、炎を育てる。
例え油の効果だとしてもあり得ない程の大きな炎がそれぞれの馬車から吹き上がり、繋がって一つの大火となった。
僕が術を使い出したら即座に逃げろと命じてるから見てる者は居ないだろうが、仮に外から見たとすれば、僕は炎の中に呑まれたように見えるだろう。
―火行を以って竜を成す。渦巻け!―
僕が大きく手を振ると、大火はグルグルと回転を始め、自らが起こした風を喰らって巨大な竜、炎で出来た竜巻となる。
要するに火災旋風、山火事や大規模な都市火災で時折起きる炎の竜巻を、仙術で無理矢理に拵えたのだ。
火災旋風の術と呼ぶとあまりに情緒がなさ過ぎるので、僕はこれを炎竜の術と呼んでいた。
そして僕と共に動き出す炎の竜巻は、ヒルブルク軍が出す戦いの物音に寄って来たアンデッドの援軍を飲み込みながら戦場を荒れ狂う。
火災旋風もとい炎竜の威力は凄まじく、アンデッドの群れを飲み込んでは灰へと変える。
アンデッドを燃やして得た火気を維持に回すから、僕の消耗も比較的少なくて済む。
……とまぁそこだけ見れば高威力かつ低コストの素晴らしい仙術に思えるが、実はこの術にも欠点はあるのだ。
その一つは、僕が中央で維持しながら動く為、炎竜を展開してる間は維持と移動以外の行動が一切取れなくなってしまう。
更にもう一つは、周囲で炎が渦巻いているのだから、当然暑い。
熱いじゃなくて暑いで済む辺りは仙人たるからこそだが、でも暑い。
因みに息を吸ったら肺を焼く熱気だが、この術を使い始めた瞬間から僕はずっと息を吐いてる。
恐らく軽く一時間以上は、僕は炎の竜巻の中で戦場を駆けていただろう。
屠ったアンデッドが何体に及ぶかはわからない。
だからこそ僕は、渦巻く炎を切り裂いてその攻撃が飛んで来た時、脅威だと警戒するよりも先に、強い喜びを感じてしまった。
漸くこの苦行が終わると、もうこれでこの炎の竜巻を維持し続けなくても良いのだと、そんな風に。




