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ヒルブルクへと辿り着いた僕と冒険者達は、現地の冒険者ギルドで状況の説明を受けた。
現在死者の群れに襲われているのはヒルブルクの中央部で、既に四つの大きな町が陥落し、首都であるバシュータのみが城壁に籠って何とか持ちこたえている状態だとか。
中央の守備軍である第一軍を除く二~九軍の、つまり北、北東、東、南東、南、南西、西、北西を守る八つの軍が八方から攻撃を加えて何とか突破を図っているが、アンデッドの数の多さに何処も攻めあぐねているらしい。
そんな状況で冒険者達に与えられる役割は、何時もと変わらぬモンスターの駆除だ。
と言っても勿論そのモンスターとはアンデッドの事だった。
ゾンビやスケルトン、ワイト等の元よりこの世界で知られたアンデッドには、生前は持たなかった核が体内に生じている。
瘴気、ミアズマが固まった物だとも、肉体に死霊魔法で込められた悪しき魂だとも言われる核だが、これを失えばアンデッドの活動は停止するそうだ。
ヒルブルクの冒険者ギルドは、冒険者がこの核をギルドに持ち込めば特別価格での買い取りを行っているらしい。
つまりは、そう、冒険者にアンデッドの間引きを行わせる為の措置だった。
我が強い冒険者は、多数が乱れず動かねばならない軍に組み込むには不安要素になりかねない。
故に冒険者ギルドは最も慣れた形で冒険者を運用しようとしているのだ。
確かにこれならやる事は明白で冒険者の実力も発揮し易いから、彼等も大人しく従うだろう。
またアンデッド軍には新しいタイプのアンデッドも混じり、そのアンデッドは核を持たず、生半可な剣は受け付けないので、炎の魔法を扱えなければ交戦は避ける様に推奨されていた。
どうやら僵尸の事らしいが、報酬は倒した僵尸を丸ごと判別出来る形で持ち込まれた場合にのみ支払われるそうだ。
ヒルブルクの国軍が首都であるバシュータの解放に対して行う助力としては、冒険者ギルドが取った措置は精一杯の物なのだろう。
けれども多分、そのやり方では討伐は間に合わない。
ただでさえ四つの大きな町が陥落し、恐らくはその周辺の村々もアンデッドの群れに潰された。
これは単に人が殺されたって話じゃなく、新たにアンデッドが数を増やしたって事である。
西方で最も栄えた国であるヒルブルクは、当然ながら人口も多い。
数万、或いは数十万の数のアンデッドが増えている可能性があるのだ。
ましてや首都であるバシュータまでもが陥落したなら、死者の群れは手の付けられない数になるだろう。
この状況でちまちまと末端を叩くのは、決して無駄ではないが良い手ではかった。
敵の増加速度に押し負ける可能性の方がずっと高い。
少なくとも僕だけでもバシュータの陥落を防いだり、元凶である緑青仙の弟子や、死の王とやらを討ちに動くべきなのだ。
当然その動きは、敵も警戒して備えているだろう事は承知の上でも。
僕が動く事を緑青仙の弟子が予想してないなんて、そんな甘い期待は出来ない。
だから先ずは、何とか敵の防衛線を抜け、首都のバシュータへと辿り着いてみよう。
何故なら合流予定の幸歌仙も、一足先にバシュータで僕を待ってる筈だった。
何でも追手の神聖騎士をこの戦いに放り込む為、敢えて逃げ場がなくなりつつある首都へと相手を誘い込んだらしい。
東方から西方まで、大陸の半周分を追って来る程にしつこい神聖騎士でも、流石にこの状況ではアンデッドとの戦いを優先せざるを得ないだろう。
以前とは比べ物にならない位、大胆な手を使う様になっていて、少し驚く。
あのエルフとゴブリン、オーク、オーガ、トロールの連合軍が戦った時、背後に居たのが今の幸歌仙だったなら、果たして僕は無事に勝利出来ていただろうか。
幸歌仙と同程度の成長を、あの時から比べて、果たして僕も出来ているだろうか。
そんな事を考えながら、僕は冒険者達と別れて単独行動を開始する。
隠形の術を強めに掛け直し、僕はヒルブルクの首都、バシュータを目指して地を駆ける。
あぁ、確かに死者の数が多い。
ゾンビとスケルトンは溢れかえる様で、それ等よりも上位にあたるらしいワイトも結構な数が居た。
極稀にだが首のない鎧騎士が混じっているけれど、アレはアンデッドナイトと呼ばれるかなり強いアンデッドだそうだ。
勿論僵尸の姿も時折見掛ける。
どれも初期段階のぎこちない動きしか取れない僵尸ばかりだが、ワイトよりは少なく、アンデッドナイトよりは多い。
幸い、ゴーストやレイスと言った、ファンタジーで出て来る霊体のアンデッドは見かけなかった。
この世界のアンデッドは物理的に核を体内に持つと言うし、霊体のアンデッドは存在しない、或いは使役できないのかも知れない。
もしそれ等が居たならば、敵陣踏破は決して容易でなかっただろう。
少し観察してみたが、基本的にアンデッド達の感覚は人間に準じている様だった。
視覚や聴覚で発見し、近付いて匂いを嗅ぎ、死臭を感じれば仲間と判断する。
腐った死体としか言い様のないゾンビに嗅覚があるのは、ただれた肉で鼻が詰まらないのかとか、自分の腐臭で嗅覚が麻痺しないのかとか、気になる点は多々あるけれどそれでもスケルトンよりはマシだろう。
何せスケルトンは骨しかないのに、目が見える。
いや、あれは目じゃなく単なる穴、眼窩だろうと思うのだけれど、どう見ても完全に視覚があるとしか思えない動きをするのだ。
けれども感覚が人間に準じるならば、僕の隠形は問題なく効果を発揮した。
確かにアンデッドの数は多いが、かと言ってびっしりと地を埋め尽くして整列してる訳でもないのだから、徘徊する合間を縫って前に進む事は決して難しい事じゃ無い。
また僵尸は他のアンデッドと違い、視覚は弱く、極端に鼻が利く性質がある。
呼吸を止めれば僵尸から隠れられると言われるのは、口から洩れる吐息の匂いで相手の位置を特定出来る程の、嗅覚の鋭さが所以だ。
しかし実際には呼吸を止めた所で、体臭が消せなければ僵尸の嗅覚から逃れる事は出来ない。
ただそれは常人ならばの話であって、仙人である僕は代謝をある程度自由に出来る。
ヒルブルクへの旅の間、他の冒険者に不審に思われるのは覚悟の上で、僕は飲食を一切行わなかった。
匂いの元を全て体外に排出し、代謝もほぼ止めてしまえば、彷徨う僵尸の鼻では僕を見つけ出す事は不可能だ。
尤もそれも飛僵の様に上位の僵尸や、或いは緑青仙の弟子が直接操作してる個体は別になるから、最終的には僵尸との戦いは避けられないだろう。
だが単に警戒網を抜けるだけなら、そう、一昼夜も駆け続ければヒルブルクの首都、バシュータまでは充分に辿り着けた。




