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「もー、お気持ちはわかりますが、本来はとても名誉な事なんですよ」
ラジャールの冒険者ギルドで、職員の猫人、ミネットが困った様に、呆れた様に苦笑いを浮かべる。
建国祭のバロー狩りの際に素手で、それも八歳の少女、ルエーリアを抱きかかえたままでバローを仕留めた為、事の経緯を知った王都のギルドマスターが、謝罪と星四ランクへの昇格審査の為に王都に来て欲しいと言って来たのだ。
勿論お断りした。
王都のギルドマスターも竜人で、ラーセン氏から僕がエルドラの友人だと聞いて大層慌ててるらしいけれど、知った事ではない。
星三ランクでも充分に好きな様に振る舞えているし、唯一知る星四ランク冒険者の姿を思い浮かべても、全く魅力は感じなかった。
そもそも、何で謝られる為に僕が出向かねばならないのか。
謝られるべきは僕だけじゃなく、ルエーリアの一家もだろうとか不満は多いので、王都のギルドマスターへの評価も低い。
「別に必要無いかな。星四ランクは強かったけど、凄いって訳じゃなかったし……。それよりもミネットさん、この依頼、珍しいよね」
半ば話題を変える為、僕が指で示したのは一枚の依頼書。
その内容は、発見された遺跡の調査を護衛する事だった。
何が珍しいのかと言えば、まず遺跡の存在である。
遺跡と言うのは、誰かが造り、そして忘れ去られなければ存在しえない。
この地には昔から獣人が住み、それを統一してイル・ファーン国が興って今まで続くのだから、後者の忘れ去られるって条件が非常に難しいのだ。
でもそんな僕の問いに、ミネットはやはり困った顔で、
「そうですね。でも居たんですよ。今も別の地には居るけれど、この国には居ない、初代王に従わなかった種の獣人が」
僕にだけ聞こえる様、小さな声でそう言った。
例えば狼人、狐人、熊人、兎人等。
「兎人や熊人は、元々この地にはおらず、今も大樹海の中でのみ暮らしています。でも狼人は、他種の王を抱く事を良しとせず、初代王と激戦を繰り広げた末にこの地を追われました」
この地の獣人を統一したと言ってる王家に、従わなかった種が居ると言うのは、時が過ぎ去った今でもあまり外聞の良い話ではない。
ただ何百年前の話かは知らないが、その不都合な事実を未だにちゃんと伝えているのは、割と凄い事だ。
話の流れから察するに、その遺跡とは狼人が造り、彼等がこの国を追われた事で忘れ去られた物なのだろう。
「狼人の一部は、どうやら丘や地下に穴を掘って暮らしていたらしく、発見された遺跡は数百人規模の部族の住居だったと予測されています。……けど、その判断が下された初期調査の最中に、遺跡に住み付いていたモンスターの強襲を受けて調査隊に被害が出ました」
故に冒険者の護衛を求めたと言う訳か。
何故モンスターの殲滅でなく護衛を求めるかと言えば、遺跡に冒険者のみを送り込めば、好き勝手に破壊、荒らされて仕舞いかねないから。
まぁ仕方がない。
しかしそれは仕方ないにしても、
「でもそんな依頼、この報酬で受ける人居るの?」
提示された報酬は随分と安かった。
大昔の、神々が大勢世界に居た時代に滅びた王国の遺跡とかなら、残された財宝を夢見て、報酬等なくても遺跡に潜りたがる者は居るだろう。
けれども今回潜るのは、狼人が暮らした住居とわかっているから大した物はないだろうし、しかも調査の護衛なのだから勝手に遺跡内の物に手を付ける訳にも行かない。
尚且つ、何らかの危険があるかも知れないではなく、明確に人を襲う危険、モンスターが確認されているのだから、多分どんな冒険者でも割に合わないと考える。
「恐らく、余程の物好きでもない限り受けませんよね。一応依頼主の方にはこれで受ける冒険者はまず居ないとお伝えしたんですが、予算には限りがある上、怪我人や亡くなった調査隊の家族への保障も必要だからと仰られて……」
ない袖は振れぬと言う奴か。
余程の物好きと言う時、ミネットはチラリとこちらを見た。
まぁ確かに僕は物好きで、この依頼に乗り気である。
でも見透かされてるみたいで少し不満だ。
うぅん。
「募集枠は五人ね。……うん、僕は受けるけれど、他に受ける人居ないなら、五人分は働くから報酬は五人分貰えないかな?」
何だか悔しくて、別にお金に困ってる訳ではないけれど、少しごねてみる。
だがそんな僕の、少し無茶な発言にミネットは考え込んで、
「そうですね。それを決めるのは依頼人の方ですが、冒険者ギルドの方からクヨウさんが現在ラジャールで最も実力のある人物である事をお伝えして交渉はします。何せ星四ランクへも推挙されるも、興味も示さずに蹴ってしまう実力者ですから」
そんな風に言った。
あぁ、うん、ちょっと皮肉が効いている。
現在星四ランクの冒険者が一人も居ないラジャールの冒険者ギルドとしては、僕が断った事が残念だったのだろう。
完全に王都に対する個人的な感情のみで断ったから、少し申し訳ない。
つまりこの話題は続けると僕に不利だ。
「あぁ、うん、そうだね。じゃあ受けるから、交渉お願いね。また明日結果を聞きに来るから」
そう告げ、僕はミネットの笑い顔に見送られながら、宿へと逃げ帰る。
別に僕が金銭に拘ってる訳じゃ無い事はミネットも理解してるだろうが、それでも交渉では最良の結果を勝ち取ろうとするだろう。
それを確信出来る位には、僕はラジャールの冒険者ギルドは信頼していた。




