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今回王都で行われる祭りは建国祭だ。
イル・ファーン国の初代王が草原に暮らしていた各種族を纏め上げ、建国を宣言した日を祝う祭りらしい。
建国祭には初代王の逸話に因んだ催しが数多く行われるが、その中で最も人気の高い催しがバロー狩りである。
バローとは草原に棲む巨大牛のモンスターで、肉質が良くその味は美味だと言う。
初代王は草原でバローを仕留めては皆に振る舞い、自らの力と気前の良さを見せ付けて、その地位を固めたと言う話だ。
バロー狩りはそれを模した催しで、この日の為に一年掛けて捕獲されたバローと、腕自慢の参加者が闘技場で戦い、バロー討伐が為されればその肉は観客に振る舞われる。
獣人は種を問わずに共通して強さを重んじる性質があるから、戦いは見世物として人気があるし、ましてや美味い肉が喰えるとあれば、バロー狩りの人気の高さは当然だろう。
人気の高い催しであると言う事は、それだけ参加者は目立つと言う事でもある。
とは言えバローは草原のモンスターの中でも強者とされ、多少の腕自慢が簡単に狩れる相手ではない。
基本的にはチームでの参加が普通だし、単独での討伐は紛れも無い強者の証明だ。
ましてや肉を傷付けない為に素手で狩って見せでもしたら、初代王の強さの現身だとすら称賛される。
そしてそのバロー狩りの会場を、王都の星四冒険者、虎人のスラークは僕を引っ張り出す事に利用した。
スラークは元々、王都でも三人しか居ない星四ランクの冒険者として有名人だ。
とは言え素手でバロー狩りへの参加を行おうとした彼に、周囲が慌てて止めに入る。
……でも多分それもスラークが用意した茶番だったんだろう。
だって止めに入ろうとした側も、この国の兵士、つまりは虎人だったから。
そこでスラークは、何故自分が素手でバローに挑まねばならないかを語り出す。
要約すると、自分の管理が甘くて虎人冒険者の一人が粗相を起こし、ラジャールから来た星三ランクの冒険者であるクヨウに腕を折られた。
恥ずべきは自分の管理の甘さと同胞の行いだが、虎人の強さを証明せねばなら無かった為、クヨウに決闘を挑むも断られてしまう。
故に自分はこのバロー狩りの場で、虎人の強さを証明する必要があるのだと。
バロー狩りは人気の高い催しだから、当然ルエーリアと、その護衛である僕も見に来てる。
その前で、スラークは僕を見据えてそう語ったのだ。
それから実際にスラークは宣言通りに素手でバローを狩って見せた。
やってくれたなぁと、そう言わざる得ない。
厄介な事に、語るまでの流れは仕込みだっただろうけれど、その後にスラークがバローを素手で狩って見せたのは紛れもない彼の実力だ。
素直に称賛すべきだと僕も素直に思う。
でも本当に、なぜこうも彼はルエーリア一家の旅行を滅茶苦茶にしたがるのだろうか。
スラークの視線を追えば、トラブルの原因となったラジャールから来た冒険者が誰であるかは一目瞭然だったろう。
これも仕込みなのか、それとも自主的なのかはわからないが、如何にも冒険者風の男達がスラークが見据える先、つまり僕を見付けて、
「おい、お前も出ろよ。挑まれて逃げてるんじゃねえよ。それでも冒険者かよ。そのお嬢ちゃんが邪魔だってなら俺等が預かってやるからよ」
なんて風に言い出した。
やっぱり仕込みの方かなぁ……。
僕も少し腹が立ってるが、だからと言ってこんな連中にルエーリアを預けるのは論外だ。
ただでさえこの流れに、僕の手を握ったルエーリアは震えてる。
そりゃあ怖いだろう。
折角楽しみにしてた旅行を、こんな風に滅茶苦茶にされなきゃいけない理由なんて、ルエーリアには一つもなかった。
まぁ悪かったとすれば僕の対応だろうか。
こんな風になるのなら、もっと手早く失礼な馬鹿はクビり殺しておくべきだった。
師匠は兎も角、孔狼仙辺りが今の僕を見れば、外敵に甘い対応をして守るべき者を傷付ける等、愚図にも劣ると手酷く叱責されるだろう。
ただ、僕がその時一つ誤解をしてたのは、
「違うわ! クヨウ様は逃げてないもの。誰もが怖がっていかなかった山から、私を助ける為に薬草を採って来てくれたもの。クヨウ様は弱くないわ。知りもしないで勝手な事を言わないで!」
ルエーリアが震えて居たのは怯えではなく、怒りに由る物だった事。
あの時彼女の父親がスラークに激怒してみせた様に、ルエーリアもまた野次に対して激怒した。
こんな所に二人の類似点を見出し、思わず少し笑ってしまう。
今回の僕は実に中途半端だ。
最初からもっと考えて素早く動けば、上手く穏便に終わらせる事も出来ただろうし、そうでないならもっと徹底的にやるべきだった。
ルエーリア一家の目の前であまり大事にしたくないと考えたのもあるけれど、だったら裏で動けば良いだけの話である。
冒険者ギルドを通して釘を刺させても良かったし、もっと手早く殲滅しても良かった。
相手にこちらの都合を考慮する気がないのに、大人の対応をし、相手に理解を求めるなんてナンセンスも良い所だ。
反省すべき点は実に多い。
何より、折角楽しみにして誘ってくれたルエーリアに申し訳がなかった。
だからせめて、特等席で見せてあげよう。
彼女が信じる僕の強さが、実際にはどの程度なのかを。
怒りと興奮に涙を流し、言葉を詰まらせ咳込むルエーリアを抱き上げる。
えっ、と驚きの表情を浮かべる彼女に、
「片手は開けたいから、しっかりしがみ付いててね」
そう囁いて、僕は席を蹴り、更にさっきから五月蠅く野次って居た冒険者の頭を踏み台に、大きく跳ねて闘技場へと降りた。
僕の行動と見せた跳躍に、闘技場は静まり返る。
そしてルエーリアに手が首に回され、確りとしがみ付いたのを確認してから、空いた片手で手招きしてバローを出せと催促を飛ばす。
慌てて彼女を受け取ろうと虎人の兵士が寄って来るが、渡す筈がない。
三度程、王都の虎人は信用出来ないからこのままで良いと告げると、渋々と言った様子で引き下がって行く。
「怖い?」
そう問えば、ルエーリアは懸命に首を横に振る。
ならば良い。
例え怖いと言われても、今更下ろせないから助かった。
実際の所、スラークがどう言った人物なのかを、僕は知らない。
もしかしたら気は使えなくても気の良い奴だったかも知れないし、無い知恵絞って考えたら色々裏目に出たって可能性もあるだろう。
最初の段階で決闘に応じていたら、もしかしたらその後に和解してた事だって充分にあり得る。
少なくとも力は本物だったから、それに誇りを抱くのもわからなくはないのだ。
でも結果としてルエーリアを泣かしたのから、彼とはもう仲良くはなれないけれども。
バローが闘技場に引き出されて拘束を解かれた。
観客席を見れば、ルエーリアの一家が蒼褪めた顔をしてるので、申し訳なくなって頭を下げる。
そりゃ、ルエーリアの家族からしたら何してくれてんだって感じだろう。
後で土下座かなと、そんな風に考えてると、ルエーリアに急かされたのでバローに対して向き直る。
ガツガツと地を二、三度蹴ってから、闘技場内に残った敵、つまり僕とルエーリアに向かって突撃を繰り出すバロー。
余程地を蹴る力が強いのだろうか、あっと言う間に最高速度に達したバローは、巨体に見合わぬ速度で僕等に向かって突っ込んで来た。
ただまぁ、それはスラークが受け止めた時に一度見ている既知なのだ。
僕はルエーリアを抱きかかえたまま、空いた片手を前に出し、突っ込んで来たバローの頭に添える。
受け止めるなんて真似はしない。
これから僕が行うのは、力の向きの変換だ。
数トンの塊が突進してくる力の向きを、真っ直ぐから円に、下向きの回転に変換する。
その結果、バローの巨体は実にあっさり、クルクルと回転しながら宙を舞った。
以前僕が双覇仙に武術の手解きを受けた時、それに嫉妬した師匠がその場で考えて教えてくれた投げ技『天地無用』である。
天地無用と言うのは、段ボールなどに書いてあるひっくり返さないでねって意味の言葉だが、本来は天地入替無用の様に書かねば意味が通じない。
語呂が良いから天地無用となったのだろうが、そのまま漢字の意味を素直に読むなら上下どちらでも構わないと言った内容になってしまう。
だからこそ師匠はこの言葉を気に入って、
「引っ繰り返りたがらない相手をひっくり返す投げ技で、『天地無用』って名前でどうかな? ミン」
と笑顔で僕を放り投げた。
実に懐かしい思い出である。
勿論普通に頭を押さえただけでは、四足を地に付けた安定度の高い獣はあんな風に飛ばない。
剄、力の送り方と、軽身功、自分だけでなく相手の重量のコントロール、更に縮地に通じる間の把握を持ってして、初めて成立する技だった。
魔法の存在する世界であっても、あの巨体が回転しながら宙を舞う光景は非現実的だったのだろう。
歓声が起きない。
あぁ、キチンと止めを刺して始めて、バロー狩りは成立だったか。
僕はルエーリアを抱いたままに宙を飛び、地に転がったバローの首を踏み折った。
音や衝撃が抱いたルエーリアに伝わらない様、鋭く、その命を断ち切るが如く。
その後一生懸命に謝ったら、
「えぇ、えぇ、クヨウ様が物凄くお強いのはわかりましたから、もう良いですよ。信頼します。でも私達ではその強さは測れないので、不安はどうしても消せません。だからあまり無茶はしないで下さい」
そんな風に少し呆れながら、ルエーリアの父親は、そして家族達は許してくれた。
ルエーリアが凄く興奮した様に僕の事を自慢してたから、あまり文句が言い辛かったのかも知れないけれども。
後、自分で狩ったバローの肉は、吃驚する位に美味だった。
流石にバロー狩りをして見せた後は変な輩に絡まれる事はなく、冒険者達からは畏怖の目で遠巻きに見られながら、王都での祭り見物は無事に終わる。




