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こちらの世界にやって来て、丁度半年が経過した。
目を覚まして枕元を見れば、いつぞやと同じ様に紙が置いてある。
『孔狼8点。双覇6点。緑青10点。凜香7点。瑛花10点。合計41点。総計75点』
そう、二回目の評価だった。
前はこちらに来て一ヶ月やそこらだったから、随分と間が空いている。
……しかし、前回の評価もこの宿の、この部屋で受け取ったから、僕も随分と長く一ヵ所に留まっているなと、そう思う。
『二回目も一位だね。でも反省する所も多かったし、ミンもわかってると思うけど、最後のアレがなかったら順位は低かったよ。けど充分にやってるから、これからも異世界を楽しんで』
師匠からのメッセージがあるのも、前回と同様だ。
紙から漂う花の香りに、頬が緩むのが自分でもわかる。
裏面を見れば、
『孔狼の弟子0/0点。双覇の弟子35/57点。緑青の弟子34/64点。凜香の弟子35/52点』
皆が大きく評価を伸ばしていた。
……否、孔狼仙の弟子だけは別だけれど、何だかもう逆に凄い。
果たして生きてるんだろうか?
双覇仙の弟子は魔族相手に活躍してると聞いてるから、評価が高いのはわかる。
凜香仙の弟子、つまりは幸歌仙も魔剣の入手があったから評価が高くなったのだろう。
けれども相変わらず緑青仙の弟子だけは全く以って不明のままだ。
評価を見る限り、活動は活発な筈なのだけれど、少し不気味である。
そう言えば、幸歌仙に関しては西方に辿り着いたとの連絡が入った。
この国にやって来るのも、もうそんなに遠い事ではないだろう。
良いタイミングではある。
僕の事が、イル・ファーン国では大分知られる様になって来てしまって居たから、そろそろ離れる頃合いなのだ。
王都での、建国祭での一件や、王都のギルドマスターが色々と口を滑らしながら騒いでくれた御蔭で、僕は悪い意味で目立ってしまった。
目立ってチヤホヤされるのは嫌いじゃないが、勿論それは目立ち方にもよるし、それに付随する煩わしさは要らない。
要するに良い風に目立つのは構わないが、有名税は支払いたくないのだ。
物見高い貴族からの、結局は僕を見てみたいってだけの内容の薄い指名依頼はラジャールの冒険者ギルドで断って貰ってるが、積み重なると少しずつ鬱陶しくなって来る。
ラーセン氏も前回の依頼報告、狼人が守護獣の骸を守っていた事実等を知って以来、方々を駆け回って忙しく動いているから、あまり下らない事で手を煩わせたくもなかった。
まぁそれも後少しの話だと、努めて気にしない様にしていたある日の事だった。
ラジャールの冒険者ギルドに来ていた僕は、蒼褪めた顔のギルド職員、猫人のミネットに呼び止められて別室に案内された。
けれどもそこは普段案内されるラーセン氏の部屋ではなく別室だ。
不思議に思って首を傾げると、
「冒険者ギルドからの指名依頼です。断る権利はありますが、先ずは最初に内容を聞いて下さい。先日、西方で一番の大国であるヒルブルク国が、死者の群れに襲われ戦争状態に突入しました。現地では死の王が復活したと言われています」
ミネットはそんな風に話を切り出した。
ヒルブルクは西方諸国で一番栄えた国だと言われ、また西方の要であるとも言われる。
その理由となるのが、このローレンス大陸を東方から南方、南方から西方、西方から北方にと、回り込む様にぐるりと伸びた大街道だった。
大街道はローレンス大陸の動脈であり、全ての物の流れ、物流の中心となる物だろう。
その西方の大街道のほぼ全てを握っているのが、他ならぬヒルブルク国なのだ。
否、より正確な言い方をすれば、大街道沿いに在った国々がより良い物の流れを実現する為に合併を繰り返して出来上がったのがヒルブルク国である。
故にここの陥落は西方全体にとって、のみならず、ローレンス大陸全体にとって非常に拙い。
豊かな食糧産地でもある西方で収穫された余剰の産物は、まずヒルブルクに集められてから大街道を通って北方、南方へと運ばれて行く。
その対価として北方からは剣や槍等の武器のみならず、鍬や包丁等と種を問わず金属製品が流れて来て、南方からは干した魚や塩、更には東方から渡って来た陶器等がやって来る。
要するにヒルブルクは巨大な物資の集積地であり、集まった物資を各地に分配する機能を担っているのだ。
仮にヒルブルクが陥落すれば、各地の産業が大きなダメージを受け、更にはローレンス大陸全体が慢性的な食糧不足に陥るだろう、
よって西方諸国は、何としてもヒルブルクを守り通す必要があった。
「当ギルドのギルドマスター、ラーセンは現在王都での緊急会議に出席する為、王都に向かっている最中です。議題は冒険者による大規模な援軍の組織。ですがそれより先に、先遣隊を送る事が決まりました」
先に現地入りしてより詳しい状況の把握を行い、それを後からやって来る援軍にフィードバックする。
そうする事で援軍も到着してすぐに、よりスムーズに動けるだろう。
但し先遣隊は状況が不透明な危険地帯での活動が強いられる為、高い実力と判断力を持ち合わせてなければならない。
「先遣隊は星四ランクの冒険者となり、星四ランクの存在しない町のギルドは、最も実力のある冒険者を緊急措置として星四ランクに昇格させて送り出す事になります」
成る程。
つまり僕に、先遣隊としてヒルブルクに行って欲しいと言う話だった。
……他の星四冒険者と一緒に。
「はい、今までの経緯を考えると、クヨウさんがそんな顔をされるのもわかります。なのでギルドマスターからは、クヨウさんが昇格を拒むなら無理強いはするなと言われております。ラジャールの冒険者ギルドには他にも実力者が居ないと言う訳じゃありませんから」
でもどうやら、僕の反応は想定済みだったらしい。
またラーセン氏には気遣いをさせてしまってる。
しかしそれにしても、他の実力者か。
幾人か思い当たるが、残念ながら以前見た星四冒険者、虎人のスラークに比べると、判断力は兎も角として実力で近しい者は居なかった。
実力、判断力が共に足りるなら、今回の件はランク昇格の良いチャンスだから喜んで譲るのだけれど……、少し厳しそうだ。
「いや、受けるよ。ヒルブルクの事は気になるし。でもお気遣いは有難うございます」
僕がそう言えば、ミネットの表情が安堵に緩む。
やはり彼女も、他の冒険者が星四ランク相当の働きが出来るとは思ってなかったのだろう。
話せば気の良い奴は多いから、それだけにあまり無駄死にして欲しくもない。
それに死者の群れとの言葉を聞いて、思い当たる事も少しあった。
……後、現在地的に考えて、幸歌仙も丁度その騒ぎに巻き込まれてる可能性が高い。
「ではこれをお持ちください。特別な実力者に渡す、単独行動許可証です。連絡、報告の必要はありますが、これを持っていればずっと先遣隊と一緒に行動しなければならないと言う事はありません」
冒険者の中には少数で行動する事が前提の実力者も居る。
斥候としての能力に優れたる者もそうだし、逆に単独で戦わねば周囲を巻き込みかねない者もそうだ。
そう言った冒険者も纏めて集団に押し込めたなら、役立たずで済めば良いが、下手をすれば集団を崩壊させる要因にだってなるだろう。
故に単独行動許可証なんて物があるらしい。
勿論、単独行動を選べば他の冒険者の助けは受けられないが、まぁそれは何時もと変わらない事だった。




