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 上層部はある程度調査済みだと言うので、先に進む。

 建物内にも気配はないから、モンスターが潜んでいて後ろから奇襲を受ける恐れは、多分ない。

 更に下へと続く道は、一際大きな住居の後ろに在った。

 より正しく表現するなら、その住居が下に続く道を守る様に在ったと言うべきか。

 これは恐らく、長の家だろう。


 だとすれば、この先にあるのは居住区ではなく、貯蔵施設か、或いは祭儀場か。

 ……倉庫らしき建物は居住区内にあったから、祭儀場である可能性が高い。

 ならば次に疑問となるのは、どっちを祀っているのかだ。


 下に続く道を歩き続けて暫く、やはり大きな空間へと僕等は出る。

 ランタンの灯りに照らされて、村人が祈りを捧げたであろう広場と、限られた者しか立ち入れないのであろう聖域が姿を見せた。

 狼人達の聖域に在ったのは、壁面に描かれた大きな樹と、それを守る様に配置された木彫りの木像。

 あぁ、あの木像には見覚えがある。


「世界樹への信仰だね」

 そう、ここは、狼人達が、世界樹に祈りを捧げる場所だろう。

 あの木像と同じ物を、僕はエルフの集落で確かに見ていた。

 例えばあの亀の像は、世界樹の守護獣の一体、木々を破壊して樹海を進むも、彼の歩みの後には強い生命力が満ちて木々がにょきにょき生えて来ると言う、あの亀だ。


「へぇ、わかるんですね。クヨウさん、人間なのに世界樹信仰にお詳しいんですか?」

 ジャーネルが不思議そうに、首を傾げて僕に問うた、その時だった。


 ゴゥと、短くも強い咆哮が祭儀場の空間に響く。

 のたりと姿を見せたのは、牛の様な巨躯に三つの首を持つ狼。

「あ、あ、アイツです! アイツが調査隊を壊滅させたモンスター、バクバクです!!」

 悲鳴の様なジャーネルのその言葉に、僕は彼女の前に出る。


 違和感はあった。

 否、感じさせられたと言う方が正しいか。

 あぁ、このシチュエーションは、どう考えても聖域に踏み込んだ不埒な余所者を、守護者が誅しようとしてる風に感じてしまう。

 だってあのバクバクと呼ばれた三つ首の狼は、僕の知識ではケルベロスと呼ばれる存在で、ギリシャ辺りの神話では冥府の門番とされているから。

 けれどそれでも、向けられた敵意には対処するしかない。

 話し合う余地は、多分前回の調査隊がここに踏み込んだ時点で、既になかったのだろう。

 何故ならケルベロスの敵意は、僕よりも遥かに強く、ジャーネルに対して向いていたから。


 多分九割方ジャーネルは何かを僕に隠してて、襲われる理由も彼女側にある筈だ。

 ただそれでも、未だジャーネルが僕を裏切った訳ではない。




 襲い掛かって来ようとするケルベロスに対し、僕も自ら前に出た。

 と言うよりもジャーネルから距離を取った場所で戦わねば、彼女を狙う攻撃を防ぎ切れない可能性があるからだ。

 大きく間合いを踏み潰し、一呼吸でケルベロスの前に移動した僕は、その頭部の一つを拳で打ち上げる。

 しかしケルベロスは縮地でいきなり現れた僕に驚いた様子は見せたが、すかさず左右の頭が噛み付きによる反撃を行う。

 オークやオーガでも脳震盪を起こしてノックアウトするだろう衝撃を入れたのだけれど、全然効いてな……、あ、否、ちゃんと効いてた。


 噛み付きを飛び退って躱すと、更に左右の頭は口を大きく開き、炎のブレスを吐き付けて来る。

 但し僕の拳を受けた中央の頭だけはぐったりとしており、失神状態にある様だった。

 つまり彼等の意識はそれぞれの頭に一つずつあり、全てを同時に飛ばさねば無力化は難しいのだろう。

 実に厄介だ。


 殺してしまう方が手っ取り早いが、このケルベロス、どうにも世界樹関係な気がして仕方がない。

 穏便に解決した方が、エルドラは喜ぶだろうか。

 ただあまり派手に、ジャーネルの前で手札を晒すのも避けたかった。

 出来る事なら、単なる体術の達人程度に勘違いしてて欲しい。

 ……となれば手は一つか。


 炎のブレスを横飛びに避けて向き直れば、中央の頭が首を振って目を覚ましていた。

 ただその動きに、左右の頭がほんの少し気を取られる。

 同じ身体を共有していても、互いを心配する気持ちがあるのだろうか?

 でもそれは明確な隙だ。

 僕との距離がある事で、僅かに気を緩めたのだろう。

 一瞬で間合いを詰める術を持っている事は見せたのに、即座にはそれを理解し切れてはいないらしい。


 故に僕はもう一度縮地、即座に間合いをゼロにして、けれども今回は攻撃でなく、ただ両手をケルベロスの身体に触れる。

 けれどもそれは攻撃の為じゃなく、探る為。

 良かった。

 ケルベロスの身体を流れるエネルギー、……要するに気の経路から察するに、心臓はちゃんと一つである。

 もしも心臓まで三つあるなんて言われてたら、流石に殺す以外の手段が殆どない。


 気を探るのに使った時間は一瞬だ。

 それでも己の身体に触れられた状態を嫌がり、ケルベロスが首を振って僕を弾き飛ばそうとする。

 しかし、そう、これだけ近い距離に居て、尚且つ触れて気を読んでる状態ならば、その動きの全てを僕は把握できてしまう。

 僕はケルベロスの手に触れた手をぐるりと回して、首を動かそうと捩じる身体の動きを、力を、円運動に変換した。

 つまり今から行うのは、以前にバロー巨大牛のモンスターに使った投げ技、天地無用の横回転バージョンだ。


 ケルベロスは自らの生み出した渦を巻いて回転する力に、その身体をグルグルと時計回りに振り回されて宙を飛ぶ。

 そして天に腹を見せて地に落ちると共に、ケルベロスの腹の上に馬乗りになった僕は、心臓の真上に手を当てて、ズンと強く、深く衝撃を打ち込む。

 その途端にケルベロスはビクンと身体を震わせて、ぐたりと力を失った。



「殺したの?」

 遠くで見守っていたジャーネルが小走りに駆け寄って来て、僕に問う。

 先程の戦いの意味は、僕等の世界の武術を知らない人間が見ても、きっとあまり良くわからない。

 だからこその質問だった。


「心臓を止めたよ。息の根も止まった」

 だから僕は、そう答える。

 嘘は何一つとして言ってない。


「そう、それは良かった。じゃあ最後の場所に行こうか。やっと、やっと辿り着けるよ」

 でもそう言って笑うジャーネルの顔は、邪仙と呼ばれる僕が言えた話ではないが、とても邪で醜く見えて、僕と彼女の、冒険者と依頼人の関係が、そろそろ終わる予感を強く感じた。

 せめて調査隊の仇が取れたとか、口だけでも言ってくれたら、僕も罪悪感を覚えただろうに。

 ジャーネルの指が示すのは、壁面に書かれた大樹の根元に、小さく開いた奥へ続く道。

 真実は、その向こうに待っている。



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