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 まぁ色んな事情はさて置いて、僕が今からするのは山登りだった。

 僕の知る限り、百人居ればその九十九人以上の割合で、仙人は山登りの達人である。

 別に遭難時の正しい対処を知っているとか、ザイルが使えるとか、休日はボルダリングジムに通ってるとか実際にロッククライミングしてるとか、一般的な山登りとは無関係ではあるけれども、仙人は皆山に強い。

 何故なら修行と言えば山だからだ。

 仙人以外だって、例えば修験者も山での修行を行うから、別名を山伏なんて呼ぶ。

 僕は師匠の趣味で、森での修行も多かったけれど、それでもやはり山には数え切れない位に連れて行かれたし、自分でも籠った。


 薬草を探す様なチマチマとした作業が苦手だったり、襲って来る獣と戦うと言った暴力的な事が苦手な仙人は居るだろう。

 でもそんな仙人だって、山で過ごす事に関しては……、修行だから慣れ親しんでると言うと少し語弊はあるのだけれど、慣れてはいる。

 つまり結局の所、僕が言いたいのは、山登りに関しては僕はちょっとした物なんだよって事だ。


 僕は久しぶりの山に少し気持ちを高揚させながら、岩場を軽く跳ねて移動して行く。

 国境をこの山が塞いで居なければ、イル・ファーン国かダ・ヒューム国のどちらかは、既に存在していなかっただろうと言われる位に両国の仲は悪く、そしてこの山は高くて険しい。

 異邦人である僕にとって、両国の未来には然して大きな興味はなかった。

 

 イル・ファーン国内ではダ・ヒューム国を拡大主義の侵略者として罵るが、まぁそうせざる得ない理由もあるのだろう。

 例えば国内の貴族の力が強く、新しい領土や利権を求める彼等に王家が餌を与える為に戦争をしているのかも知れない。

 逆に王家が自らの力を示して国内の貴族を纏める為に戦争を続けるのかも知れないし、北部のドワーフから武器を輸入する商人の力が強くて、戦争を行わざる得ないのかも知れない。

 国の力を強く、国民の生活を豊かにする為に奴隷が欲しいのかも知れないし、民衆の不満を逸らす為に外征を行っている可能性だってあるだろう。

 拡大主義を取り、他国に侵略する理由なんて他にも幾らでも考えられる。


 別に僕はそれを悪い事だとは思わないし、興味も薄い。

 ただイル・ファーン国内にはラーセン氏を筆頭に、ミネットやルエーリア等、不幸な目には遭って欲しくないと感じる人間は多少居るから、実際に今戦争が起これば、僕はイル・ファーン国に助力するのだろう。


 岩場を抜けた後に現れた数百メートル級の断崖絶壁を、僕は迂回ルートは取らずに歩いて登る。

 コツは極限まで身を軽くする事と、足裏に頑張って貰う事。

 壁面に足裏を吸い付かせるには、素足の方がやり易い。

 このやり方を応用すれば、水面の歩行も可能となるのだ。



 さて順調に山登りを続ける僕だが、やはり問題となるのは飛行型モンスターのガディールだろう。

 距離が開いてる間は、隠形の術を強めに使えば見付からずに山登りが可能だった。

 しかし高所に登れば彼我の距離は縮み、発見される可能性は高くなる。

 何よりこの山にはガディール達の巣があって、巣の付近は特に警戒が厳しい筈だ。


 見つかったとして、対処法が幾つかある。

 一つは以前にも巨蟲から逃れるのに使った、霧の仙術で耳目を誤魔化しての突破。

 問題は霧の範囲は然程広くない為、上空を飛ぶ他のガディールが寄って来て、余計に面倒になる可能性がある事。

 また別の手段として弱めの雷撃を当てて気絶させる方法もあるが、使い処に注意しないと気絶したガディールが墜落死しかねない。

 変化の術でも使えれば、もっとスマートに相手をやり過ごす手は幾らでもあろうが、生憎と僕はそちらの系統の術を得意とはしていなかった。


 幸歌仙がこの場に居れば、例え相手がモンスターであろうとも意思を疎通し、穏便に通して貰ったり、或いは支配下に置いて何かに使う事も可能だろう。

 でも残念ながら彼女は今、大樹海を抜けて東方の地に居るらしい。

 時折位置確認の為に、幸歌仙が使役する鳥を使って文のやり取りをしているが、彼女の今の狙いはなんと水竜なんだとか。

 幸歌仙が水竜と会って何をするのかは知らないが、きっと次の評価では順位を上げて来る事だろう。


 まぁ、うん。

 この場に居ない存在をアテにしても仕方がない。

 それに万一近くに居ても、この程度の事で彼女に協力を求めるかと言えば、多分きっと否である。

 ルエーリアの命に関わる依頼だから、決して些事とは言わないけれど、だからって他の仙道の力を求める程じゃない。


 よし、仕方ないから、僕らしく行こう。

 無い物ねだりした所で、急に変化の術を扱える様にはならないし、幸歌仙と同様の真似も出来はしないのだ。


―火行を以って焔を為す。燃え盛れ―


 先ずは大きく開けた場所を選んで炎を呼ぶ。

 仙術で呼び出された炎が、豪と大きく燃え盛る。


―火行に命ず。吹き荒れろ! 荒れ狂え!―


 そしてその炎を、大きく、荒々しく、炎の嵐として拡大して放つ。

 かなり規模の大きな火の攻撃仙術。

 僕がこちらの世界に転移してから行使した仙術の中では最も強い威力を持つそれは、けれども空撃ちで使われた。

 そりゃあ、当然こんな術をまともにぶち当てれば、ガディール達を巣ごと焼き付く事だって可能なのだ。

 殺しちゃダメなんだから、当てる訳には行かなくて当然である。


 但し当然、行き成り吹き荒れた炎の嵐はかなり目立つ。

 強い炎は風の流れをも乱すから、上空のガディール達は当然ながらそれに気付いた。

 単なる獣なら炎を畏れて逃げ去ったかも知れないが、モンスターとして強者の側であるガディール達は、何事が起きたのかを確かめる為に現場へと集まり、そして僕を発見する。

 その数およそ二十。

 勿論僕の数が二十じゃなくて、ガディールの数が二十だ。


 取りこぼしなく、上空を飛んでいた全てのガディールが集まって来ている。

 もしかしたら巣には未だ残っているのかも知れないが、取り敢えずそれは良いだろう。

 ガディール達が集まって来るまでの間に、僕は火気を土気に、土気を金気に、そして金気を水気にと急いで変換して行く。

 割と本気で忙しい。


「GYAAAAAAA!」

 怪鳥の様な叫び声を上げ、ガディールの一匹が僕に爪を向けて急降下して来る。

 けれども、そう、何とか準備は整っていた。


―水行を以って深き霧を為す。惑え―


 その言葉に水気は一気に霧となって、掴み掛って来たガディールだけでなく、周囲を舞うガディール達をも飲み込んだ。

 単純な話である。

 効果範囲が足りずに他のガディールが寄って来る事が面倒ならば、最初から集めて霧の効果範囲内に巻き込めば良い。

 尤もあまり穏便な手段とは言い難く、範囲内に集められて惑ったガディール同士がぶつかり合い、怪我を負う事もあるだろう。

 それでもまぁ、僕が一匹一匹相手にして行くよりは、被害はずっと少なく済む。


 行き成り現れた霧に視界も匂いも音も、方向感覚さえも奪われて、ついでに翼に纏わり付く水に重量も増し、ガディール達がゆっくりと地に降りて来る。

 僕はそのガディール達の間を駆け抜けて、仙術の効果に彼等が惑う間に、無事に空見草の群生地を見付け出す。

 陽光と高い地の強い風を好む薬草、空見草。


 青い花を咲かせたその薬草を僕は幾株か掘り出して袋に収め、山を一気に駆け下りた。



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