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 ラジャールの町で僕が拠点、寝床として使っている拠点は、『猫の杯亭』と言う名の宿だ。

 冒険者ギルドで紹介され、そのままずっと使ってる。

 料理が自慢の綺麗な宿だが、その分値段は割高の為、宿泊客はあまり多くない。

 尤も一階の食堂は宿泊客以外にも解放されていて、そっちは常に盛況だから、トータルで見てもそれなりに繁盛はしてるのだろう。

 僕としては他の宿泊客が少ないのも、夜を静かに過ごせて有り難かった。


 そしてその日は、そんな『猫の杯亭』に僕が借りっ放しの部屋の窓が、コツコツと叩かれる音で目が覚めた。

 目を覚ました僕が窓を開けると、部屋の中に一羽の大きな鳥が入って来る。

 まあ大きなと言っても、両手で抱えれる程度の大きさで、この世界に居る鳥型モンスター程に無茶なサイズではないけれど。


 僕は鳥の首に巻かれた小袋から、豆を一粒取り出し、嘴の中に放り込む。

 この鳥は幸歌仙が使役する、生物型の宝貝だ。

 通常の生き物とは大分違うが、それでも一応生きてはいるから、こうして特別な餌を与えてやる必要がある。

 とは言えその餌を用意してるのも幸歌仙なので、別に僕の懐が痛む訳ではない。


 さてさて、鳥が餌に満足したのを確認してからその頭を撫でてやると、彼はすっと片足を上げた。

 その足には、幸歌仙からの文、手紙が結び付けられている。

 前回の文では水竜に接触を試みる心算だと書いてあったから、今回はその成果の自慢だろうか?

 別に彼女の自慢を聞き、素直に我が事の様に喜べる程に僕と彼女は仲良くないが、この世界では他に自慢話を出来る相手が居ないのはお互い様なので、多少は喜びを共有したフリをして祝いの言葉を述べてやろう。

 そんな風に思いながら僕は文に目を通し、……そして思わず苦笑いを浮かべた。


 あぁ、そうか、そう来たか。

 幸歌仙からの文に記されていたのは、自慢話などではなく、彼女からの助力要請だった。



 事の経緯が詳細に記されてた訳じゃない。

 だから何がどうしてそうなったかは不明だが、僕に何をして欲しいのか、それが何故必要なのかは記されてる。

 そしてそれだけで、事の経緯もある程度予想は付いてしまった。

 恐らく幸歌仙は、自分達の同類を見付けて仕舞い、それを救い出す為に僕に頭を下げていた。


 助力の内容は、封印された魔剣の解放。

 尤も単純な封印の解除に関しては、仙人としての力が戦闘よりの僕よりも、色々と搦め手を知ってる彼女の方が得意だろう。

 でもそんな彼女が、正攻法での封印解除は不可能だと判断して僕を頼ったのだから、して欲しい事は解除でなく封印の破壊だ。

 この世界の魔法と、僕等仙道の仙術は術理が全く違うから、手が出なくてもおかしくはない。

 例えるならば、電子ロックは解除出来るが、南京錠での施錠はこじ開けられないみたいな物である。

 ついでに僕が望まれてる事もそれに合わせて例えれば、電子ロックも南京錠も無視して、扉を蹴破れって事だった。


 うん、まあ、決して簡単ではないけれど、確かに僕にとっては不可能ではない。

 何故なら僕には、一応禁術の心得があるからだ。

 ……前にも説明したかもしれないが、禁術とは禁止された術の意味じゃなく、何かを禁ずる術である。


 動く事を禁じれば、術を掛けられた相手は動けず。

 瞬きを禁じれば、どれ程目が乾き痒みを覚えても目は閉じれず。

 吸気を禁じれば、息は吐けても吸い込めず。

 泳ぎを禁じれば、例えオリンピックの選手であっても水に沈む。


 実にフワッとしていて、何でも出来てしまいそうに感じるだろうが、実際に大体の事は禁術で出来るだろう。

 真っ当な使い方をするなら、病の原因となる邪気を封じればそれを退け、健康を得る。

 最も誤った使い方をするならば、存在自体を禁じてしまえば、色々と問題は起きるだろうが、取り敢えず誰でも消せてしまうのだ。


 但し実際には、何かを禁じる事には同等の代償が必要になる為、何でもかんでも思い通りに好きな様にとは決して行かなかった。

 優れた術者ならば代償の誘導も行えるが、未熟者が行えば何が起きるかは予測もつかなくなる。

 病を禁じた場合、優れた術者ならばその代償を分散し、多くの者が軽い病を得て直ぐに快癒する様に誘導するだろう。

 しかし未熟な術者がそれを使えば、代償として親しい誰かが別の病に倒れるかも知れない。


 禁術とはそんな術なので、僕も禁術を習得しているのは、自分が使う為と言うよりも、誰かに使われた際に対抗する為なのだ。

 だから本来ならば、僕は出来る限り禁術を使いたくはない。


 封印の破壊には『我、束縛を禁じれば、即ち封ずること能わず』。

 つまり封印と言う行為そのものを禁止してしまえば良いだけである。

 実に簡単な話なのだが、その代償として何かが封じられるだろう。

 僕はある程度は代償を誘導できるから、代償として術者が封印された、なんて事には別にならない。

 精々が声を発する事が封じられたり、片腕が一切動かせなくなったり、その程度にまで代償を限定出来る。

 あぁ、因みにこの場合の術者は、僕じゃなくて幸歌仙だ。


 何せ封印はローレンス大陸の東方にあるのだから、西方に居る僕の禁術が届く筈がない。

 以前にエルドラに師匠から貰った符を使って高度な術を使用した様に、僕も『封ずる事を禁ズ』の術理を込めた符を作り、幸歌仙に送るのだ。

 故に代償は、符を使う術者である幸歌仙が被る。

 勿論全くの他人に代償を被せるのも不可能じゃないが、どんな風に因果が巡るか予測も付かないから、本当にどうしようもない場合以外は使いたくない手だった。

 それ程に禁術は危険な術なのだ。

 と言うか、僕の術で幸歌仙が片腕を使えなくなるだけでも、充分に嫌な気持ちになる。

 元の世界に戻れば彼女の師である凜香仙が何とかするだろうから、ずっとそのままと言う訳ではなくとも。


 なので本当に使いたくはないのだけれど、……断れば、恐らく幸歌仙は西方に居る僕の所に直接来て、そして頭を下げるだろう。

 そんな事をするのは本当に嫌な筈だけれど、必死な顔で、そうする筈。


 何故ならその封印された魔剣はきっとインテリジェンスソードの類で、幸歌仙はそれを自らの同胞と認識しているからだ。

 これは彼女が、と言うよりも凜香仙やその一門なら皆同じで、妖物と化した器物は人の世界に在れば災いとなり、人に使われる為に生み出されたのに、最後は人に忌み嫌われて捨てられる。

 幸歌仙の師、凜香仙はそうなる前に妖物に成りかかった器物を回収し、実際に妖物になってしまった器物も説得して保護していた。

 そしてその回収され、保護された器物達が、凜香仙の弟子たちなのだ。


 それ故、幸歌仙は意思を持つ魔剣が、人に忌み嫌われて封印と言う形で捨てられているのを、何とかしたくてしようがないのだろう。

 全く以って、仕方ない。

 僕の師である瑛花仙は、凜香仙が器物の妖物を回収、保護するのを、時折「仕様がないなぁ」と微笑みながら手伝っていた。

 だったら僕も、ここで幸歌仙を見捨てる訳にはいかないじゃないか。



 師である瑛花仙ならば符の一枚や二枚、鼻歌混じりにササッと完成させるけれど、僕が禁術の符を作るとなると、多分三日三晩籠り切りで掛かる事になるだろう。

 宿の主人や部屋の掃除をしてくれる娘には、作業に集中する為に籠るから、三日は声を掛けないでくれと伝えねばなるまい。

 これは大きな貸しだった。

 すぐに返せと請求する気は毛頭ないが、簡単に返せる貸しではないのだと理解して貰おう。


 恐らく魔剣の封印を破壊すれば、幸歌仙が東方に居続けるのは難しくなる。

 少なくとも水竜だの何だのとは、言ってる余裕はなくなる筈だ。

 何でもエルドラ曰く、神聖騎士と言うのが結構強いらしい。

 一度落ち合う事を提案しようか。

 そう言った理由もあった方が、彼女も素直に移動し易いだろうから。



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