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「おいテメェら。今回御情けで昇格した連中はちゃんと俺の言う事に従えよ。何せ俺はちゃんと実力で……はぶっ!?」
こんな事態だと言うのに集合場所でいきなり喧嘩を売って来た馬鹿を沈めたら、その後全員からアンタッチャブルな扱いを受ける様になった。
王都から来た冒険者に至っては、最初から目を合わそうともしないので実に気楽だ。
以前の僕なら穏便な対応から入っただろうが、僕は王都で『冒険者相手は舐められない様に殴った方が早い』と学んでる。
ただ縮地からのアッパーで沈めた犬人の冒険者も、一瞬遅れて防御姿勢は取ろうとしたので、やはり星四ランク冒険者は実力だけは割と優秀だと思う。
まぁ結局防御は全然間に合わなかったけれども。
さて、現在死者の群れに攻められているヒルブルクは、イル・ファーン国から西に三つ小国を跨いだ先にある。
どれも本当に小さな国ばかりで、中でも一番小さな国は、所領が一つの町と周辺の村々しかない位の規模だ。
なのでイル・ファーンの国境からヒルブルクまでは、馬車で五日か六日程度の旅になるらしい。
自分の足で駆けて行く方がずっと手っ取り早いが、ヒルブルクには先遣隊として纏まって入る必要があるのだとか。
入国後は定期的な報告さえ欠かさなければ自由に動いて良いそうなので、少しばかりの我慢である。
幸歌仙はやはりヒルブルクに居たそうで、例の鳥で送られてきた手紙では、現地で僕と合流する心算らしい。
未だに神聖騎士には追われてるそうだが、この騒ぎで逃げ隠れは寧ろ容易になったと言う。
そして幸歌仙からの手紙によれば、ヒルブルクを襲っているのはゾンビやスケルトンと言った如何にもファンタジーな死人の他、僵尸が混じって居るそうだ。
あぁ、やっぱり緑青仙の弟子絡みだった。
恐らくミネットが言ってた復活した噂される死の王と、緑青仙の弟子は協力関係にある。
いや寧ろ、その死の王を復活させたのも多分緑青仙の弟子だろう。
死の王、ラーデント・バルネットは三百年程の昔に、賢者の国と言われるザーロックで狂人として処刑された人物だ。
ラーデントは魔族の侵攻に苦戦する状況を憂い、魔族と戦う兵士の不足を、死霊魔法を使って解決する事を主張したらしい。
即ち過去に命を落とした戦士達をアンデッドにし、今も魔族と戦う兵士達が死んでもアンデッドにしたならば、人類の戦力は今の十倍以上になると。
当然ながらその言葉に耳を貸す者は居なかったが、ラーデントは諦めずに腕の立つ戦士を金で集めては殺し、戦闘能力の高いアンデッドを生み出す研究に没頭したと言う。
結局その研究が露見してラーデントは処刑されるのだが、彼は狂ってはいても天才だった。
否、狂っているからこそ天才の領域に足を踏み入れていたのだろう。
ラーデントは首を刎ねられる瞬間に、生と死の狭間に、自らを死霊魔法でアンデッドと化す。
己自身を、己の研究の最大の成果と成したのだ。
三百年前の西方諸国を恐怖に陥れた、死の王の誕生である。
切られようが焼かれようが死を超越したラーデントが滅びる事はなく、最終的にはとある神聖騎士の手で諸共に封印されるまで、死の王は西方で死者を増やし続けたと言う。
そんな存在を知ったなら、緑青仙の弟子が探さない筈がないし、見付けて仕舞えば封印を解かない筈がない。
予想ばかりになってしまうが、多分封印はかなり早い段階で、多分一回目の評価が下される前には解かれていた。
それから後は死の王と緑青仙の弟子は、技術、術理の交換を行いながら、手駒となる死者を少しずつ増やしていたのだろう。
だからこそ大きな動きが見られないのに、五悪仙の評価は高かったのだ。
そして今回この大きな動きに出たのは、一つは死の王がそれを望んだからかも知れない。
しかしそれ以上に大きな理由として、五悪仙から弟子達に、魔族及び魔王の打倒指示が下ったからである。
つまり今回ヒルブルクが襲われているのは、魔族や魔王にぶつける戦力を増やす為、人が多い場所を襲って効率良くアンデッドを増やそうとしているからだった。
勿論その動きは、ヒルブルクだけでは終わらない。
次はイル・ファーン国を含めた西方全土中に死者の群れが広がって、南方と北方を飲み込んで、それから南北の魔王の待つ島へと攻め上がる。
だとすれば人が生き残るのは、通り道にない東方位になるだろう。
大樹海に手を出せば五悪仙と守護獣の間に交わされた約定違反となるが、逆に言えばそれ以外は好きにしても良いのだ。
己の欲に従い、師に従い、約定は守り、己の盟友の望みも叶える。
緑青仙の弟子の行動は、邪仙としては何一つ間違ってはいない。
けれどもイル・ファーン国の一部の人間を不幸にしたくないと思う僕に、今回の件は決して傍観、放置は出来なかった。
僕はラーセン氏やルエーリアがアンデッドになる所は見たくないし、アンデッドだらけの世界は面白くもない。
それに北の魔王は兎も角、南の魔王は僕が倒す予定なのだ。
邪仙二人がお互いに譲れないなら、どちらが我を通すかは武力で決めるしかないだろう。
幸歌仙にも協力を要請するとしても、勝てるかどうかは……、まぁ向こうがこの半年で用意した戦力次第である。
尤も半年と言う準備時間は、緑青仙の門派の特性を考えれば非常に怖い。
戦力となるアンデッドの数を揃えているだろうって事も勿論あるが、それ以上に僵尸と言うのは時間が経てば経つ程に強くなるのだ。
成り立ての僵尸は、死後硬直の様に身体がガチガチに固まっており、動きは鈍くてぎこちない。
なので比較的、多分冒険者達でもそれなりに倒せる筈である。
但し力はとても強く、肉体も鋼の様に固いので、剣や弓等の単純な物理攻撃で倒すのは厳しいだろう。
また視力は弱いが鼻が利くので、隠れ潜んでの奇襲等も通じ難いのが僵尸だ。
でも僵尸の本当の怖さは成長してから発揮され、先ずは時が経つにつれて弱点だった動きの鈍さが、滑らかになり解消される。
この時点で生前に武術等を習得していた個体はそれを自在に扱い出す。
武器の使用も可能になるから、既に成り立ての僵尸とは比べ物にならない位に危険な存在だ。
それから更に時を重ねれば、空を飛ぶ通力を身に付けて飛僵と呼ばれる様になり、最終的には仙術を使用する僵尸も居ると言う。
あぁ、今更過ぎて言い忘れたが、全体的にどの段階からでも僵尸の知能は生前と然して変わらない。
勿論仙術を使用出来るまでに至る僵尸は滅多に居らず、例えそうなる素質があったとしても、誕生には多くの犠牲と長い年月が必要となる。
この辺りは普通に妖物が仙人になるのと同じなのだ。
だから流石に今回の敵の中に仙術を使える僵尸は居ないだろうが、もしかすれば、最悪の場合は、飛僵までなら混じってる可能性はあった。
本来は飛僵になるのだってそれなりの年月が必要なのだが、この世界は異世界だ。
僵尸には満月に狂暴化すると言う性質があり、その力も月の光の影響を受ける。
そして非常に厄介な事に、これまではあまり気にしてこなかったが、この世界には月が三つもあった。
白、赤、青の三つの月が僵尸の成長にどんな影響があるのかは不明だが、元の世界より遅いと期待するのは、あまりに楽観的過ぎるだろう。
ましてや緑青仙の門派は死体繰りの専門なのだ。
僵尸の成長を早める位は、当たり前に行うだろう。
故にそれ等を考慮して、更に死の王が協力する事でも影響が出ると考えたなら、飛僵が何体か、……或いは何十体も敵軍に混じっていたとしても、決しておかしくはなかった。




